第156話 Party Time 1

「あっ、雪ですね」

 サンルームから、夕暮れの外を見ていた弩が言った。


 朝から重そうな雪雲が空を覆っていたと思ったら、ふわふわと雪が舞っている。

 大粒の雪だから、明日のクリスマスの朝には積もって、ホワイトクリスマスになるかもしれない。


 サンルームのガラスには、クリスマスツリーの電飾が反射していて、雪が降る林と一緒になって、幻想的な風景だ。



 サンルームから続く食堂のテーブルには、料理が並んでいる。

 朝から御厨が中心になって、僕達主夫部が用意した料理だ。


 ローストチキンにローストビーフ、ピリ辛のスペアリブ。

 ピザにエビドリア、パエリア、ビーフシチュー。

 ちらし寿司に、餃子に、熱々の小籠包。

 シーザーサラダにポテトサラダ。

 ケーキにクロカンブッシュ、フルーツポンチ。


 食堂の飾り付けは、寄宿舎の女子が担当した。

 壁や天井には、雪の結晶や、星、スノーマンのガーランドや、輪つなぎが渡してある。

 テーブルのそこここで、色とりどりのキャンドルが、小さな炎を揺らしていた。


 食堂の壁際には、六畳くらいの広さのステージも作ってある。

 ステージには古品さんがストリートライブで使ってたPAセットや照明が用意されていた。


「そろそろ、始めたいんだけど、ヨハンナ先生はまだかしら?」

 鬼胡桃会長が言った。

 鬼胡桃会長は、いつものボルドーのワンピースに、白いボンボンがついた三角帽子を被っている。


「僕、呼んできます」

 僕が先生の部屋に向かおうとしたら、食堂のドアを開けて、ヨハンナ先生が現れた。


 先生は、複雑にドレープが入った青いドレスを着ている。

 胸の切れ込みが、ウエストラインに届きそうなところまで開いている、大胆なドレスだ。

 金色の髪をクラシックな巻き髪にしていて、先生は、パーティーに現れたハリウッド女優、という雰囲気。


「どう? この大人の色香は」

 先生が、髪を掻き上げて言った。

 横にいた僕は、香水の匂いで、くらくらしそうだった。


「綺麗です……」

 弩と花園が、うっとりして先生に見とれている。

 この世のものではないものを見るような感じで、二人が先生をツンツンしようとするから、止めさせた。


「せっかくのクリスマスパーティーだもの。ドレスアップして、楽しんじゃおうと思ってね」

 ヨハンナ先生が言った。


 先生……


 先生がそんな気合いが入ったドレスで、クリスマスイブのこの日に、僕達のパーティーなんかに出てて、いいんでしょうか?(僕達は、嬉しいんですけど)



「揃ったわね。それじゃあ、始めましょうか」

 鬼胡桃会長が言って、食堂の照明が消された。


 食堂の中は、キャンドルの明かりと、クリスマスツリーの電飾の明かりだけになる。


 すると、壁際のステージにスポットライトが当たった。


 ミニスカサンタコスの「Party Make」の三人が廊下から勢いよく入ってきて、ステージに上がった。


「さあ、明日のクリスマスライブのゲネプロとして、仕上がってるところ、みんなにみせちゃうよ!」

 古品さん、いや、ふっきーが叫んだ。

 古品さんは、完全にアイドルモードだ。


「その代わり、間違ったら許してね!」

 ほしみかが、ウインクする。

 そのウインク一つで、僕は萌え死んだ。二度死んだ。


「それじゃあ、一曲目!『Party Make』で、『Party Time』!」

 な~なが絶叫する。


 すごい。


 明日の「Party Make」のクリスマスライブ「Party Makeが、いっぱいサンタ呼んじゃうパーティ」は、箱が小さいこともあって、チケットは争奪戦で、コアなファンでも手に入らず、阿鼻叫喚になっていた。


 それが、僕達のためだけに、そして、こんなに近くで見られるのだ。

 バッキバキのダンスを踊る、三人の汗が飛んでくる距離だ。


 三人のおかげで、パーティーは最初から一瞬で最高潮まで盛り上がった。

 三人はMCを挟んで、僕達に六曲も披露してくれる。


 踊りまくって、それだけで、もうへとへとだ。

 ライブが終わると、三人はステージから降りて、そのままパーティーに加わった。



「それではみんな、グラスを持ちなさい」

 鬼胡桃会長が言って、各々がグラスを持つ。

僭越せんえつながら、わたくし鬼胡桃統子が、乾杯の音頭を取らせて頂きます」

 会長が、シャンメリーが入ったグラスを掲げる。


「今年は、この寄宿舎にも、色々なことがありました。男子禁制の禁を破るという、ギリギリの決断をして、主夫部の男子をこの寄宿舎に入れました。ヨハンナ先生が管理人になってくれたことも、大きなニュースでした。しかし、おかげで寄宿生も増えました。建物は綺麗になったし、設備も新しくなって、以前の賑わいを取り戻したとは言えないまでも、ここも活気に満ちてきました。主夫部のみなさん、よくやってくれました。本当に感謝します」

 鬼胡桃会長が言って、深く、頭を下げた。

 寄宿生もそれに続く。


 鬼胡桃会長からそんな言葉を聞いて、僕は、涙が出そうになった。

 鬼胡桃会長と僕ら主夫部は、最悪の出会いから始まったし、僕なんか、背中に刀を突きつけられたこともある。

 それが、今こうやって感謝されているのだ。


「この寄宿舎と、主夫部の繁栄を願って、乾杯!」


「乾杯!」

 みんながグラスを掲げた。

 ヨハンナ先生のグラスにシャンパンが注がれている以外、みんな、シャンメリーだ。


「それではみなさん。思う存分、食べて飲んで、しばらく歓談しなさい。今日は無礼講よ!」

 鬼胡桃会長が宣言する。


 待ってました、とばかりに、縦走先輩がローストチキンにかぶりついた。

 さすが、肉食系女子。

 御厨が急いで、ピザとドリアを先輩に取り分ける。


「ピザとか、まだ台所にありますから、足りなくなったら、焼きます」

 御厨が言った。


「それなら、もう焼いておいたほうがいいな」

 縦走先輩が言う。

 御厨が取り分けた縦走先輩の皿は、すでに空になっていた。



「ごちそう、ごちそう!」

 花園が、テーブルの周りを飛び回る。

 花園、これじゃあ、普段、僕が食べさせてないみたいだからやめなさい。


 枝折が、憧れの新巻さんを遠巻きに見て近づけないでいるから、僕が手を引っ張って、新巻さんのところに連れて行った。

「ほら、新巻さん、いや、森園リゥイチロウさんから、色々訊いたら?」

 僕が言っても、枝折は下を向いて、もじもじしている。

「そうだよ、枝折ちゃん。熱心な読者さんの声は、私も訊きたいし。お話しましょ」

 新巻さんが枝折に声をかけてくれた。

 枝折が、怖々顔を上げて、

「はい」

 と返事をする。

 話し出したら止まらないみたいで、枝折は新巻さんを質問攻めにした。


 花園も枝折も楽しそうでなにより。


 今までのクリスマスは兄妹三人だけのことも多かったし、妹二人の笑顔が見られるのが、僕は嬉しい。



 御厨が取り分けてくれたエビドリアを食べていたら、ヨハンナ先生が手酌でシャンパンを飲んでいたから、僕がお酌をした。


「飲み過ぎないでくださいね、って言いたいところですけど、今日は飲んでいいです」

 先生にも一年、お世話になったし。


 四月に先生が担任になって、主夫部の顧問になってもらって、夏休みを一つ屋根の下で過ごしたり、花園や、枝折のことも気遣ってもらったり、修学旅行では僕と新巻さんのために奔走してくれて、最後には、先生のご家族にも(偽の)婚約者として挨拶した。


「どうぞ、飲んでください」

 僕は先生にお酌をする。

「お、今日は話が分かるねぇ」

 先生はシャンパンを一口で飲み干すと、グラスを掲げてもう一杯と要求した。

 シャンパンのボトルはすぐ空になって、先生はワインに移った。

 ワインのあとは、芋焼酎だ。


 まあ、酔いつぶれたら、僕がお姫様抱っこで運んで、ベッドに寝かせるからいいけど。


 それにしても、ヨハンナ先生の青いドレス。

 胸が開きすぎていて、近くにいると、ちょっと目のやり場に困る。

 先生、お酒が進んで、僕に肩とか組んでくるし。


 今言えることは、僕は明日、先生のブラジャーを洗わなくていいってことだ。




 僕達は飲んだり食べたりしながら、時々誰かがステージに立って、カラオケで盛り上がった。

 カラオケは苦手だけど、僕も二曲歌わされる。


 料理も食べ尽くした頃、鬼胡桃会長が立ち上がった。


「はい、それでは、今からプレゼント交換を始めるわ。みんな、輪になりなさい」

 やっぱり、場を仕切るのは鬼胡桃会長に任せるに限る。


「いいこと、今から、恨みっこなしの一発勝負よ」

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