第152話 アイスブルー

 サンタクロースの服や帽子は、かにかまで作った。

 トナカイは稲荷寿司をベースに、角は、油で揚げたパスタで作る。

 ほうれん草を輪にして、クリスマスリースに仕上げた。

 真ん中に、チーズをくり抜いて作ったベルを付ける。

 車輪の形をしたショートパスタや、レンコンを雪の結晶に見立てて、弁当箱の中に散らした。


 ちなみに、サンタが背負った巾着の中には、プレゼントじゃなくて、鶏ひき肉とウズラの卵が入っている。



「すごく、気合いが入ったお弁当なんですけど」

 僕が弁当を作る隣で、ホットミルクを飲んでいる花園が言った。

「お兄ちゃんがキャラ弁とか作ってるの見るの、花園が小学生のとき以来だよ」

 パジャマの上にカーディガンを羽織って、袖に仕舞った両手でマグカップを持つ花園。

 確かに僕は、まだ花園が小さい頃、中々お弁当を全部食べない花園に手を焼いて、ポ○モンのキャラ弁を作って、持たせていたことがあった。


「愛情、籠もりまくりだよ」

 まだ眠い目で、花園が言う。



 普段なら弁当作りから解放される土曜日に、僕は、早起きして弁当を作っていた。

 これはもちろん、お昼に弩と遊園地で食べる弁当だ。


「花園と枝折の分も作ってあるんだから、いいだろ」

 今日、僕は出かけて昼食を作れないから、妹二人の分の弁当も作ってある(二人用の弁当には、サンタもトナカイもいないけど)。


「なるほど、私達は、ゆみゆみのおこぼれにあずかるわけだ」

 花園が皮肉たっぷりに言った。


「妹二人を家に置いて、クリスマスムード一色の街をデートする気分はどうなのさ、お兄ちゃん」

 花園がそんなふうに言って、ミルクを一口、含む。


「だから、デートじゃないって」

 昨日から僕は、口が酸っぱくなるほど否定していた。


「はいはい、ゆみゆみに、サンタがいないことを説明しに行くんだよね」

 花園が言って、舌を出す。

「解ってるじゃないか」


「まったく、お兄ちゃんは言い訳が下手なんだから。今時、サンタクロースを信じてるとか、そんなピュアな女子高生がいるわけないじゃん」

 花園が言った。


 それがいるから、こんなことになってるんだが……


「堂々と、デート行きますって言えばいいのに」

 花園がうるさいから、その口に里芋の煮っころがしを、菜箸であーんして黙らせる。


「うん、おいしいけど」

 里芋の煮っころがし大好きな花園が、顔をほころばせた。

 きびだんごをもらう例の動物たち並みに、単純なやつだ。


「まあ、デートにこんな美味しいお弁当作ってきてくれたら、女子はきゅんきゅんしちゃうよね。相手はもう、お兄ちゃんの言いなりだよ」

 うるさい花園の口にはもう一つ、里芋を放り込み、僕は弁当を包んで、台所を片付ける。

 顔を洗って、急いで着替えた。

 Pコートにタートルネックのニット、下はカーゴパンツを穿く。


「75点!」

 花園が、上から目線で僕の服装の採点した。

 曰く、普通すぎて特徴がないのだそうだ。

 まあ、50点を超えたからいいか。



 玄関を出ようとしたら、枝折が二階から下りてきた。

 頭がボサボサだし、スエットだし、今起きたらしい。

 枝折は昨日も深夜まで受験勉強をしてたみたいだ(枝折の学力なら、もう、余裕で合格だと思うんだけど)。


「お兄ちゃん、楽しんできて」

 枝折がそんな殊勝なことを言った。

 どこかの妹とは、大違いだ。


「うん、行ってきます。花園、枝折ちゃんの勉強の邪魔するなよ」

「むー」

 花園が変顔で、わけの分からない返事をする。


 楽しんできてと枝折は言うけれど、僕は、弩にどうやって本当のことを告げようかと、そればかり考えていて、楽しむどころではない。


 とにかく、弁当を入れたバスケットを持って、僕は待ち合わせの駅に急いだ。

 幸か不幸か、空は快晴で雲一つなく、絶好の遊園地日和だ。



                ◇



 待ち合わせの九時、二十分前に、駅に着いた。

 弩は、まだ来てないみたいだ。

 電車に乗るのに慣れていない弩が迷うといけないと思って、早めに来たけど、早すぎたかもしれない。



 弩を待って、フリーペーパーの棚の隣でスマートフォンを確認していたら、券売機の横にいた女性が、僕をチラチラ見ているのが目の隅に入った。


 アイスブルーのコートの、髪の長い女性だ。


 お弁当のバスケットを持った僕を面白がって見てるのかな、とか思っていたら、その女性が、こっちに向かって歩いてくる。


「先輩、おはようございます」

 彼女が言った。


「弩?」

 僕は、握っていたスマートフォンを落としそうになる。

 それは、紛れもなく弩だった。


 白いワンピースに、アイスブルーのコートの弩。

 下は、黒いタイツに、ヒールが高い黒のパンプスを履いている。


「先に来て待ってたの?」

 僕が二十分前に来たのに、弩はそれより前に来ていたってことか。

「はい、先輩が来たの分かったんですけど、こっちに来ないでずっとここにいるから、どうしたのかなと思って」


 気付かなかった。


 駅に着いたとき、周りを見渡して、このアイスブルーのコートの女性がいるのは視界に入ってたんだろうけど、それを僕の脳が弩と認識しなかったのだ。


 弩はヒールが高い靴を履いているからか、いつもよりすらっと背が高かった。

 マスカラをつけて、アイラインを引いてるみたいで、目もぱっちりしてるし、唇も、グロスで艶々だ。

 コートもワンピースも、いつものカワイイ系のデザインじゃなくて、大人っぽい。


 そして、弩からは、いつもの柔軟剤の香りがしなかった。


 僕が弩のために使っている柔軟剤の香りじゃない、フルーティーな、フローラルの香りがする。

 僕はこの香りを知らないから、多分、弩は香水をつけていると思われた。


「先輩、どうしましたか?」

 弩が、小首を傾げる。

 そんな弩の仕草に、ドキッとしてしまった。


 なんか今日の弩は、可愛いのに、うかつになでなで出来ないような雰囲気を纏っている。

 スカートをめくって、毛糸のパンツとか見たらいけないような雰囲気だ(元の弩でも、スカートをめくって毛糸のパンツ見たらいけないんだろうけど)。


 僕はカーゴパンツで来たけど、今日の弩の服装からしたらカジュアル過ぎて、せめてチノパンのほうにしておけば良かったと後悔する。


「んっ、先輩?」

「いや、なんでもない。行こうか」

 五秒くらい見とれていて、僕は我に返った。


 遊園地の最寄り駅までの切符を買おうとしたら、券売機の前で、弩があわあわしている。


 良かった、この人は、確かに弩だ。


 弩に買い方を教えながら、二人で切符を買った。




 電車は座席が埋まっていて、座れなかった。

 行楽の家族連れに交じって、カップルの姿が目立つ。

 天気も良いし、クリスマス前の休日だから、みんな、どこかに出かけるんだろう。


 本当に、リア充は原子のレベルになるまで爆発してほしい。


 遊園地に近づく度に、カップルが乗ってきて、車両の中は混雑した。

 弩が潰されないよう、ドアの脇に立たせて、僕が手でつっかえ棒をしてスペースを作る。


「あの遊園地、クリスマスまで、カップルで行くと特典があるみたいです」

 弩が言った。

 僕達は古品さんからフリーパスをもらったから気にしなかったけど、カップルで行くと入場料が割引になるらしいし、プレゼントがもらえたりもするらしい。

 それで、カップルが多いのか。


 高校生のカップル、大学生らしいカップル。

 わけありげな、大人のカップル。

 車内には色々いる。


 まあ、僕達はカップルじゃないんだから、関係ないんだけど。



 周囲のラブラブな雰囲気に圧倒されていたら、突然、ガタンと電車が揺れた。

 混雑した車両の中で、僕は背中を押されて、弩のほうに倒れそうになった。

 慌てて弩の後ろの壁に手を突く。

 弩の顔と僕の顔が近づいた。

 ヒールが高い靴を履いているからか、いつもより、弩の目と僕の目が近い。


 唇も、近い。


「ごめん」

 僕はドアに手を突っ張って、弩から離れた。

「いえ、大丈夫です」

 ただでさえピンク色の弩のほっぺが、全体、ピンク色に染まっている。

「守っていただいて、ありがとうございます」

 弩が言った。

 いつもなら、こんなとき「ふええ」とか言って、もじもじしてるのに、今は、態度まで大人っぽい。


 電車は次の駅に停まって、さらにたくさんのカップルが乗り込んできた。

 もしかしたら、僕達はカップル専用車両に乗ってしまったのかという、多さだ。


 隣のカップルの男性が、向き合っている女性の腰に手をやった。

 両手で彼女の腰を持ってがっちりとホールドする。

 彼女が、「もう」と甘い声を出した。

 弩が、その様子を横目で見ている。

 そして、僕を見た。


 あれ、これって、あれかな、あれかもしれない。

 あれだろうという気がしないでもない。

 あれっていう可能性も否定できない。


 僕も、同じことをしていいっていう、そういうことかな。


 僕は、自分の手を弩の腰に伸ばす。

 アイスブルーのコートの腰に、手をやろうとした。


 そのときだ。


 僕は後ろから刺すような視線を感じて、振り向いた。

 僕の背後にはたくさんのカップルがいて、お互い、楽しそうに話をしている。

 みんな相手に夢中で、僕に視線を送っているような、怪しい人物はいない。


 気のせいだったんだろうか。


 後頭部にレーザーのように刺さって、脳をえぐってくるみたいな、強い視線を感じたんだけど。


「先輩、どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」

 危ない、危ない。

 僕は、この車両の雰囲気に流されそうになっていた。


 目的を忘れるところだった。

 目的を忘れて、弩の腰とか、抱いちゃうところだった。

 危ない、危ない。


 僕は弩に本当のことを告げる、大切な役割を負っているのだ。

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