第3話 部員募集中

 掲示板の張り紙は、早速注目を集めた。


 僕が学校の正面玄関、下駄箱脇の掲示板に掲示した張り紙の前に、人集ひとだかりができている。

 男子生徒、女子生徒、学年を問わず。登校してきた生徒が入れ替わりながら、張り紙の前で十人くらいの人集りを作っていった。

 他にめぼしい張り紙はないから、この人集りは僕の張り紙に対するもので間違いないだろう。


 少し離れた柱の陰から見ていると、その反応はおおむね良好だった。

 憂鬱な朝の時間に、少しばかりの変化と笑いを提供したという感じで、皆、張り紙を読んで頬を緩め、去っていく。スマホで写真を撮る生徒もいた。SNSなどに上げるネタにされるのだろうか。

 見る限り、今のところ張り紙を見て怒り出すような生徒はいなかった。

 冷やかしが大半かもしれないけど、数少ない同好の士に、僕の誠意が伝わってくれればと思う。


 張り紙の文面は以下の通りだ。


 主夫部、立ち上げメンバー大募集

 本気で主夫になりたい人

 共に主夫を目指そう!

 初心者歓迎、家事等経験不問

 アットホームな部活です


 入部希望者は放課後、

 2年C組教室内の篠岡塞しのおかとりでまで直接連絡下さい


 この文句の他に、張り紙作りを手伝ってくれたい妹の花園かえんのイラストが左隅に入っている。

 イラストはエプロンを付けた僕が、二匹の黒ウサギと手を繋いでいるもので、けっこう上手い(黒ウサギは花園が小さい頃からよく描いているモティーフで、それに特に意味はないと思われる)。


 しばらく眺めていると、人集りを認めた教師数人が、その中に割って入って、張り紙を見ていった。

 生徒と違って誰もが渋い顔をしている。

 ひそひそと、教師同士で話し合っていた。

 どう見ても好意的な雰囲気ではない。

 まもなく人集りは追い払われた。

 朝で忙しいこともあるし、生徒は特に抵抗もなく、そこから離れる。


 掲示板の前に生徒がいなくなると、教師達は勝手に張り紙を外して持ち去った。

 張り紙をぐしゃぐしゃに丸めて持ち去る。


 僕は教師が去るのを待って、予備の一枚を掲示板に貼り付けた。

 撤去されるのを予想し、張り紙を複数枚用意しておくことを提案したのは枝折だ。

 枝折はいつも正しい。

 枝折の予想によると、これもはがされるだろうから、放課後まで何度か張り直しに来ることになるだろう。

 しつこいけれど、これも主夫部のためだ、仕方がない。


 僕が張り紙を直していると、後ろから背中の産毛が焼けるような熱い視線を感じて、振り返った。

 そこにはヨハンナ先生の顔があった。

 清々しい朝だというのに、先生は渋い顔をしている。

 メイクしたばかりの美人が、台無しである。


「おはようございます」

 僕は頭を下げる。

「うはよう」

 ヨハンナ先生は僕にちゃんとした『おはよう』を返してくれなかった。

 うはようって……

 先生の服装は昨日と同じ紺のパンツスーツだ。

 でもそれは先生が外泊をしたとか、恋人の家から直接学校に来たとかそういう話ではなく、ヨハンナ先生はまるで制服を着るみたいに、毎日このスーツを着ている。


「やってくれたねぇ」

 張り紙を見た先生が、がっくりと肩を落とすのが、パットの入ったスーツのシルエット越しでも見えた。

「なんか、すいません」

 とりあえず僕は謝る。

 何に対して謝るっているのか分からないけれど。


「これから面倒なことになるだろうけど、しょうがない。これも仕事だしね。自分で選んだ職業だしね」

 ヨハンナ先生は自嘲するように言って、職員室へ力なく歩いていく。


 その足取りは絞首台に向かう罪人のようだった。

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