第120話 残された二人

「篠岡君、ゴメンね」

 長谷川さんが言った。

 長谷川さんはそう言って、僕に頭を下げた。


 長谷川さんに続いて、菊池さん、松井さん、蒲田さんが次々に「ゴメンね」と僕に頭を下げる。

 何事かと、教室に残ってる数人のクラスメートが、僕達のほうを見ていた。



 昼休みの教室で、僕は四人の女子に囲まれている。

 四人に机を囲まれて、弁当を食べた後の眠気も吹き飛んでしまった。

 朝から四人がちょっと困ったような顔で、僕と目を合わせないようにしていたから、なにかしらの予感はあったんだけど。



「修学旅行、一緒の班で行けなくなっちゃったの」

 長谷川さんが言った。


「えっ、どうして?」

 もう、すぐそこに迫った修学旅行では、四人の女子に囲まれて、ハーレム状態で、北海道に行けるはずだった。

 体育祭にアイディアを出した功績で、弩にも女子四人と行く許可をもらったのに(なぜ、それに弩の許可がいるのかは別として)。


「修学旅行の班が男子と一緒だって、蒲田さんが彼氏に言ったら、そんなのやめろって、言われちゃったんだって」

 長谷川さんが説明して、蒲田さんが頭を下げる。

 蒲田さん、彼氏いたのか。


「だから、女の子だけの班で行くしかなくなっちゃったの。一緒に行けないの」

 松井さんが続けた。


「そうか、分かった。でも、全然気にしないで。誘ってくれて、一緒に行こうって思ってくれただけでも、嬉しかったし」

 僕は余裕を見せて答える。

 内心は、呆然としてたけど。


「ありがとう、やっぱり、篠岡君は優しいね」

 菊池さんが言った。


「埋め合わせはするからね。お詫びに、四人で何でも言うことを聞くから、何かしてもらいたいことがあったら、言ってね」

 長谷川さんが言った。

「何でも?」

「うん、何でも」


 何でも、言うことを聞くだと………

 四人が何でもしてくれるだと………


 ごくり。


「篠岡君なら、何でもって言っても、変なお願いはしないって、信じてるし」

 僕の心を見透かしたように、長谷川さんが言う。

 僕の妄想まで見透かされてないことを祈る。


「そうだな、今度、お茶でもおごってよ。おいしいお店、教えて」

 僕は、いい人になって、そんなふうに答えてしまった。


 僕のバカバカ!


「本当に、ゴメンね」

 四人はそう言い残して、いつものように僕の机にお菓子を置いて去って行った。



 仕方がない。

 中学からのつれの猿渡の班に入るか。

 ハーレム修学旅行の夢は潰えたけど、気の置けない仲間と行くのもいい。

 男同士で馬鹿をやる修学旅行にしよう。



「はっ? 俺の班、もう規定の六人、揃っちゃったぞ」

 放課後、同じ班に入れてくれと頼みにいった僕に、猿渡が言った。


 修学旅行の班の最大人数は、六名だ。

 僕以外のメンバーでそれが揃ってしまったと。


「えっ、そんなぁ」

「お前が、女子と行くってことだったから、いいかと思って、集めたんだ」

 猿渡が言った。

 短い髪をツンツンに立てている猿渡。

 バレー部で、僕より10㎝くらい、背が高い。

 面倒見がよくて、中学校時代には同級生にも下級生にも慕われて、バレー部部長を務めていた。

 そんな面倒見がいい奴だから、高校でも、僕のつれでいてくれる。


「困ったな。今更、集めたメンバーに誰か抜けてくれって言うのもな……」

 猿渡が言った。

「いや、いいんだ。こっちがはっきりしなかったのが、悪いんだし」

 僕のせいでこんなことになったのに、猿渡に迷惑をかけるわけにはいかない。

 誰か抜けてくれって頼ませるなんて、猿渡にそんなことさせちゃだめだ。


「気にするな、どこかの班に入れてもらうよ」

 僕はそう言って、猿渡に笑顔を見せた。

 中学校からのつれの猿渡と別れたのは残念だけど、基本、このクラスにそりが合わない奴はいないし、どこかに入れてもらって、修学旅行を楽しもう。





「で、こうなったわけだ」

 ヨハンナ先生が言った。


「はい、どこの班も一杯で、入れてもらえませんでした」

 僕はヨハンナ先生に、正直にすべてを話す。


 ホームルームが終わって、みんなが帰った後で、僕はヨハンナ先生に呼び出された。

 放課後の教室に残っているのは、僕とヨハンナ先生だけだ。

 僕と先生は、机を間にして、向かい合って座っている。

 こんな光景、ずっと前にもあった。

 確か、僕が進路アンケートに「専業主夫」って書いて、問題になった時だ。


「だから、早めに班を決めて申請しなさいって、何度も言ったのに」

 ヨハンナ先生が言う。

「すみません」

「もう、しょうがない子ねぇ」

 寄宿舎では立場が逆転するけど、こうして教室にいる限り、僕とヨハンナ先生は、生徒と教師だ。

 僕は出来が悪い生徒で、ヨハンナ先生は頼もしい美人教師だ。



 僕達が話していると、ガラガラと音を立てて、教室の引き戸が開いた。

 一人の女子生徒が、教室に入ってくる。

 同じクラスの、新巻さんだ。


 「新巻あらまきないる」さんだ。


 彼女は胸くらいまである髪をハーフアップにして、後ろで紺色のリボンで止めている。

 赤ワインみたいな色の、細身のスクエアタイプの眼鏡をかけていて、その中に二重の大きな目が覗けた。

 色が白くて、手とか、血管が透けている。

 大人しくて目立たない女子で、彼女は一人でいることが多いと思う。


 もう、このクラスで半年くらい過ごしたけど、正直、新巻さんがどんなキャラなのか、分からない。



「なにか、ご用でしょうか?」

 新巻さんも、ヨハンナ先生に呼び出されたらしい。

 先生は新巻さんを僕の隣の席に座らせた。


「新巻さんも、修学旅行の班、まだ決まってないよね?」

 ヨハンナ先生が訊いた。

「はい、決まってません」

 新巻さんが答える。

「それなら、この塞君と組んであげて。あなた達二人で、班を組むの」

 ヨハンナ先生が言った。


「もう、うちのクラスで決まってないのは、この二人だけだから」

 先生はそう言って僕達に微笑んだ。


 この二人で、修学旅行に?

 どんなキャラかも分からない女子と一緒に?


「私は、別にいいですけど」

 新巻さんが言った。

 なんか、即決してくれて、僕は思わず、新巻さんの横顔を凝視してしまう。

 まつ毛が長くて、メガネのレンズに触りそうだった。

 白い肌の頬っぺただけに微かな血色があって、陶器の人形みたいに綺麗だ。


「それなら、塞君もいいよね。新巻さんは、眼鏡外すとすっごく可愛いんだよ。身体測定の個人情報をばらしちゃうと、スタイルめちゃくちゃいいし。こんな美少女と修学旅行行けて、塞君、幸せだよね」

 ヨハンナ先生が言った。


 先生はたぶん、この場を和ませるために、言ったんだと思う。

 でも、新巻さんは、クスリともしなかったし、怒ったり、嫌悪感を示したり、とにかく感情を表さずに完全にスルーした。


「僕も、異論はありません。お願いします」

 ヨハンナ先生を助ける意味で、僕はそう言った。


「そ、そう、じゃあ、決まりね」

 ヨハンは先生はそう言って、申請書に僕と新巻さんの名前を書き込む。

 新巻さんはそれを無表情で見ていた。


 新巻さんからは、微かに金木犀の香りがする。


「それで、コースなんだけどね、空いてる枠はもう一つしかないの。だから、あなた達に選択の余地はなくて、これに決まりなんだけど……」



 僕達の修学旅行の行き先は、北海道だ。


 三泊四日の行程のうち、一日目と四日目が学年全体の団体行動で、二日目と三日目が色々なコースに分かれての別行動になる。

 コースは、班ごとの選択式だ。


 どんなコースがあるかというと、たとえば、


 函館、幕末歴史探索コース

 ニセコ、ラフティングと温泉巡りコース

 十勝、農場体験、スイーツ工房、体験コース

 富良野、美瑛、絶景写真撮影コース

 知床、シーカヤック、アドベンチャーコース


 などがあって、各コース大体の人数が決まっているから、早く申請するほど、目当てのコースを選べるのだ。

 もちろん、班のメンバーさえ決まらずに先生に呼び出された僕と新巻さんには、選べるコースなんてなかった。


「空いてるコースって、なんですか?」

 僕は訊いた。


「里山の農家にホームステイして、農業と狩猟体験コースだね」

 ヨハンナ先生が言う。


 のんびりしていて良さそうだけど、なんか、思い描いていた修学旅行と、違う。

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