第183話 クイズ
2月14日。
朝から寄宿舎の女子達の様子がおかしかった。
僕達、主夫部の男子部員(母木先輩を除く)と目を合わせようとしないというか、どこか、よそよそしい。
別に僕達に直接文句を言ったり、無視したりするとか、そういうのはなかったけど、明らかにいつもと違う。
弩なんて、特にそれが
「弩、昨日着てた部屋着のブラウス、洗濯物の中になかったんだけど、どうしたんだ?」
洗濯物を干すとき気付いたから、僕が何気なく訊いたのに、
「あっ、はい。出すの忘れました。後で出します」
弩はそう言って、逃げるように自分の部屋に戻ってしまった。
そして、バタンと、強めにドアを閉めるのだ。
やっぱり、鬼胡桃会長が言った通り、僕達が女子マネージャーのチョコレート作りを手伝ったことを、みんな
僕達は、女心が分からない駄目な奴らなのか。
おかしいのは弩だけじゃなかった。
新巻さんや、萌花ちゃん、それに、そんなこと全然気にしない感じの縦走先輩まで、僕達を見て、一瞬、身構える。
「あとで、みんなの誤解を解いておかないといけないな」
錦織が言った。
「そうですね。僕達に他意がないことを説明しましょう」
御厨も言う。
二人も僕と同じように寄宿生に違和感を感じていたようだ。
寄宿舎には、まだ昨日のチョコレート作りの時の、レモンの甘酸っぱい香りが漂っていて、それが僕達の浮ついた気分の残り香みたいで、後ろめたい。
そんな感じで、朝食も、みんないつもより言葉少なに、しんみりした様子で終えた。
朝練を終えて、寄宿舎から校舎に登校すると、2月14日だけあって、朝からそこここでチョコレートの受け渡しが行われている。
まだ朝だし、クライマックスには早いから、今の時間帯に渡されるのは義理チョコだろうか。
僕達が宝諸さん達に協力して作った、パステルイエローにサテンの青リボンの包みを持った男子生徒も見かけて、彼らが嬉しそうに廊下を歩いてるから、僕達が協力した甲斐もあったみたいだ。
「篠岡君、これあげる!」
そんな僕にも、義理チョコは回ってきた。
席に着いたら、クラスメートの長谷川さんと菊池さん、松井さんの、いつもの三人組が僕のところに来て、チョコをくれた。
「いつも教室掃除してくれるし、それに、修学旅行の時のお詫びもあるから」
三人がそれぞれくれたのは、この時期デパートとかで売ってる市販のチョコレート詰め合わせだった。
「ありがとう」
チロルチョコ一個とか、アポロチョコ一粒とか、そういう義理チョコじゃない本格的? な義理チョコを貰うのが初めてで、ちょっと嬉しい。
それも、一度に三つだ。
「お返しはいいからね。これはネタ振りじゃなくて」
長谷川さん達は笑いながらそんなふうに言った。
「お返しもらったら、また私達がお返ししなきゃならないもん」
松井さんが言う。
「実は義理じゃなかったりして」
菊池さんがそう言って笑った。
僕達がそんなふうにおしゃべりしていたら、
「はーい、おはよう」
ヨハンナ先生が教室に入って来て、チラッとこっちを見る。
僕は、別に何か悪いことをしてるわけじゃないのに、長谷川さん達がから貰ったチョコレートを机の下に隠してしまった。
(これは、義理チョコです、義理チョコ)
僕は、なぜかそんな言い訳がましい念を先生に送ってみたけど、先生はそれを無視して出席を取り始める。
なんか、状況がどんどん悪化してるような気がする。
昼休みには、女子バレー部の麻績村さん達の訪問を受けた。
「先輩、これ、受け取ってください!」
麻績村さんと、バレー部駅伝チームでお世話をした四人のメンバーから、それぞれチョコを貰う。
「先輩、これ、受け取ってください」って、男子高校生がバレンタインデーに後輩の女子生徒から言われたい言葉ナンバーワンだ(僕調べ)。
メンバー四人からのチョコは市販品ぽかったけど、麻績村さんのだけ、自分でラッピングした手作りチョコレートみたいだった。
ピンクの包装紙に真っ赤なリボンがかかってるし、大きさも二回りくらい大きい。
「篠岡先輩、これ、義理チョコだと思います?」
麻績村さんは、そんな質問をしてきた。
「え、だって、これ……」
僕が答えられずにあわあわしていると、
「それじゃあ、早めに食べてくださいね」
麻績村さんはそう言って四人と一緒に帰っていった。
義理チョコかどうかの、クイズの正解を言わずに。
「篠岡マジかよ!」
「リア充かよ」
一年生女子から大量のチョコレートを貰った僕は、クラスメートに冷やかされた。
ちょっとにやけつつ、そんなことないとか、クラスの男子とふざけてたら、どこからか、不穏な視線を感じた。
視線の主を探して辺りを見回すと、お弁当を食べ終わった新巻さんが、こっちを冷めた視線で見ている。
街角のポストとか、電柱を見るような視線だ。
(いや、新巻さん。これは、義理チョコなんだ、義理チョコ)
なぜか僕がそんな念を送ると、新巻さんは何もリアクションをせずに、歯磨きセットを持って席を立って、廊下に出て行った。
なんか、状況がさらに悪化したような気がする。
貰ったチョコ八個という、今までの記録三個(母と、枝折と、花園から)を大幅に上回る記録を叩き出したけど、どこか気持ちが晴れないまま、放課後、部活のために寄宿舎に向かった。
いつものように林の獣道を抜けたら、玄関に縦走先輩がいるのが見えた。
先輩が、腕組みして玄関に仁王立ちしている。
「篠岡、ちょっとこっちに来い」
僕を見つけると、まだセーラー服のままの先輩が、僕を手招きした。
縦走先輩、今日はまだ、トレーニングに行かないんだろうか?
いつもなら、放課後、真っ先に着替えて外に飛び出していくのに。
「ほら、早く来い」
「えっ、なんですか?」
朝のこともあったし、先輩の態度にびっくりして、僕は訊いた。
「いいから、来るんだ」
縦走先輩はそう言って僕の腕を取って、少し乱暴に引っ張った。
先輩の逞しい手に掴まれた僕の細腕が痛い。
僕は、靴を脱ぐのもそこそこ、先輩に奥に連れて行かれた。
縦走先輩は無言で廊下を歩いて、僕は、そのまま先輩がトレーニングルームとして使っている102号室に連れ込まれる。
縦走先輩は僕を部屋に入れると、後ろ手にドアを閉めて鍵をかけた。
カチャリと、鍵が閉まる音が骨に響く。
すると、102号室の中には、ヨハンナ先生と弩、古品さんに萌花ちゃん、それに新巻さんがいた。
鬼胡桃会長以外の寄宿舎の住人が揃っている。
真ん中にヨハンナ先生、その右に弩と萌花ちゃん。先生の左に、古品さんと新巻さん。
そしてそこに縦走先輩も加わった。
僕はみんなに取り囲まれる。
ヨハンナ先生は紺のスーツ姿で、寄宿生は制服のセーラー服だ。
僕を囲んだみんなは目を伏せていて、部屋の中はなんか、ただならぬ雰囲気だった。
縦走先輩がトレーニングルームとして使っているここは殺風景で、先輩のバーベルやベンチプレスの道具、エアロバイクしかないから、余計に不気味だ。
先輩が、何気なく、バーベルのシャフトの金属の棒を手に取るし。
もしかして、僕はここで、みんなに問い詰められたりするんだろうか。
宝諸さん達のことで、吊し上げられたりするのか。
そう思って身構えていたら、ヨハンナ先生が口を開いた。
「ここに呼ばれた理由は、分かるわね」
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