第205話 フラゲ

「皆さん、届きましたよ!」

 弩が、段ボール箱を抱えて、林の獣道を走って来た。

 春休みのまったりとした昼下がり、弩の声で、寄宿生と主夫部メンバーが、玄関に集まる。


「うん、ご苦労さん」

 僕達はすぐに食堂に移動して、段ボール箱を開けた。

 食堂には、仕事がある二人の先生と、保育園のひすいちゃん以外全員いて、段ボール箱を囲んでいる。


 寄宿舎は学校敷地内の林の中にあるから、寄宿生宛の郵便物や宅配の荷物は、一旦学校に届くことになっていた。

 普段なら、ヨハンナ先生が仕事帰りにまとめて持ってくるんだけど、今日は待ちきれない弩が、事務室まで取りに行ったのだ。



「すごい! 本当に発売されてる!」

 弩が大声を出すから、「当たり前だろ」って、僕が突っ込んだ。


 箱の中から出てきたのは、「Party Make」のメジャーデビューシングル「寄宿舎を抜け出して」のCDだった。

 四月五日発売で、前日の今日はフラゲ日だ。


 緩衝材かんしょうざいのプチプチに包まれていたそれを、弩がみんなに配る(発表直後に予約した分で、宮野さんの分はないけど)。

 僕達が一枚ずつ買ったのは、ミュージックビデオのDVDが入った初回限定版のほうで、予約特典のポスターも付いている。


 初回限定版のCDジャケットは、「Party Make」の三人が、ふっきー、ほしみか、な~なの順番で並んで、遠くを見詰めている横顔の写真だった。

 背景がぼけてるけど、撮影場所は間違いなく、この寄宿舎の二階の廊下だって分かる。


 そして、その写真を撮ったのは、もちろん、ここにいる萌花ちゃんだ。


「すごいよ! 萌花ちゃんの写真、本当にCDになってるよ!」

 弩がそう言って、萌花ちゃんとハイタッチした。

 萌花ちゃんは、CDを手にして、ちょっと涙ぐんでいる。


 ジャケットは既に発表されてたから、萌花ちゃんの写真が使われるのは分かってたけど、やっぱり、こうして現物を手にすると、本当に採用されたんだって実感した。


「ブックレットの写真も、いい写真ばっかだな」

 さっそくケースを開けた錦織が、ブックレットを取り出して眺めている。


 ブレザーの制服の三人が、寄宿舎の廊下に佇むバストアップの写真。

 白いブラウスの三人が、廊下の壁に寄りかかって、足を投げ出して眠っている写真。

 二階の窓から、三人が物憂げに外を眺めている写真。


 サンルームの窓ガラスに手を当てて、こっちを見てるのを外から撮った写真は、この寄宿舎に閉じ込められた三人が「出して」って訴えかけてるみたいな、物語性を感じた。



「Photography :MOEKAって、クレジットされてるよ」

 御厨が言う。

 確かに、ブックレットの最後のページに、スタッフの名前と共に、萌花ちゃんの名前があった。


「これで萌花ちゃんも、プロの写真家だね」

 僕が言うと、萌花ちゃんは「そんなことないです」って、照れて小さくなる。


「ポスターも、萌花ちゃんの写真でしょ?」

 特典のポスターを広げた新巻さんが訊いた。


「はい、お気に入りの一枚です」

 萌花ちゃんが答える。


 B2のポスターの写真は、夕暮れの寄宿舎の廊下で、制服を着た三人が手を繋いで立っている全身写真だった。

 夕日の明かりだけで撮った写真で顔が殆ど見えないっていう、アイドルらしからぬポスターだけど、ぞくぞくするような美しさがあった。



「良い曲だし、売れるといいですね」

 CDケースを胸に抱いて弩が言う。


「ネット通販の売り上げとか見てると、結構いい線いくと思うんだけど」

 錦織は、予約が始まって以来、ずっとそれをチェックしていた。


「僕達以外に、どんな人が買ってるんでしょうね。CDがお店に並んでるところも、見てみたかったですね」

 御厨が何気なく言う。


「よし、CDショップ、見に行こうか?」

 それならばと、僕は提案した。


「そうですね! 行きましょう!」

 弩が賛同して、みんなも頷く。

 新入生の宮野さんも、僕達に引きずられて、頷いた。


 宮野さんは面食らったかもしれないけど、寄宿生と主夫部は、こんなノリだ。

 何をするにもフットワークが軽い。


 女子達が、急いで部屋着から着替えた。

 五分後には、もう、僕達は外に飛び出している。




 学校の最寄り駅の、駅ビルに入っている、全国チェーンのCDショップ。


 邦楽のCD売り場に行くと、レジのすぐ近くに、「Party Make」のコーナーが作られていた。


 デビューCDが何枚も並べられた棚は、ポスターやメンバーの等身大パネルで目立つように飾ってある。

 手書きのポップには「地元が産んだ話題のアイドル、切れっ切れのダンスで、踊れ! 踊らされろ!」って、熱いメッセージが書かれていた。


 地元だけあって、こんなふうに特別にしてくれてるのかと思ったら、朝からSNSの投稿を見ていた錦織によると、このCDショップチェーンでは、全国で同じようにコーナー展開してくれてるらしい。



 しばらく、遠巻きに観察していると、僕達と同年代の数人の女子がそのコーナーに来て、「Party Make」のCDを手に取った。


「この娘達知ってる!」

「カワイイよね」

「私、本人見たことあるよ」

「うっそ、マジで」

「お姉ちゃんの文化祭で見たし」

「この三人の中だったら、誰?」

「ほしみか、かな」

「私、俄然、な~な」

「ふっきー、一択」


 聞き耳を立てると、彼女達はそんな会話をしている。

 手に取っただけで、結局、買わなかったけど、「Party Make」が彼女達に知られていたことが嬉しかった。

 三人のニックネームを知ってることにも感動する。


 その後、サラリーマン風の大人から、小学生低学年くらいの子供まで、幅広い年代の人が「Party Make」のコーナーに立ち寄って、CDを見ていった。

 そして、僕達がいた三十分くらいの間に、六枚のCDが売れた。


 なんだか分からないけど、僕達は買ってくれた人を背中から拝む。



「そろそろ、帰ろうか」

 あんまり店にいても迷惑だし、帰りにケーキでも食べて行こうかって話してたら、

「あれ? あの人、河東先生じゃない?」

 CDショップを出たところで、新巻さんが気付いた。


 店の前の横断歩道で、信号待ちをしてる数人の中に、確かに、河東先生の姿がある。

 引っ詰めた髪で、ウインドブレーカーにジャージっていう、バレー部の指導から抜け出してきた、って格好だった。


 歩行者信号が青になると、河東先生が道路を渡って、CDショップの方に歩いてくる。


 僕達は、別に悪いことしてるわけじゃないのに、逃げてしまった。

 店の、洋楽の棚の方に逃げて、身を隠す。

 なぜか、先生の娘の萌花ちゃんまで、一緒に隠れた。


 先生は店に入ると、女性の店員さんに二言三言話しかけて、店員さんに案内される。

 店員さんが先生を連れて行ったのは、さっきまで僕達がいた、「Party Make」のデビューCDのコーナーだった。


 河東先生は、そこでCDを一枚手に取って、ジャケットの写真をじっと見る。

 裏返したり、元に戻したりして、何度も見た。


 すると先生は、そこにあったCD、二十枚くらいを、むんずと両手で掴んで、レジに向かう。

 ウインドブレーカーの懐から財布を出して、お金を払った。

 CDを二十枚買ったから、特典のポスターも二十枚になって、店員さんが丸めたポスターを、紙袋に入れて渡す。

 河東先生は、たくさんのCDとポスターを抱えて、店を出た。


 それが、あっという間の出来事だった。



 僕達は洋楽の棚に隠れて、一部始終を見ていた。

 先生は横断歩道を渡って、立体駐車場のほうに歩いて行く。


「萌花ちゃんが関わった作品が形になって、先生も嬉しかったんじゃないのかな」

 錦織が、先生を目で追いかけて言った。


「知り合いとか、親戚とかに、これ、娘が撮った写真ですって、渡すのかもね」

 新巻さんが言うと、萌花ちゃんは僕達に背中を見せる。


 目がうるうるしてるのを、見られたくなかったのかもしれない。

 そういうところは、先生同様、負けず嫌いの萌花ちゃんだ。


「よし、ケーキ食べてくの止めて、寄宿舎でパーティーしよう。帰りに買い出しして」

 僕が言うと、全員が文句なく頷いた。


「『Party Make』のデビューシングル発売と、そしてもちろん、萌花ちゃんの作品発売を祝って」


 新入生の宮野からしてみれば、僕達はいつもパーティーしてるって思うかもしれない。


 だけど、まったくその通りだ。

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