第208話 学校ツアー

「君、野球部入らない?」

「サッカー部で、国立目指そうぜ!」

「体格いいね、柔道部入ろうよ」


 入学式が終わって、講堂の出口で待ち構えていた各部活の部員が、一斉に新入生に呼びかけた。

 講堂から出てきた新入生は、大勢の在校生に囲まれて、もみくちゃにされる。


 みんな、各部のユニフォームを着たり、幟旗のぼりばたを掲げたりして、少しでも自分の部活が目立つようにと、工夫を凝らしていた。

 吹奏楽部や軽音部が、楽器を持ち出して演奏したり、茶道部が野点のだての席を用意したりして、アピールしている。



 そんな中、僕達主夫部は、それを遠巻きに見ていた。


「本当に、私達も勧誘しなくていいんですか?」

 弩が心配そうに訊く。


「ああ、大丈夫だ」

 僕は答えた。

 たぶん、大丈夫だと思う。


「計画通り、僕達は新入生のために、学校施設を案内する『ツアー』を開く。それが僕達主夫部の勧誘活動だ」

 入学式のあいだ、僕が散々説明して納得したはずなのに、弩も錦織も御厨も、それでいいのか不安そうだった。

 なにしろ、あと一人、部員を入れないと同好会に格下げされてしまうから、みんな、心配なのかもしれない。


「それじゃあ、作戦開始だ。全員、持ち場に就いてくれ」

 僕が言うと、不安ながらもみんな頷いて、打ち合わせ通り、それぞれの持ち場に散った。



 生徒会に、主夫部がボランティアで「学校案内ツアー」をやると提案したら、生徒会はそれを歓迎してくれて、入学式前、新入生に配るしおりに、学校案内ツアーのプリントを挟んでくれた。

 だから、ツアーの宣伝は、新入生全員に行き渡っている。



 他の部活の派手な勧誘が続くなか、新入生の一部が、ツアー集合場所の校旗掲揚塔の前に集まってきた。

 最初のツアーには、15人の新入生が来てくれる。

 男子生徒が6人と、女子生徒が9人の、初々しい新入生だった。


「こんにちは。僕は三年の篠岡と言います。これから、みなさんに学校施設を案内します」

 僕はみんなの前で挨拶する。

 ここではあえて、主夫部の名前は出さなかった。


 僕は、錦織が端切はぎれで作ったツアーの小旗を持って、みんなを案内する。


 体育館や、プール、購買部に、カフェテリア。

 図書室、保健室、視聴覚室に、コンピュータールーム。

 学校の主要施設や、特別教室をみんなに案内して、利用方法の注意点なんかを説明した。

 昼休み、カフェテリアにパンを売りに来る業者は、購買部にも少しパンを卸していくから、売り切れたときは購買部に行ってみればいいとか、高校生活の豆知識も交えて教える。

 一年生は素直で、僕が言うことを一々メモする子もいた。


 校舎を回ったあとは、運動部と文化部の部室棟にも連れて行く。


 そして最後に、学校施設の一つである寄宿舎にも、みんなを案内した。


 いよいよ、ここからが本番だ。



「こんな、素敵な建物があったんですね」

 林の獣道を抜けたところで、女子の一人が、寄宿舎を見上げて弾んだ声を出した。


 他のみんなも、寄宿舎の建物を初めて見たらしくて、興味深そうに眺めている。

 林の中にある洋館は雰囲気があるし、みんなの食いつきは良かった。


「それじゃあ、中も見てみようか」

 玄関を上がって、館内を案内する。


 僕は、二階に上がってテラスから外を見せたり、開かずの間にも案内して、地下道への入り口を見せたりした。

 文化祭のときもそうだったけど、やっぱりこの地下道には、みんな惹かれるみたいだ。


 そんなふうにあちこち案内していると、廊下で萌花ちゃんとすれ違う。


「あら? 新入生のみなさん? 私はここの住人です」

 萌花ちゃんが言った。


 萌花ちゃん……緊張してるのか、セリフがちょっと棒だ。


「素敵な所でしょ? この寄宿舎がこんなに綺麗なのは、主夫部のおかげなの。主夫部が掃除してくれるから、廊下もこんなにピッカピカ。私達は本当に助かってるわ。ええ、本当に助かっている。やっぱり、部活は主夫部よね」


 も、萌花ちゃん……


 ちょっとっていうか、セリフが完全に棒だ。

 一ミリも抑揚よくようがない。


「ああ、私の彼氏が主夫部だったら、どんなに素晴らしいでしょう」

 最後まで棒読みのまま萌花ちゃんが続けて、廊下を去っていった。


 まずい。

 新入生の頭の上に、たくさんのはてなが浮かんでいる。


「そ、それじゃあ、食堂に行こうか」

 このままだと、僕が萌花ちゃんに言わせたのがバレちゃうから、急いでみんなを食堂に連れて行く。



 食堂では、新巻さんがティータイムを楽しんでいた。

 サンルームのテーブルに着いて、紅茶を飲みながら、今日のおやつ、ピスタチオと木苺のババロアにフォークを入れている。


「あれ、新入生のみなさん? ごきげんよう」

 背筋をピシッと伸ばした新巻さんが、首をきっちり90度曲げて、こっちを見た。

 硬い演技で、操り人形みたいな新巻さん。


「みんなも、お茶していけば。このデザートは主夫部が用意してくれたんだけど、主夫部は優しいから、きっと、みんなの分も、出してくれるわ」

 新巻さんが言う。

 新巻さんのセリフも、見事なまでの棒だった。


「それじゃあ、ちょっと休憩していこうか」

 僕は、新入生のみんなにテーブルに着いてもらう。


「いらっしゃい」

 待ち構えていた御厨と錦織が、みんなに紅茶とババロアを給仕した。


「美味しいです」

 一口食べて、新入生の女子が言う。

 それは、演技でもお世辞でもなく、心からの言葉みたいだ。


「そうでしょう。主夫部の部員が作るスイーツは、プロ顔負けなの。主夫部のおかげで、私達寄宿生は、毎日、こんなに美味しいスイーツが食べられるの。本当に主夫部は素晴らしいわ。ええ、とても素晴らしい。素晴らしいこと、山のごとしよ」

 新巻さんは、萌花ちゃん以上の棒だった。

 それに、そんなふうに武田っぽく言わなくても……


「さあ、みんな、食べて食べて」

 僕はババロアを勧めて誤魔化した。

 あとで、萌花ちゃんと新巻さんに、もう少し自然にやってくださいって、注意しよう。

 これじゃあ、学校案内ツアーにかこつけた主夫部の宣伝だって、バレバレだ。


 カメラや、作家としての才能に溢れた萌花ちゃんと新巻さんが、こんなに演技が下手だったのは、誤算だった。



 その後、みんなでなごやかにおやつを食べて、どうにか誤魔化せたかと思ったら、食堂のドアを開けて、弩が入って来る。


「ああ、主夫部がメイクしてくれたベッドが気持ちよくて、私、長々と昼寝してしまったわ。気がついたら、いつの間にか、お昼を過ぎていたわ。主夫部って、なんて完璧な仕事をするんでしょう。私は、結婚するなら絶対に主夫部の部員だわ」

 弩は、眠い目を擦る大げさな演技をしていた。


 棒読みが酷いってレベルじゃない。


 弩は、手に隠し持ったカンペを読んでいる。

 全然隠せてないから、新入生が、苦笑していた。


 ってゆうか、弩、セリフを言い終えて、「演じきった」みたいに、ドヤ顔するのはやめよう……




 とにかく、僕達はそんなふうにして、その後も新入生の学校ツアーを何回かに分けて続けて、都合つごう、100人余りの新入生を案内した。


 新入生が220人だから、その半分を案内したことになる。



 他の部の派手な勧誘の中だと埋もれてしまって、新入生に訴えることが出来ないと思ったから、こんな方法をとった。

 僕達主夫部の良さを知ってもらうには、活動を見てもらうことが一番で、寄宿舎を見てもらうのが一番だって、僕は考えたのだ。


 これだけ案内したんだし、ツアーに来なかった新入生も口コミで聞いたりして、何かしら主夫部のことは耳に入っただろう。


 きっと明日あたり、入部希望者が部室の前で列を成してるに違いない。


 うん、違いない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る