第103話 コアントロー
「ぱあてぃめいく」の定番曲、「エレクトロ・シティ」のイントロに乗って、三人がステージに飛び出してきた。
三人は、キャビンアテンダントの制服を模したスカイブルーの衣装を着ている。
首にスカーフを巻いて、頭にはギャリソンキャップを被っていた。
もちろんこれは、錦織の手による衣装だ。みんなを夏のバカンスに連れて行く、というのが、「ぱあてぃめいく」の、この夏のコンセプトらしい。
ステージ下手から、ほしみか、ふっきー、な~なの順番で並ぶ三人。
三人のダンスは、相変わらずキレキレだ。
ステージ上には三人しかいないのに、ダンスの迫力で、ステージが小さく見える。
ダンスがぴったりとシンクロしていて、目に気持ちいい。
三人を待ちわびていたファンも、一曲目から全力で手を上げて、大声援で迎える。
観客の男女比は七対三くらいで、男のほうが多かったけれど、男のファンを圧倒するくらいの、熱心な女子の声も多く聞こえた。
前に向けて押される圧力がすごいから、僕は弩が潰れないように、足を突っ張らなければならなかった。
「エレクトロ・シティ」に続いて、「Plastic Love」、「リキッドファンデーション」と三曲立て続けに歌って、MCに入る。
「みなさん! こんばんはー!」
三人が弾ける声で言った。
うおおおおっーと、会場中から声が響く。
「ほしみかです! ふっきーです! な~なです! 三人揃って、『ぱあてぃめいく』です!」
三人が顔の横で人差し指を立てた、お決まりのポーズをした。僕達の周囲の観客も同じポーズをする。このポーズが、観客の殆どに浸透しているから、正直、びっくりした。
「私達、この夏、たくさんのフェスに出させてもらいましたが、今日がこの夏、最後のフェスです!」
な~なが言って、観客が「うおおおー」と受ける。ステージから離れているここでも、な~なの大きな目には吸い込まれそうだ。
「先日の北海道のフェスのお客さんもすごかったけど、今日もたくさん、声出してくれますか?」
ほしみかが言った。
「うおおおー」
ほしみかの長いストレートの髪はつるつるで、照明を反射している。
「みなさん、踊ってくれますか? 飛び跳ねてくれますか?」
古品さん、いや、ふっきーが煽った。
「うおおおおー」
このやり取りは、ライブでは定番だけど、五千人も入る会場で聞くと、それだけで迫力がある。
「それでは次の曲、行きます! 『ぱあてぃめいく』で、カウンター・ディストラクション!」
曲が始まって、強烈な四つ打ちのキックに合わせて、みんなが飛び跳ねた。
一面、五千人の人の波が揺れる。
僕の周囲で飛び跳ねていないのは、河東先生くらいだ。先生は腕組みして、いわゆる、「地蔵」になっていた。
曲の途中で、ステージサイドまで歩いて来たふっきーが、僕達の方に向けて、ウインクをする。
そう、これはまちがいなく僕に向けてウインクした。
そうに違いない(誰もがそう思っている)。
それでハートを一気に持っていかれる。
誰もが、ふっきーの虜になった。
もう三曲終えたところで、二回目のMCに入る。
三人は汗だくで、MCをしながら、タオルで顔を拭いて、髪を直した。
「えーと、それではここで、重大発表があります!」
ふっきーが改まって言う。
おおおっ、と観客が三人に注目した。
「私達、『ぱあてぃめいく』は、メジャーデビューに合わせて、ユニット名を、平仮名の『ぱあてぃめいく』から英語表記の『Party Make』に変えることになりました!」
ふっきーが言って、観客から「おおおおー」と地鳴りのような声が沸き起こる。
「はっきり言って、私達三人は平仮名の『ぱあてぃめいく』の方がいいんですけどね」
ほしみかが言った。
「そうそう、事務所の偉い人とか、大人達の陰謀によって、英語表記になりました」
ふっきーが言う。
「今時、英語にしとけばカッコイイとか、短絡的だよね」
な~なが言って、観客から笑いが起きた。
三人は、前よりMCも上手くなっている。
この夏のライブや、フェス参加の経験が、三人に力を付けさせたんだろうか。
笑いを取ったり、客いじりをしたりして、MCの間にもどんどん観客を自分達に引き込んでいく。
「それでは、次が最後の曲です」
ふっきーが言った。
「ええー!」
と観客が不平を漏らす。「もっとやってー!」と声が飛ぶ。
三人はそれにウインクで答えて黙らせた。
「それでは『ぱあてぃめいく』で、ポリフォニック!」
曲が始まる。
観客の盛り上がりは最高潮だ。
横を見たら、河東先生も、曲に合わせて体を揺らしていた。
自然に体が動いたような感じだ。
あと一、二曲あったら、先生も僕達みたいに拳を突き上げていたかもしれない。
三人は最後まで笑顔を絶やさなかった。
疲れても、汗をかいても、一糸乱れず、最後まで踊りきる。歌いきる。
曲が終わって、照明が全て焚かれて、ステージが溢れる光で包まれた。
光の中に立っている三人はもう、神々しい程だ。
「それでは! 『ぱあてぃめいく』でした! ありがとー!」
三人はそう言って、手を振りながら、ステージ袖に消えた。
三人が消えても、しばらく、歓声や拍手が鳴りやまない。
次のライブのアナウンスが流れて、ステージ上にロックバンドの機材が運び込まれて来て、ようやく、歓声が止んだ。
「ぱあてぃめいく」のライブが終わって、僕たちは次のロックバンドのファンと、入れ替わる。
「『ぱあてぃめいく』すごかったな」
「はっきり言って、アイドルとか舐めてた」
「今度、ワンマンとからあったら、行きたいかも」
入れ替わりながら、そのロックバンドのファンと思われる観客から、そんな言葉が多く聞かれた。
初見のロックバンドのファンを振り向かせる三人のことが誇らしい。
なんか、自分のことのように嬉しかった。
「ぱあてぃめいく」改め、「Party Make」のライブの後で、僕達はみんなでフードエリアに移動して休む。
女子も男子も、みんな、汗だくだった。
ベンチに座って、冷たい飲み物で火照った体を冷やす。
時刻は午後七時を回って、日はすっかり落ちていた。
ライブを楽しむ人、フードエリアで食事を楽しむ人、会場は夜祭りのような雰囲気になってくる。
僕達がライブの感想を話しながらしばらく休んでいると、撮影を終えた萌花ちゃんが戻ってきた。
「撮影、どうだった?」
僕が訊く。
「はい、緊張しましたけど、最高に楽しかったです」
萌花ちゃんは、やりきったという、充実した表情で言った。
「後でLightroomで現像して仕上げますけど、すごく、良い写真が撮れました」
萌花ちゃんの写真は、後日、ファンクラブの会報や、ホームページに使われるらしい。
古品さんも、萌花ちゃんも、夢に向けて、着実に進んでいる。
萌花ちゃんと話していて、ふとヨハンナ先生を見ると、先生が、近くのベンチでビールを飲んでいる男性を凝視していた。
ヨハンナ先生は、河東先生と並んで僕達が昼間食べた「けずりいちご」を食べている。本当はビールを飲みたいのに、河東先生の手前、飲めずに我慢しているんだろう。
でも、先生がそんなふうに見詰めると、勘違いしちゃいますよ。
心配していたら案の定、その男性は髪型を気にしだした。
テーブルに頬杖をついて、ヨハンナ先生に対して、ポーズを決めたりする。
金色の髪の北欧美人が、自分のことを見詰めてきたら、誰だって勘違いするだろう。
でも、先生が見詰めているのは、男性じゃなくて、ビールだ。
「おい、篠岡!」
ヨハンナ先生の隣で「けずりいちご」を食べていた河東先生が、突然、すごい剣幕で僕を呼び捨てにした。
「まったく、主夫部なんて、変なこと考えて!」
河東先生はそう言って、僕に顔を近づけてくる。
あれ、河東先生の息が、なんか、お酒臭い。
いちごの香りに交じって、お酒の甘い香りがする。
「家に来て勝手に家事をしたり、うちのバレー部員に手を出したり!」
先生はそう言ったかと思ったら、いきなり、僕に抱きついてきた。
「本当に、小憎らしいことばっかりして!」
バレー部顧問である先生の、筋肉質な腕に抱きしめられて、痛い。
「先生、ちょっと」
ヨハンナ先生が河東先生を止めた。
「お母さん! どうしたの!」
萌花ちゃんも先生を僕から引き剥がそうとする。
先生の視線は、定まってなかった。
目が虚ろで、まるで酔っぱらってるみたいだ。
河東先生は抱きしめてきたときと同じで、突然僕から手を離した。
そして、テーブルに突っ伏してしまう。
すると先生は、そのまま寝息を立てて、眠り込んでしまった。
「お母さん、どうしたの? お母さん」
萌花ちゃんが先生の背中を揺すって、声をかける。
何が何だか、わけが分からない。
「これ、同じ『けずりいちご』でもコアントローが入ってるやつですよ」
河東先生が食べていたカップを見て、御厨が言った。
昼間、僕と弩が食べた同じ『けずりいちご』でも、コアントローというリキュールを入れて、大人向けにしたバージョンが売っている。
入っているカップの色が違って、区別がつくようには、なっているのだけれど、先生は、間違えて、こっちを食べたらしい。
「でも、デザートに入ってるリキュールくらいで、酔っぱらってしまうものなの?」
鬼胡桃会長が訊く。
すると、娘である萌花ちゃんが申し訳なさそうに言った。
「あの、実は、うちの母は、お酒、一滴も飲めないんです」
「ええっ!」
みんなが声を揃えた。
河東先生がお酒飲めない?
それは意外すぎた。なんか勝手に、河東先生は酒豪みたいなイメージで見ていた。
飲み会で、周囲に強引に飲ませたり、テキーラみないな強い酒を飲んで、酒量を競い合うイメージだ。
「本当にすみません」
萌花ちゃんが河東先生の代わりに僕に謝る。
「お母さん、大丈夫? お母さん!」
萌花ちゃんが介抱するも、当の先生は、テーブルに突っ伏して熟睡していた。
朝早くから僕達を連れて長時間運転した疲労や、一日歩き回った疲労、そして「Party Make」の激しいライブの疲労も、酔いに追い打ちをかけたんだろう。
「ほら、お母さん起きて」
萌花ちゃんが言うのを、
「寝かせといてあげよう」
弩が言って止めた。
強面の河東先生の別の一面を見た気がする。
学年主任で、職員室のボス。バレー部顧問の先生だって、当然だけど、普通の人間なのだ。
絶対に口には出来ないけど、河東先生の寝顔が可愛いとか、思ってしまった。
「そうだ、河東先生が酔っぱらっちゃったってことは、誰が車を運転するんですか?」
御厨が訊いた。
そこにいた全員が、ハッと気付く。
そうか、それが大問題だ。
十五人乗りのハイエースは、普通免許では運転できない。
ヨハンナ先生は運転を代われない。
このままでは、僕達はここから、帰れないのだ。
「車を置いて、電車で帰るのは無理ですか?」
弩が訊く。
時刻は午後八時になろうとしていた。
今からシャトルバスで最寄り駅まで行って、そこから電車を乗り継いでも、途中の駅で電車がなくなって、立ち往生するだろう。
酔っぱらった河東先生を連れているし、電車で帰れたとして、明日また、長時間かけて車を取りに来ないといけないし。
「近くに泊まれるところがあれば、そこに泊まってもいいんだけど」
ヨハンナ先生が言った。
「そうですね。探してみましょう」
母木先輩が言って、僕達はスマートフォンで周囲の宿泊施設を検索する。
でも、今日はフェスの一日目で、明日、二日目があるから、当然周辺の宿泊施設は満杯だった。
ホテルや旅館、民宿など、片っ端から電話してみても、全部満室と断られる。
空き部屋なんてありません、と、鼻で笑われてしまった。
「こうなったら朝まで、近くの砂浜かどこかで夜を明かすしかないな」
母木先輩が言った。
朝、河東先生の酔いが覚めるまで、僕達は野宿同然で過ごすしかないのか。
「いやよ、そんなの。汗流したいし」
鬼胡桃会長が言う。
それでも、どこかないかと、粘って探していると、
「古いバンガローが一棟空いてました!」
御厨が言った。
「お風呂はないし、食事の用意もないということですけど、雑魚寝でよければ、二十人は泊まれる広さがあるそうです」
やっと一件見付けた御厨が、興奮して言う。
そこは、ここから2㎞くらい離れたキャンプ場だった。
歩けば三十分くらいの距離だ。
「風呂は近くにスーパー銭湯があるから、それで済ませばいいし、食料はコンビニかスーパーで調達すればなんとかなるな。先生、それでどうでしょう?」
母木先輩がヨハンナ先生に訊く。
「そうだね。それが最善の方法だね」
ヨハンナ先生も頷いた。
「2㎞も歩くの?」
鬼胡桃会長が、眉間に皺を作って言う。
「統子、なんだったら、僕がおんぶしてやろうか?」
母木先輩が訊いた。
「い、いいわよ! 自分で歩くから」
鬼胡桃会長はそう言って立ち上がる。
さすがは母木先輩。
鬼胡桃会長の取り扱いが、手慣れている。
まだライブが続く会場を出て、僕達は歩き出した。
眠っている河東先生は、縦走先輩がおんぶする。
萌花ちゃんが先輩に、すみませんと、何度も頭を下げた。
「気にするな、今日はまだ力が有り余っている。トレーニングにちょうどいい」
先生をおぶったまま、縦走先輩は笑顔で言った。
メタルバンドのステージに乱入したからか、先輩のTシャツは首周りが少し伸びている。
思い掛けず、みんなで泊まることになったけど、僕は内心、これはこれでいいかもしれない、などと考えていた。
みんなで盛り上がって、このまま帰るのは少し寂しいと思っていたところだ。
ご飯食べて、汗を流して、時間があったら、コンビニで花火でも買ってきて、みんなでやったっていいし。
みんなで、想い出をもう一つ、作れる。
ところが。
2㎞の距離を歩いてキャンプ場に着いた僕達は、
誰も借りなかったバンガローだから、当然、覚悟はしていた。
豪華な設備や、ホテルのような接客を期待していたわけではない。
だけど……
「ここに泊まるの?」
鬼胡桃会長が怒りを通り越して、放心したように訊く。
それは、僕達の想像を遥かに超えた、ボロ小屋だった。
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