第5話 生徒会
生徒会室はその権威を体現するかのように、校舎の最上階にあって、校内の全生徒をその足下に置いている。
別に生徒会から弾圧を受けたとか、高圧的態度を取られたわけでもないのに、職員室に次いで入るのに勇気のいる場所だ。
放課後、三人の部員候補と共に生徒会室に向かう。
一年生の御厨は緊張しているし、母木先輩は無口だし、
「生徒会って可愛い子多いよね」
などと軽口を叩く錦織が愛おしく思えた。
僕だって、ものすごく緊張しているのだ。
僕の手には、新しい部活の申請書が大切に握られていた。
何度も何度も見返して、記入漏れはないかチェックしてある。
昨晩、枝折のダブルチェックにも合格していた。
メンバーの四人の署名も入っている。
準備に漏れはない、と、思う。
生徒会室のドアをノックした。
対応してくれた生徒会の女子生徒に、部活の設立に関する書類を提出に来たと告げる。
「どうぞ、こちらへ」
僕達は笑顔で迎えられた。
主夫部と聞いて一笑に付されるか、門前払いされるかと気を揉んでいたけど、
通された奥の部屋には、生徒会長と副会長、そして書記の三人がいた。
その生徒会長こそ、この生徒会を
鬼胡桃会長はウォールナットの重々しい両袖机についていて、その後ろに副会長と書記の一人が控えている。
全校集会などで見るあの迫力は間近に見ても本物だった。椅子に座っているのに、上から見下ろされているような錯覚に陥る。湧き出すオーラが会長の体を二倍にも三倍にも大きく見せていた。
毛先にパーマを掛けた栗色の髪はどう考えても校則違反なのだけれど、教師も含めて校内の誰もがそれを問題視しなかった。
紺のセーラー服という我が校の女子の制服を着ずに、ボルドーのワンピースを制服とするのを許されている。気合いの入ったアイメイクも、唇のグロスも当然、許されていた。
僕達四人は、会長の机の前に並んで立つ。
会長の後ろに控えていた同級生の書記に申請書類を渡すと、審査すると言って、書類と共に別室に下がっていった。
「母木君、ごきげんよう」
座ったまま、鬼胡桃会長が母木先輩に顔を向ける。
「あなたとまた、こんな形で会えるとは思わなかったわ」
机に両肘を突いて、組んだ手に顎を乗せる鬼胡桃会長。
生徒会長と母木先輩の間に何かあるのだろうか(校内の恋愛事情に疎い僕が知らなかっただけで、鬼胡桃会長が以前、母木先輩に告白して振られたというのは校内で広く知られた噂らしい。完璧な鬼胡桃会長の唯一の汚点と、けっこう騒がれたのだとか)。
「受験勉強に集中したいって言っていたあなたが、主夫部ってまた、随分と呑気なこと……」
鬼胡桃会長の口元には含み笑いがある。
母木先輩は会長の視線を正面から受け止めて、無言のまま。
事情を知っている錦織が、滝のように冷や汗をだらだらと流している。
それはそうだろう。
話からすると、受験勉強に専念したいといって、鬼胡桃会長を振った母木先輩が、その会長に主夫部設立の届けを出しに来たのだ。
ここは修羅場寸前の場所だった。
そんな事情を知らない僕は、幸せだと言えるかもしれない。
「ちょっといいですか?」
一触即発の雰囲気を破ったのは、別室で書類を精査していた、書記の女子生徒だった。
提出した書類に不備があるというのだが……
「この書類を見る限り、部員は四人ですね。最低構成人数に一人足りません。それから顧問の先生は誰が受け持つことになったのですか? その記載もありませんよ」
彼女はおかしなことを言う。
新設の部活動に必要な最低人数は三人のはずだ。
それは生徒会の規約の冊子で、確かに確認した。
それに、
「顧問の先生が必要なんて……」
知らなかった。
いや、規約にそんな条項はなかった。
見落としなどでは決してない。
僕だけならそれもあるけど、妹の枝折も確認しているのだ。
「新しい規約で、新規部活動設立時の条件が変わったの。新設の部活が認められる条件は、最低初期メンバーが五人。そして、部活を指導する顧問の先生一人を置くこと、ってね」
鬼胡桃会長がパチンと指を鳴らすと、書記の彼女が弾かれたように動いて、規約の条文を僕達に見せる。確かに会長の言うとおりに書いてあるけど、その文章を僕は読んだことがない。
それは断言できる。
「規約が変わったのはいつですか?」
僕が訊く。
「昨日よ」
鬼胡桃会長は素っ気なく言った。
「そんな!」
「規約が変わったことを知らされてないんだから、それは無効だ」
母木先輩が会長に食い下がった。
鬼胡桃会長の机に、バンと音を立てて両手を突く。
けれど、会長は瞬き一つしなかった。
「規約の変更はちゃんと掲示板に張り紙をして、告知してあったわよ。読まなかった? あなた達が主夫部部員募集の張り紙をした掲示板と同じ場所に、ちゃんと張ってあったのに。掲示を読まないのは私の責任じゃなくて、あなた達の落度でしょう?」
会長がこのようにはっきりと言うのだから、恐らく掲示板にはその告知が張ってあるのだろう。それが本当に昨日のうちに張ってあったのか、今この瞬間にひっそりと会長の手の者によって張られたのかは、確かめようがない。
だけど、確実に張ってある。
「そんな……」
御厨が小声で呟く。
「先生達からの指示ですか?」
僕は興奮して、後先考えず鬼胡桃会長に迫ってしまった。
将来就きたい職業というアンケートに主夫と書いたら答えを変えるよう、担任から指示された。主夫になりたいと書いた僕を教師達が不快に思っているなら、主夫部なんて
生徒会に働きかけて、潰そうという
「いいえ。これは生徒会の決定よ。先生方は関係ないわ。今回のあなた達の件とは関係なく、一般的に無意味な部活動が乱立したら大変だから、その対策として今回、規約を改正したの。偶然のタイミングよ」
言い訳のようにしか思えないことを、当然のように言ってボロを出さない鬼胡桃会長。流石は三年連続自分から生徒会長選挙に立候補して当選を勝ち取ってきた人物は違う、などと感心している場合ではない。
「僕に対する
母木先輩が鬼胡桃会長を睨み付けた。
「あら、私怨ってなあに? この私が、あなたなんかに詰まらない怨みを持って、こんなケチな真似をしたっていうの? この鬼胡桃統子が? この生徒会長たる鬼胡桃統子が? 私も随分と安く見られたものね」
母木先輩の凄みにたじろぐどころか、鬼胡桃会長の語気は強まった。
「私も残念に思っているわ。あなた達の面白そうな部活を許可できなくて。本当に残念。けれど、まだ時間があるのだから、部員と顧問を揃えてまた来ればいいじゃない。それが規定通り揃っていれば、私たちも文句なく認めるのだし。ねぇ」
会長が言うと、後ろに控えていた副会長と書記が大げさに頷く。
「絶対だぞ!」
机に手をついている母木先輩が、会長に顔を近づけて凄んだ。
顔と顔の距離は10センチない。
お互いの前髪は触れているかもしれない。
「ええ、もちろん」
会長は顔を背けようとしなかった。
それどころか、髪を掻き上げて先輩を挑発する。
掻き上げられた髪の先が、母木先輩の頬を叩いた。
「行こう、顧問になってくれる先生と、部員を探そう」
母木先輩が言って、つかつかと部屋を出て行く。
僕と錦織と御厨は、鬼胡桃会長に頭を下げて、母木先輩を追った。
「ごきげんよう」
僕達が部屋を出るのを、鬼胡桃会長が胸の前で優雅に手を振って見送る。
その仕草の優雅さを見て、顧問と部員を揃えるには相当苦労するだろうなと、僕は理解した。
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