第207話 記念写真

 セーラー服を着た枝折が、くるっと一周回った。

 肩まで伸びた黒髪が広がって、胸の黄色いリボンが、ふわっと枝折に付いて揺れる。

 シャンプーと柔軟剤、二つの香りが、我が家のリビングに振りまかれた。


 この香り、シャンプーはマシェリで、柔軟剤は、僕が作ったレモングラスベースの「枝折スペシャル」だ。



「枝折ちゃん、綺麗……」

 花園が、姉の枝折に見とれている。

 綺麗、と言ったまま、口を半開きにして釘付けになった。


 花園が、そんなふうに見とれてしまうのも解る。

 セーラー服を着た枝折は大人びていて、お姉さん度が増していた。


 その切れ長の涼しい目元で、目を合わせると、心が見透かされてしまいそうでドキッとする。

 枝折は、新一年生とは思えない、風格、みたいなものをセーラー服の下に備えていた。

 この辺は、枝折が母から色濃く継いだものなんだろう。



「それじゃあ、行こうか。忘れ物ない?」

 僕は、ちょっとどぎまぎしながら枝折に訊いた。


「うん、大丈夫」

 枝折が頷く。

「じゃあ、ちょっと早いけど出よう」


 今日は、枝折の高校入学式だ。


 在校生は休みだけど、僕は枝折を学校まで送っていく。

 今日の僕は、保護者としての役割だ。


「行ってらっしゃい。お兄ちゃん、しっかり枝折ちゃんを守るんだよ」

 玄関で、花園が生意気なことを言った。




「あら、枝折ちゃん、今日、入学式?」

 玄関を出たら、庭掃除をしていた隣の家の奥さんが、僕達を見かけて声をかけてくる。


「はい、そうなんです」

 僕が答えて、枝折が会釈した。


「そう、立派になって。お父さんもお母さんも、喜んでらっしゃるでしょうね」

 奥さんがそう言って、僕達を見送ってくれる。


 枝折の入学式に、母や父は参加できない。


 母が艦長を務める護衛艦「あかぎ」は、今、フィリピンのスービック海軍基地に停泊している。

 アメリカの空母、カールビンソンや、フランスの空母、シャルル・ド・ゴールと演習中だ。

 昨日、CNNのインタビューに英語で答える母を見たけど、元気そうだった。



 普段から感情をあまり外に出さない枝折だから、両親が入学式に出られないことについて、何も言わなかった。

 何も言わずに、ちゃんと自分で支度をして、今日の入学式に備えた。


 だから僕はちょっと気になって、枝折は一人で行けるって言ったけど、こうして送っていくことにしたのだ。


「枝折、手、繋いでやろうか?」

 歩きながら僕が訊くと、枝折は、

「もう、お兄ちゃんの馬鹿」

 って言って、ツカツカと先に歩いて行ってしまった。



      ◇



 通い慣れた校門前には、新入生やその父兄が大勢集まっている。


 校庭の桜が、満開を過ぎてちょうど散る時期で、白い花びらがひらひらと舞っていた。

 天気もいいし、空も新入生の入学を祝ってくれてるようだ。


 校門の「入学式」という立て看板の前では、入れ替わり立ち替わり、写真を撮る姿が見られた。

 枝折と同じ新入生が、親御さんと一緒に記念写真を撮っている。


 枝折は、写真を撮る親子を無表情で見ていた。



「よし、僕達も撮ろうか?」

 僕が言ってスマートフォンを取り出すと、枝折がコクリと頷く。


 枝折を看板の前に立たせようとしてたら、

「先輩、私、写真、撮りますよ!」

 背後から声がした。


 振り向くと、そこに萌花ちゃんがいる。

 萌花ちゃんは、いつも通り、首から一眼レフカメラを提げていた。


「枝折ちゃんの入学式だし、私、気合い入れて撮ります」

 萌花ちゃんが、カメラが掲げて言う。

 カメラには、太くて高そうなレンズが付いてるから、本当に気合いが入っていた。


 萌花ちゃんの後ろに、他の寄宿生や主夫部部員の姿もある。


「枝折ちゃん、おめでとう」

「ようこそ、我が校へ」

「今日から、後輩だね」

「制服、似合うね」

「待ってたよー」

 みんなが口々に言って、枝折を祝福した。


「ありがとうございます」

 枝折が少し下を向いて照れながら、お礼を言う。


 休みなのに、みんな、枝折にお祝いを言うために、出てきてくれたらしい。


「それじゃ、枝折ちゃん。お兄ちゃんと一緒に並んで」

 萌花ちゃんに言われて、僕と枝折は、看板の横に並んだ。


「ほら、もっとくっついて」

 ファインダーを覗いた萌花ちゃんが言う。


 僕達は、腕と腕がくっつくくらい、近づいた。

「はい、仲よさそうに、微笑んで」

 萌花ちゃんが注文をつける。

 すると枝折が、僕の腕と体の間に、手を差し込んできた。

 そうやって僕の腕をそっと掴む。


「そうそう、いい感じ」

 萌花ちゃんがシャッターを切った。

 何枚も何枚も切ったあと、カメラを縦位置に変えて、また撮った。


「微笑ましい、兄妹愛だね」

「篠岡先輩、シスコンぽいね」

 腕を組んでいる僕達を、みんなが冷やかす。


 枝折が笑って、ちょっとだけ表情が柔らかくなった。



「それじゃあ枝折ちゃん、行こう」

 記念撮影を終えると、寄宿生で同じ新入生の宮野さんが、枝折を誘ってくれた。


「うん、行こう」

 枝折が返事をする。


 二人は、校門奥のテントの受付で、PTA役員の人から、胸に花をつけてもらった。

 そのまま二人、何か話しながら、講堂の方に歩いて行く。


 さっそく、宮野さんが友達になってくれたみたいで、良かった。

 親心じゃないけど、枝折の保護者として、そして兄として、安心する。




「弩が、みんなに呼びかけてくれたのか?」

 僕は二人の後ろ姿を見送りながら訊いた。

「えっ?」


「寮長の弩が、みんなに呼びかけてくれたんだろう。枝折のこと、迎えてあげようって」


「えっと………はい」

 弩は、舌を出して、バレたか、みたいな顔をした。


「ありがとう」


 母と父が入学式に参加できなくて、枝折に寂しい思いをさせるところだったけど、こうしてみんなが来てくれて助かった。

 みんながいてくれて、枝折も笑って入学式に臨める。


「確かに私はみんなに呼びかけましたけど、私が呼びかけなくても、きっと、みんな来るつもりでしたよ。篠岡先輩の妹は、私達の妹ですから」

 弩がそう言って僕に微笑みかけた。

 あまりに愛おしい表情をしてるから、いつもならここで弩の頭を撫で繰り回すところだけど、今は止めておく。


 今日の弩は寮長にふさわしくて格好いいし、いつまでも僕に撫でられて「ふええ」って言ってる弩じゃないだろうと思った。




「ところで先輩、式が終わったら新入部員の勧誘ですけど、何か考えてるんですか?」

 弩が訊く。


「ああ、一つ、いいアイディアを考えた」

 部長になってからずっと考えていて、昨日の夜、ベッドの中でひらめいたアイディアがある。


「それで、寄宿生にも、ちょっと協力してもらいたいけど、いいかな?」

 僕は、寮長としての弩に訊いた。


「なんですか?」

 周囲に聞こえないよう、僕は、考えたアイディアを弩に耳打ちする。


「ええっー!」

 弩が、びっくりして思わず大声を出した。


「でも、私達、そんな……」

 弩が戸惑っている。


「そんなの、出来ませんよ……」


 だけど、これは最高のアイディアだと思う。

 これなら誰か一人は、主夫部に入ってくれる。


 たぶん。

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