第133話 お土産

「おかえりなさい!」

 僕と錦織、ヨハンナ先生の帰還を、寄宿生と、妹の花園、枝折が寄宿舎の玄関で迎えてくれた。

「おう、おかえり」

 バスで学校に到着したのは午後九時を回っていたのに、母木先輩と御厨の二人も、寄宿舎に残っている。


「ただいま」

 僕達三人が、みんなに応えた。


 ランプの温かい灯りに、よく磨かれた床板、風合いがある漆喰の壁、階段の手すりの歴史を感じる飾り彫刻。

 自分の家より、ここに帰ってきたことが、旅から「帰ってきた」って気がする。

 寄宿生や、主夫部部員の笑顔があるし、落ち着く場所だ。


「花園、枝折、お兄ちゃんがいなくて、寂しかっただろう」

 僕が言うと、

「はっ?」

 枝折が眉間に皺を寄せた。


「ここにいるの、すっごく楽しかったよ。花園と、枝折ちゃんとゆみゆみで、『Party Make』のカバーユニット組んで、踊ってみた動画とか撮ったの。ダンス、すごく上手く踊れた。だって、本物の『Party Make』が、目の前で踊って指導してくれたからね」

 花園が言う。

 なんて贅沢な「踊ってみた動画」なんだ。

 二人とも、めちゃくちゃ、楽しんでる。


「ずっとここに住んでたいな。ここの子になりたい」

 花園が言う。

 少しくらい、僕と離れたことを寂しがってもいいじゃないか。


「嘘、嘘。お兄ちゃんがいなくて寂しかったよ。ホント、花園は毎日泣き暮らしていたよ」

 花園が、オマケみたいに言う。



「とりあえず、座らせて。先生、もう、くたくた」

 ヨハンナ先生が玄関にへたり込んだ。

 家である寄宿舎に帰ってきて、緊張の糸がぷつんと切れたみたいだ。

 先生は僕達の引率に、長時間の車の運転で、疲れ果てている。


「食堂に行きましょう。夜食に軽く食べられるように、サンドイッチ作っておきました」

 御厨が言う。

 御厨の気遣いも健在だ。


 古品さんと萌花ちゃんが、先生に肩を貸して食堂に運んだ。


「荷物は私が持とう」

 縦走先輩が、僕達のスーツケースや荷物を、軽々と運んでくれる。




 食堂には、サンドイッチに加えて、ヨハンナ先生用の膳が用意してあった。


「先生、冷えたビールに、おつまみもあります。お疲れ様でした」

 母木先輩が瓶ビールの蓋を開けて、グラスに注いだ。

 つまみは、甘辛のとり皮揚げと、枝豆に、もずく酢。

 どれも、先生の大好物だ。


「ううう、本当に、あなた達は……」

 先生が、青い瞳をうるうるさせている。

「教え子達から、注がれるビールなんて、最高だよ」

 ヨハンナ先生はそう言って、グラスを一息で空けた。


「やっぱ、この一杯のために生きてるよね」


 いつものおじさん臭い台詞だけど、今日は許そう。



「これ、みんなにお土産です」

 錦織が、荷物から箱を出した。

 じゃがポックルと、白い恋人、六花亭のバターサンドだ。

 錦織は、土産を北海道の定番で固めたらしい。


「僕のお土産は、明日、届きますから、楽しみにしててください」

 僕は言った。

 ジャガイモとか、タマネギとか、僕が農業体験で収穫した野菜を、宅配便で送ってもらってある。三鹿さんが獲った鹿肉も、冷凍で届く。

 きっと、御厨が最高の料理に仕立ててくれるだろう。


「それと、枝折にはこれ」

 僕は、森園リゥイチロウのサインが入った「兎鍋」シリーズの新刊を枝折に渡した。

 本には、新巻さんに「枝折ちゃんへ」と入れてもらってある。


「これ、どうしたの?」

 ファンである枝折は、一目で、サインが本物であると見抜いたらしい。


「旅先で偶然、作者の『森園リゥイチロウ』に会ったんだ。それで、妹が大ファンですって言って、サインしてもらった」


「嘘、ホントに? 森園先生ってどんな人だった」

 枝折の食い付きが凄い。


「うん、素敵な人だったよ」

 正体をバラさない約束があるから、森園リゥイチロウが、クラスメートの新巻さんであることは、黙っておいた。


「お兄ちゃん、ありがとう! 大好き!」

 枝折が僕に抱きついてきた。

 普段、感情を表に出さない枝折に、こんな風に大好きって抱きつかれるの、何年ぶりだろう。

「枝折ちゃんばっか、ずるい」

 花園も僕に飛びついて来た。



「もう遅くなっちゃったから、枝折ちゃんも花園ちゃんも、帰るのは明日にしたほうがいいね。先生も、お酒飲んじゃったし、送って行けないよ」

 二本目のビールを空けて、焼酎に切り替えたヨハンナ先生が言う。


「主夫部の男子も泊まっていきなさい。明日休みだし、前みたいに、ここに布団を敷いて寝ればいいよね」


「そう言ってもらえると思って、布団、干しておきました」

 母木先輩が言った。

 さすが、母木先輩だ。


「ただし、母木君も他の男子部員と一緒に、ここで寝ること。鬼胡桃さんの部屋で、二人で一緒に寝ようなんて、考えないように」

 ヨハンナ先生が釘を刺す。


「その辺は、私も心得ています」

 鬼胡桃会長が言う。


 でも、説得力が全然ない。

 さっきから母木先輩と鬼胡桃会長は、ずっと手を繋いでるし。



「それじゃあ、テーブルを端に寄せますね」

 母木先輩が言った。

「私、お布団持ってきます」

 弩がそう言って、食堂を出て行く。


 僕はその弩を追いかけて、廊下で捕まえた。

 どうしても、お礼が言いたかったのだ。


「弩、ありがとう」

 僕は首に提げていた名刺のお守りを外す。

「このお守りに助けてもらった。飛行機に乗り遅れそうになるのを、助けられた」


「そうですか、先輩のお役に立てて、嬉しいです」

 弩が、満面の笑顔で言った。


「本当にありがとう。これ、返すよ」

 僕はお守りを弩に渡す。


「これは先輩が持っていてください。私は他のを持ってますから、大丈夫です」

 弩が僕の手にお守りを返した。

「いいのか?」

「はい、母から、私が大切だと思う特別な人には渡して構わないって、言われてますから」

 弩はそう言うと、逃げるように、廊下を走っていった。


 えっ?


 弩が大切だと思う、特別な人???




 結局、僕達は朝方まで食堂で語り明かした。

 修学旅行の土産話や、僕達がいない間に寄宿舎で起こった事件についての話で盛り上がる。

 寄宿生の女子達も食堂に残って、最後はみんなで雑魚寝のような状態になった。


 ヨハンナ先生がいつもより早く酔っぱらって、僕にしなだれかかったまま眠ってしまったから、僕はお姫様抱っこで持ち上げて、先生の部屋のベッドに寝かせておいた。


 年上の、それも担任の先生に対して失礼かもしれないけど、先生の寝顔は、可愛い。





 翌朝、僕は、御厨が台所で朝食を用意する包丁の音と、母木先輩の雑巾掛けの音で目覚めた。


「疲れているだろうから、篠岡と錦織は、今日は休んでていいぞ」

 母木先輩が言う。

 でも、旅行の間の洗濯物もあるし、洗濯の腕が鈍るといけない。

 天気が良くて、洗濯日和だし。


 さっそく洗濯を始めようとランドリールームに行こうとしたら、


「ごめんください」


 と、玄関のほうから、声が聞こえた。

 聞き覚えのある、女性の声だ。


「おはよう」

 僕が玄関に向かうと、そこに立っていたのは、新巻さんだった。

 新巻さんは、グレーの襟付きワンピースで、頭には臙脂のリボンを付けていた。


 何事かと、寄宿生や主夫部部員に、花園や枝折も、玄関に集まってくる。

 二日酔いで頭が重そうなヨハンナ先生も起きてきた。


「クラスメートの、新巻ないるさん」

 僕が彼女を紹介する。

「ふうん、この人がお兄ちゃんと同じ班だった人か」

 花園が、まじまじと新巻さんを見る。


 枝折は、大ファンの森園リゥイチロウが目の前にいるのを知らない。



「それで、新巻さん、どうしたの?」

 僕は訊いた。

 昨日は、帰りにごたごたしていて、新巻さんとはろくにさよならも言えないで、別れてしまった。

 同じ班で一緒に行動してくれてありがとう、とか、感謝の言葉をかけたかったのに。


「うん、あのね」

 新巻さんは、寄宿生と主夫部部員の顔を見回す。


「私、寄宿舎に入りたいと思って」

 新巻さんが言った。


「篠岡君の話を聞いたり、色々してもらってたら、ここで生活するのもいいかなって、思って」

 新巻さんが、はっきりと言う。


「大歓迎だよ」

 ヨハンナ先生がそう言って、新巻さんを抱きしめた。


「篠岡君、すごいお土産を持ってきてくれたわね」

 鬼胡桃会長が言う。


 いや、僕のお土産は、ジャガイモとか、タマネギのはずだったんだけど。

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