第153話 堂々巡り
「どうぞ、これ、ご来園のカップルにプレゼントしている『どうどうめぐり君』です。はい、彼女さんどうぞ」
遊園地の入り口で、弩は係員のお姉さんから縫いぐるみを受け取った。
この遊園地の目玉アトラクションである大観覧車をモチーフにした、「どうどうめぐり君」。
その縫いぐるみは、顔が書いてある円盤形のクッションみたいなベースに、ゴンドラを摸した小さいお手玉みたいな縫いぐるみが十二個、等間隔にぶら下がっているものだった。
ぶら下がってる小さいほうにも、全部顔がついている。
ゆるい、ゆるすぎる。
それに、名前が「どうどうめぐり君」て。
入り口の脇に段ボールが幾つも積んであって、「どうどうめぐり君」がいっぱい詰まっていた。
係のお姉さんは、カップルに縫いぐるみを半ば強引に押しつけるようにしている。
プレゼントっていうより、在庫処分だ。
「僕達、カップルじゃないのにな」
僕と弩を見て、係のお姉さんは、僕達がカップルとでも思ったんだろうか。
「そうですね」
弩が「どうどうめぐり君」を大切そうに抱いて言う。
クリスマスソングが流れる園内は、カップルで溢れていた。
みんな、手を繋いだり、手に掴まったり、ラブラブな雰囲気に満ちている。
クリスマスらしく、園内の装飾は赤や緑、金色で統一されていた。
とりあえず僕は、入り口の脇にあったロッカーに、お弁当のバスケットを預ける。
「それじゃあ、弩、何に乗りたい?」
僕はパンフレットを開いて、弩に見せながら訊く。
「はい、メリーゴーランドがいいです」
弩が言った。
「よし、じゃあ行こう」
この遊園地にあるのは、ヨーロッパの移動遊園地にありそうな、レトロでゴージャスな飾り彫刻が施されたメリーゴーランドだった。
周囲に楽しげなオルガンの曲が流れている。
弩が、一頭の白馬に、足を揃えて横に乗った。
「せんぱーい!」
上下する馬の上で手を振る弩。
僕は外から、デジカメでそんな弩の写真を撮った。
あれ、なんかこれ、憧れてた感じだ。
彼女が木馬の上で手を振って、僕が手を振り返す。
そして、弾ける笑顔の彼女の写真を撮る。
僕に彼女が出来て遊園地に来たら、こんなことしてみたかった。
妄想してたことが、今、弩で実現している。
残念なのは、弩が彼女じゃないことだ。
弩は木馬に乗って何周も回った。
僕の前に来るたびに、手を振る。
弩の長い髪が、綺麗になびいた。
「先輩も、乗ればよかったのに」
気が済むまで乗って、戻ってきた弩が言った。
「いや、弩が乗ってるの見るだけで楽しいよ。可愛いし」
「えっ?」
「つ、次はどうする?」
僕は誤魔化した。
「それなら、コーヒーカップでいいですか?」
弩が訊く。
「うん、いいよ」
今度は、僕も一緒に乗った。
最初、カップの中に向かい合って座ってたのに、中のハンドルを回して、くるくる回っていたら、弩のお尻が滑って段々と僕のほうに来る。
そしていつのまにか、ぴったりと二人で隣り合って座っていた。
「もう、先輩、そんなに速く回しちゃ、駄目です!」
口ではそう言うけど、弩は楽しそうだ。
弩があまりに楽しそうだから、笑ってしまう。
「なんですか?」
弩が訊いた。
「んっ、いや、だって今日の弩は大人っぽいのに、乗り物は子供っぽいものばっかり、選ぶんだなと思って」
僕が言うと、弩は少しほっぺたを膨らませた。
そんなふうにするのも、子供っぽいんだけど。
「次はあれに乗ります」
弩が、怒って指差した。
弩の指の先にそびえ立つのは、ジェットコースターだ。
それも、この遊園地のジェットコースターは、最高到達点が八十メートルを超えて、国内でも三本の指に入る高さを誇っている。
「だ、大丈夫か?」
「大丈夫です。本当は乗りたかったんですけど、先輩が怖がってると思って、遠慮してただけですから」
弩がすまし顔で言った。
「それなら、いいけど……」
三十分後。
案の定、腰が抜けたみたいにベンチにへたり込む弩がいる。
「だから、言っただろ」
僕はそう言って、弩の背中をさすった。
弩が、半べそかいてるから、ハンカチを渡す。
「らって、らって、こわかったんれすから」
弩はしゃくりあげていた。
「ほら、鼻かんで」
弩の鼻にティッシュを当てて、ちーんさせる。
このままだと、せっかくのアイメイクが落ちてしまう。
「それじゃあ、そろそろ、お弁当にしようか」
「はい……」
しばらく乗り物に乗れそうもないし、落ち着かせる意味でも、お昼御飯にしよう。
日だまりになっていて暖かいテーブル付きのベンチを見つけて、そこに並んで座った。同じように弁当を広げるカップルや家族連れが、そこここに見られる。
僕はバスケットからお弁当箱を出して、ランチョンマットを敷いた。
「わあ、すごい!」
弁当箱の蓋を開けると、半べそかいていた弩に笑顔が戻る。
「あっ、サンタさんですね、トナカイもいる」
僕が早起きして作った弁当を見て、弩が目を輝かせた。
よし、この流れは、計画通りだ。
頑張ってサンタのキャラ弁作った甲斐があった。
弁当からサンタクロースの話題が出たところで、本当のことを言ってしまおう。
実は、サンタクロースなんていないってことを、弩に告げよう。
「弩、あのな」
「なんですか?」
「あの、あのだな。サンタクロースのことなんだけど」
僕は注意深く切り出した。
「はい、サンタさんが、どうかしましたか?」
弩が、首を傾げる。
「うん、あのな。サンタクロースは……」
弩のつぶらな瞳が、僕を見ていた。
「えーと、その、サンタクロースは……」
「はい?」
「弩は、その、サンタさんにプレゼント、何をお願いするんだ?」
僕は、そんなこと訊いてしまった。
違う、そうじゃない。
そんなことを訊きたかったんじゃないのに!
「あの、私、今年はサンタさんにハンドクリームをお願いしようかなって、思ってます」
弩が言った。
「ハンドクリーム?」
「はい、シアバターが入った、手荒れを防いでくれるオーガニックのいいのがあるって、聞いたんです」
「なんでまた、そんなものを」
弩の手は綺麗で、手荒れとかとは無縁だ。
せっかくのクリスマスプレゼントだし、アクセサリーとか、洋服とか頼めばいいのに。新しいスマホとか、ゲーム機とか……
「主夫部の男子のみなさん、洗濯とか、炊事とか、掃除とか、水仕事が大変そうだし、みなさんの手が荒れたらいけないから……」
弩が言った。
「弩……」
なんてこと言うんだ。
「えっ、せ、先輩?」
僕の両手が、弩に伸びる。
隣に座っている弩が、ものすごく、愛おしかった。
僕は弩の背中に手をやって、引き寄せようとする。
手が、自分で意思をもったみたいに自然に動いた。
カランコロン、カランコロン、カランコロン
どこからか、コーヒーの空き缶が転がって来て、僕はその音で我に返る。
危なかった。
僕は、何をしようとしていたんだ。
危うく、人目もはばからずに弩を抱きしめそうになっていた(っていうか、周りはカップルばっかりだから、抱きしめるのに人目をはばかる必要はないんだろうけど)。
もう少しで、弩を胸に抱いてしまうところだった。
この空き缶に救われた形になる。
でも、コーヒーの空き缶なんてこっちに転がしたの、誰だ。
僕は周囲を見渡した。
それらしい人物は見当たらない。
さっきから、誰かに見られているような、怪しい視線は感じてるんだけど。
「先輩? どうしたんですか? 食べていいですか?」
弁当をお預けになっていた弩が訊いた。
「ああ、うん、いいよ。食べて食べて」
「はい、いただきまーす」
そう言って箸をとった弩。
箸を持ったものの、なにやら迷っている。
「どうしたの?」
「はい、先輩が作ってくれたサンタさん、可哀想で食べられないのです」
マジか……
もう、戦略的に可愛い子ぶってるのを、疑うレベル(弩だから、それはないけど)。こっちが萌え死ぬ。
駄目だ。
こんな弩に、サンタクロースがいないとか、絶対に言えない。
僕は、こんな少女の夢を、壊したらいけないんじゃないだろうか。
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