第155話 フルボッコ

「ゆみゆみ久しぶりー!」

 花園が、弩に抱きついた。

 学校帰りで、中学校のセーラー服に、ダッフルコートを羽織った花園。


「久しぶりー、花園ちゃん!」

 弩も、きゃっきゃ言いながら花園を受け止めた。

 寄宿舎の玄関で、二人は再開を喜んで、ぴょんぴょん跳ねている。

 背も同じくらいだし、まったく、これではどっちが年長者なのか分からない。

 僕が遊園地で見た、あの大人っぽい弩は、幻だったんだろうか。


「それじゃあ、行こ行こ!」

 花園が弩の手を引っ張った。

 弩は水色のコートにグレーのベレー帽の、お出かけ着だ。


 二人はこれから、連れ立ってクリスマスパーティーのプレゼントを買いに行く。

 みんなで行うプレゼント交換用の、プレゼントだ。


 今年のクリスマスイブは、寄宿舎に花園や枝折も呼んで、寄宿生、主夫部みんなとの、クリスマスパーティーが開かれる。

 この日ばかりは受験生の枝折や、母木先輩、鬼胡桃会長も、息抜きにパーティーに参加することになっていた。

 そのパーティーでは、みんなでプレゼントを持ち寄って、プレゼント交換をする。


「予算は1000円までだからな。それをオーバーしちゃ駄目だぞ。あとで、レシートもチェックするからな」

 僕は念を押した。

「分かってるって、お兄ちゃん」

 花園が言って、口を尖らせる。


「分かってるって言うけど、1000円以内でどれだけ満足度が高いプレゼントを買えるのか、面白いプレゼントが買えるのか、それがプレゼント交換の醍醐味なんだから、1000円オーバーのプレゼント買って、ずるするなよ」

 僕はきつく言っておく。


「プレゼント交換って、そんなに難しいものなんですね」

 弩が言った。


「その通りだ弩。プレゼント交換のプレゼントは、その人のセンスが問われるんだ。その人が今まで生きてきた人生が見えると言って、過言ではない。ゆえに心してかかれよ」


「分かりました。気合いを入れて、プレゼント買ってきます!」

 なんだかんだ言いながら、弩は楽しそうだ。


 弩は、こんなふうにみんなでクリスマスパーティーをするのが初めてだって言っていた。

 だから、クリスマスに向けて、ここのところ弩はそわそわしている。

 僕が洗髪台で弩の髪を洗いながら、髪の毛を某名探偵アニメのヒロインの角みたいにして悪戯しても気付かないし、いつものようにノックしないで部屋のドアを開けても、上の空で気付かなかったりした。

 まあ、僕だって、こんなにたくさんの女子達とクリスマスパーティーとかするの初めてで、浮き足立ってるけど。


「弩、ホワイトロリータ10袋とかは、駄目だからな」

 僕が言うと、

「ふええー」

 弩が、頭を抱えた。

「先輩は、私がホワイトロリータ買うって、なぜ分かったんですか? 私の頭の中、覗いたんですか?」

 いや、頭の中を覗かなくても、普通に分かるが……


「じゃあ、ゆみゆみ行こうか」

 花園はそう言って弩と手を繋ぐ。


「林の出口のところで、なんか配線工事みたいのしてるから、気をつけろよ」

 僕は注意した。

 二、三日前から、林の周りで工事が始まっている(また、インターネットの回線工事でもしてるんだろうか)。

 高所作業車とか重機とか入って鉄柱とか立てている、大掛かりな工事だ。


「分かってるよお兄ちゃん」

 花園は、振り返りもせずにそう言った。

「先輩、行ってきます!」

 弩が言って、二人は、林の獣道を歩いて行く。




「よし、出掛けたわね。はい、篠岡君、食堂に出頭なさい」

 背後から、鬼胡桃会長の声が聞こえた。


 僕はそのまま、会長に引っ張られて、食堂に連行される。



「それで、どうだったんだ篠岡」

 母木先輩が訊いた。


 放課後の食堂には、母木先輩と鬼胡桃会長の他に、弩以外の主夫部部員と寄宿生が揃っている。

 今日はヨハンナ先生だけ、どうしても抜けられない職員会議があるとかで、いなかった。


「はい、結局、サンタクロースのこと、言えませんでした」

 僕は食堂で椅子に座らされている。

 みんなに囲まれて、縮こまって答えた。


「なんですって? それじゃあ、あなた達は遊園地まで行って、何してたの?」

 腕組みの鬼胡桃会長が、僕を見下ろして訊く。


「弩がメリーゴーランドに乗ってるところを僕が写真に撮ったり、二人でコーヒーカップに乗ったり、ジェットコースターに乗って、目を回した弩を介抱したり。二人でお弁当食べたり、二人っきりで観覧車に乗ったりしました」

 僕は、正直に答えた。


「ちょっと待って、それじゃあ、ただの遊園地デートじゃない」

 鬼胡桃会長が呆れたように言う。


 あれ、言われてみると、確かにそうだ。


 二人で遊園地に行って、アトラクションを楽しんだり、お弁当を食べたり。弩が、僕の手に掴まって、二人、寄り添って歩いたり……


 これって、僕がいつか彼女が出来たらやってみたいと思っていた、デートじゃないか。


「篠岡君、なに顔赤くしてるの?」

 新巻さんが言う。

 僕は、今頃になって、急に照れてしまった。


 遊園地では、サンタクロースのことで頭がいっぱいで、僕達の行為がデートだってこと、まるで気付かなかった。

僕は弩と、夢に描いていた理想のデートをしてしまったんだ。



「過ぎちゃったことは仕方ないよ。それで、これからどうするの? また、どこかで、本当のことを話すの?」

 古品さんが訊く。

 せっかく、古品さんに遊園地のチケット譲ってもらったのに、それを生かせなくて申し訳ない。


「もう僕は、弩に本当のことを言える自信がありません」

 僕はみんなに、弩がサンタさんに主夫部男子の為のハンドクリームをお願いするって言っていたことを話した。


「弩君、君ってやつは……」

「本当か、弩……」

「弩……」

 母木先輩と錦織、御厨が感動して、涙を流しそうな顔をしている。


「それをあんな円らな瞳で、まっすぐに見つめられて言われたので、僕は本当のこと、言えなくなってしまったんです」

 僕が言うと、母木先輩が、ご苦労様、って感じで、僕の肩を叩いた。


「もう、いいじゃないか。弩君には、サンタクロースのことをこのまま信じさせておこう。いずれ時が、自然に解決するだろう」

 母木先輩が言う。

「そうだな。弩は、あのままでいいよ」

 錦織が言った。

「話を聞いただけで、手が潤って、すべすべしてきた気がします」

 御厨が言う。



「ちょっと、主夫部の男子、悪い女に騙されないか心配だわ」

 僕達の様子を見ていた古品さんが、頬杖をついて言った。

「そうですね。弩さんは天然だけど、打算的に近づいてくる女の子とかいたら、確実にやられますね」

 新巻さんが冷静に言う。


 なんか、女子が僕達を見る目が、生暖かい。



「でも、今年はもう、弩さん、寄宿舎に住んでいて自分の家じゃないんだから、ご両親がサンタクロースを手配したり出来ませんよね? どうするんですか?」

 萌花ちゃんが訊いた。


「この中の誰かが、サンタクロースになるしか、ないだろうな」

 縦走先輩が言う。


 縦走先輩がそう言ったあとで、みんなの視線が、僕に集まった。


「えっ? えっ!」

 なぜ、そうなるんだ。


「篠岡君、あなたがサンタクロースになりなさい」

 鬼胡桃会長が僕を指差して言った。

 会長の真っ直ぐな指が、僕の眉間に突き刺さりそうだ。


「あなたがサンタクロースになって、弩さんの枕元の靴下にプレゼントを入れてあげるしかないでしょ?」

「そうだな。篠岡、君が弩君のサンタクロースになるしかない」

 母木先輩も言った。


「いずれ僕達が父親になれば、愛する我が子のために、サンタクロースになることがあるだろう。その練習だと思って、君はサンタクロースになれ!」


 結局、こうなるのか。


「あの、でも、弩が一人で寝ている部屋に、深夜、僕が一人で忍び込んでいいんですか?」

 僕だって、一応、男の子だし。

 深夜、二人っきりで、目の前に無防備な弩が寝ていたら、なにか間違いを起こすかもしれない。


「この場合は仕方がないわ。私が許します」

 鬼胡桃会長に、許されてしまった。


「篠岡、心配するな。もし君が間違いを起こして、弩の悲鳴が聞こえたら、私がすぐに飛んでいって君をフルボッコにしてやるから、安心しろ」

 縦走先輩が、ポキポキと指を鳴らしながら言う。


 先輩、満面の笑顔で、怖いこと言わないでください。


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