第221話 楽しいドライブ

「ドライブの途中で食べるソフトクリームって、なんで美味しいんだろうね」

 ヨハンナ先生が、子供みたいな笑顔で言った。

 晴れた、雲一つない空の下。

 先生の金色の髪が、高原の若草の匂いがする風になびいている。

 先生の無邪気な笑顔が眩しくて、キュンとしてしまった。



 僕達は立ち寄った道の駅で一休みしている。

 ヨハンナ先生の車で弩の家に行く途中に、ここに立ち寄った。


 ヨハンナ先生の手には、ソフトクリームが握られている。

 花園と、弩と僕も、一つずつソフトクリームを手にして、日陰のベンチで涼んでいた。


 ゴールデンウィークだけあって、道の駅の駐車場には、頻繁ひんぱんに車が出入りしている。

 たくさんの家族連れやカップルが、僕達のベンチの前を行き来した。


 周囲から見て、僕達はどんなふうに見えるんだろう?

 大きい姉と、二人の妹と弟、って感じだろうか?

 まさか、僕とヨハンナ先生を夫婦って見る人はいないと思うけど。


「ほら、ゆみゆみ、これ食べてみて。面白い味するよ」

 花園がそう言って、隣に座る弩にソフトクリーム向けた。

 花園が頼んだのは、杏仁ソフトクリームっていうやつだ。

「いいの? じゃあ、一口もらうね」

 弩はそう言って、控えめに一口、食べた。

「ホントだ、杏仁豆腐の味がする!」

「でしょ? ほら、先生も食べて」

 花園はそう言ってヨハンナ先生にソフトクリームを渡す。


「じゃあ、花園ちゃんと弩さんも、私の一口食べていいよ」

 ヨハンナ先生も二人に自分のを食べさせた。

 先生が選んだのは、ほのかに黄色いフロマージュソフトだ。


「あっ、すごいこれ、チーズケーキみたいな味」

 花園が言って、弩に勧めた。

 弩も一口食べて「ホントだ、チーズ!」って頬を緩める。


「じゃあ、私の塩キャラメルソフトもどうぞ」

 弩が言って、女子達がお互いのソフトクリームを回しっこした。


 僕が、幸せな光景だなって、三人を見てたら、

「先輩も、食べてください」

 弩が、ソフトクリームを差し出してくる。

「そうだよ、塞君も食べなよ。ほら、これも美味しいよ」

 ヨハンナ先生もソフトクリームを僕に向けた。


 でも、この、女子のソフトクリーム食べさせっこの輪に、僕なんかが加わっていいんだろうか?


 それは、間接キスというか……


「ほら、お兄ちゃんなに緊張してるのさ。食べさせてもらいなよ。変に意識すると、逆にキモいよ」

 花園が意地悪く言った。

 ヨハンナ先生と弩が笑う。


 僕は顔を真っ赤にしながら、三人のソフトクリームを一口ずつもらった。


「うん、美味しい」

 本当は緊張してて、味なんかほとんど分からなかったけど。



「それじゃあ、みんな僕のも食べて」

 お返しに僕が自分のソフトクリームをみんなに差し出すと、


「いや、それはいい」と、花園。

「先輩、遠慮します」って、弩。

「塞君、一人で全部食べていいよ」とヨハンナ先生。


 三人の女子が薄笑いで言った。


 あれ、なんでみんな僕のは食べないんだろう?

 僕、もしかして、避けられてる?


 ちょっと傷つく。


 僕が選んだこの、「お好み焼きソフト」、美味しいのに……

 辛口のソースと、ソフトクリームの甘さが絶妙で、そこはかとなく、青のりの香りがするし、最後に、中に入ってる紅ショウガのコリコリした食感が楽しめるし。


 なんでみんな、食べないんだろう。




 道の駅での休憩のあと、僕達は弩の家まで四人でドライブを続けた。

 僕が助手席に座って、弩と花園が後席に座っている。

 ヨハンナ先生がカーステレオで「Party Make」の曲をかけて、みんなで歌った。

 途中、景色の良いところでみんなで写真を撮ったり、ゆっくりしてたから、弩の家まで四時間くらいかかる。



 弩の家に着いた頃には、すっかり夕方になっていた。

 弩の家が代々根を張っているという、山奥のひっそりとした集落の中に、その建物がある。

 立派な瓦屋根の、二階建ての古い和風建築だった。

 漆喰しっくいの壁が、夕日のオレンジ色に染まっている。


 ヨハンナ先生が、その重厚な木組みの門の前に車を乗り付けた。

「案外、小さな家なんだね」

 先生が言った。

 招待してもらったのに、失礼な。


 でも、確かに、弩の家なんだから、もっとお城とか、宮殿みたいな豪奢ごうしゃな建物を想像していた。

 そんな想像に比べれば、こぢんまりとしている。


「いえ、ここは門です」

 弩が言った。

「え?」


「長屋門と言って、昔は、ここに家臣の方々が詰めていたそうです。ここから家まで、まだ、かなり距離があります。あの山の向こうです」

 弩がそう言って、遠くに霞む山を指す。


 敷地、どんだけ広いんだ!


 そのまま待ってると、弩が長屋門って言った建物から、警備員さんらしい紺の制服の男性が出てきた。


「いらっしゃいませ」

 男性は笑顔でそう言って、車内に素早く目を走らせる。

 僕達のことを確認したんだろう。

 いかにも、プロって感じの鋭い眼光だ。


 すると、閉まっていた門扉がゆっくりと開いた。


「このまま、母屋まで順路を行ってください。外れないでくださいね」

 警備員さんがヨハンナ先生に言う。

 ヨハンナ先生が頷いて、車を走らせた。



 山の中だし、辺りは暗くなってきたけど、舗装路に沿って外灯が立っていたから、道は分かりやすかった。

 真っ暗な森の中に光の道が出来ている。

 その道は、どこまでも続いていた。


「向こうに、滝が見えるよ」

 運転しながら、ヨハンナ先生が前を指す。


 本当に、車窓から滝が見えた。

 水量の多い立派な滝で、水しぶきで虹が架かっている。

 家の敷地内に滝が流れてるって、どういうことだ。


「見に行こうよ」

 花園が言う。

「そうだね、行こうか」

 ヨハンナ先生も言った。


「順路を外れたら、まずいんじゃないですか?」

 僕が言う。

 さっき、警備員さんも注意してたし。


「いいよね、弩さん」

「はい、いいですよ」

 弩が言って、花園とハイタッチする。


 ヨハンナ先生が順路から外れて、舗装されていない山道に入った。

 滝壺の近くまで行くと、それは、二十メートルくらい落差がある大きな滝だった。

 車から降りると、水しぶきが飛んできて、頬がすっとする。


「冷たくて気持ちいい」

 花園が滝から続く渓流けいりゅうに降りて、水を触った。

 山奥だから、汚れていない綺麗な水が流れている。


「あれ、あっちに、湖もあるよ」

 眼下に、渓流が注ぎ込んだ湖が見えた。


「あれも、弩さんの家の敷地?」

 ヨハンナ先生が訊く。

「はい、たぶんそうです」

 弩が答えた。

 たぶんて……


「行ってみよう!」

 花園が言う。

 弩の家の敷地の中で、もうすっかりピクニック気分だった。

 先生の車で湖畔まで下りる。


 そんなふうに弩の家の敷地内を走っていたら……



 迷った。



 完全に迷った。

 僕達が乗ったヨハンナ先生のフィアットは、ぽつんと、広大な森の中に停まっている。

 湖畔を回って、元の道に帰ろうとしたら、その道が分からなくなった。

 木々に阻まれて、外灯の光も見えない。

 方向も分からない。


 暗くなってきて、何かの遠吠えが聞こえてきた。

 確か、日本では狼は絶滅したはずだけど……



「弩、ここ、どこだか分かるか?」

 僕が訊いた。

「いいえ、私は、あんまり家の敷地内を歩いたことがないので……」

 弩が言う。

「だって、ここ、弩の家の敷地だろ?」

「ここには熊とか猪が出るから、門から家までの行き帰りは、車の外に出たら駄目だよって、きつく言われていたので……」

 マジか。


「熊とか、猪とか出るんだ」

「はい、わりと」

 割と出るんだ……


「しょうがない。恥を忍んで助けに来てもらおう。命には代えられないからね」

 ヨハンナ先生が言って、スマートフォンを取り出した。


「あの、たぶん、電波が来ていないと思います。基地局からは遠く離れているので……」

 弩が、すまなそうに言う。


 全員で、自分のスマホを確かめてみた。

 確かに、スマホの表示は「圏外」になっている。


「家の近くまで行けば、Wi-Fi繋がるんですけど」



 まさか、弩の家の敷地内で遭難するとは……



「だ、だ、大丈夫だよ。朝になれば道も分かるし」

 ヨハンナ先生が震えた声で言った。


「朝まで、この車の中で待つの?」

 花園が訊く。

「うん。もう外真っ暗だし、車から離れたら危ないから……」

 先生が花園をなだめた。


「花園、お腹すいた」

「食べ物はほら、弩さんの家に持ってきた手土産てみやげのお菓子、これを食べましょう。緊急避難だしいいよね」

 先生が手土産の羊羹ようかんを、袋から出す。



 その時。

 遠くからバタバタと破裂音が聞こえてきて、僕達の周りが、一瞬にして昼間のように明るくなった。


 上を見ると、ヘリコプターが旋回せんかいしている。

 そのヘリコプターから、この車に投光器が当てられていた。


「おーい!」

 僕達は口々に言って、車の窓から空に向けて手を振る。

 ヘリコプターは僕達のことが分かってるようで、そこでホバリングして、動かなかった。


 まもなく、山道を抜けて、ハマーが走って来る。

 カーキ色の、軍用車そのものって感じの無骨な二台のハマーが、木々をなぎ倒す勢いの猛スピードで走ってきた。


 僕達の車の前で急停止すると、そこから降りた警備員の制服の男性が一人、こっちに近づいてくる。


「お嬢様とお客様三人、発見しました」

 男性は無線でそう報告した。


「助かった……」

 車内でみんなが胸をなで下ろす。


 先生が車の窓を開けた。

「大丈夫ですか?」

 警備員の男性が訊く。

 三十代くらいの、筋骨隆々のたくましい人だった。

 ヘルメットを被って、防刃ベストを着て、腰には警棒を装備している。


「はい、申し訳ありません」

 ヨハンナ先生が平謝りした。


「無事でなりよりでした。先導しますので、ついてきてください」

 男性はそう言って、車に戻る。


 警備員さんのハマーの後席には、オレンジ色の帽子を被ってベストを着たハンターらしい人も乗っていた。


 やっぱり、熊、出るんだ。



 二台のハマーに前後を挟まれて山道を進んで、順路まで戻った。

 外灯の下を、今度は素直に走る。

 緊張が解けて、後席で弩と花園が、もたれ合って眠ってしまった。

 逆に言うと、二人が眠ってしまうくらい長い時間、僕達は弩の家の敷地を走った。




「お帰りなさいませ」

 やっと辿り着いた母屋の車寄せで、執事さんとメイドさんが、僕達を迎えてくれる。


 今度こそ、ここが弩の家らしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る