星の精

 銃を手に廊下を進む。

 室内と違い、非常灯の薄明かりだけが辺りを照らす。地震でもあったのか、壁や床に亀裂や歪みがあるところや、天井のパネルが剥がれ落ちているのが目に付く。なにやら災害に見舞われた後らしいが、状況説明くらいはあっても良いんじゃないの?

 調整が済めば探索班に配属されるという話だったから、現状把握もテストの内って事なのか。


 目覚めた部屋にもこの廊下にも見覚えが無い。眠っている間に、調整を受けていた施設とは別の場所に運ばれていたらしい。完成すれば優秀な兵士にして兵器だが、一歩間違えば制御の利かない災厄を引き起こす。わたし達の様な存在にとってはよくある扱いだ。事が起これば施設ごと廃棄されるケースも珍しくはない。


 っていうか、これは既に廃棄されている状況だったりはしないだろうか? わずかな不安を抱きつつ一区画ほど進むと、赤いドアが目に付いた。


 わたしが目覚めた部屋と同じで、特殊なキーが必用なドア。おそらく、試験体が収容されているか、されていたはず。同じ状況に置かれているのなら、キーは解除されているはず。まだ室内にいるのか、それとも先に行ってしまったのか。閉じたままのドアを前に、室内に軽く意識を這わせてみる。


『あーちくしょう! 雑なミッション気楽に投げやがってあのアマぁ!』


『他にも験体がいると聞いた。合流できれば生存確率が6割程度にはなるはず……』


『退屈だなあ。ドアも開かないし。誰か来ないかなあ』


 3人分の、おそらく皆女性の意思。運の悪いことに、ドアを開けられないらしい。仲が悪いのか、相談して問題解決しようという流れにならない。他をあてにするでもなく、各々勝手に呟いてるイメージがする。


 んんん? トラブルの予感。だが、この先同行者が多いほうが心強い。どうしよう……声を掛けるべきか?


「すみませーん。鍵が掛かってるみたいです」


 軽いノックにのんびりした声が反応する。まるで緊迫感がない。同室に3人いるから、わたしほど危機感を抱いていないのか。


『職員じゃ無いのか。管理室に行けばキーがあるはずだが……』

 理知的な女性の意思が独り言のように漏れる。なぜか発声しない。


「分かった。まってて、鍵を探してくる」


 状況の把握すらままならないが、ミッションがこの施設からの脱出であるなら、生存者の保護は当然試みるべき事柄のはずだ。せめて見知った、今まで調整を受けていた施設であったなら、行動のプランも立てやすかったのに。愚痴っていても始まらない。管理室でマスターキーを回収するとともに、この施設の見取り図を探すとしよう。


 警戒しつつ進むわたしは、最初の十字路の前で足を止めた。何者かの気配がする。角から伺うと、廊下の先にうずくまる人影。大柄な男だろうか。非常灯の薄明かりだけでは確認しづらいが、どこかフォルムが歪だ。何かを貪り食っているらしく、微かなシズル音が響く。だめだ、嫌な予感しかしない。


 赤いアンプルを使いESPをブーストする。気付かれないよう軽く意識を這わせると、やはり食事中だったらしい。だが、満たされない飢餓感と、今口にしている物への不満が伝わる。本来彼が口にする物ではないようだが、食べている物と食べたい物まで認識できなかった。わたしの知らない単語だったし、何より知らない言語で思考している。思考パターンから人間でない事は確かだが、試験体か何かだろうか。


 彼――いや、あれを排除して進むべきか。弾数はわずか3発。アンプルを使った今なら精神攻撃を仕掛ける事も可能だろうが、こちらも回数は限られている。ましてや人間ではないものを、上手く昏倒させられるかどうか。

 目的は戦闘じゃあないし、装備を温存するに如くはない。食事に没頭する影をやり過ごし先を急いだ。



 管理室らしき部屋に辿り着く。室内の明かりは落ち、真っ暗なまま。半開きのドアから中を伺うと、警備服の男が倒れているのが見えた。

 確認するまでもなくすでに事切れている。何があったのか。全ての弾を撃ち尽くした銃を手にした男は、体液の全てを失い、ミイラのような姿を晒していた。

 明かりを点けぬまま室内に歩を進め、死体を確認する。制服に数箇所の鉤裂きと、右の首筋に傷跡。死体の周りに血の跡はない。


「吸い尽くされたって感じかな……」


 自分の分析ながらぞっとしない。この施設の支給品なのか、警備員の銃はわたしと同じ物だ。制服を探り予備の弾倉を失敬する。どのみち彼にはもう用のない品だ。そのままカードキーと携帯端末も手に入れる。フロアの見取り図を呼び出し現在位置を確認する。フロア自体はそう広くはない。出口を確認するため呼び出した施設全体図を目にし、うんざりする。

 地下4階。ただし、上階までは800mほど。何かあっても簡単に隔離できる造り。当然のように上階へのエレベーターは封鎖されている。


 まあいい、どこへ向かえばいいか分かっただけでも運が良いじゃないか。使えるものを探し、まだ生きているモニタに近付こうとしたとき、室内のどこかから微かな物音が聞こえた。


 笑い声……か?


 右手で銃を構えたまま後ずさりし、目を閉じたまま照明の操作パネルに手を伸ばす。

 点灯とともに、素早く室内に視線と銃口を走らせるが、怪しい影はない。


 どこだ? 微かなクスクス笑いが響く。気のせいじゃない。


 幸い赤いアンプルの効果はまだ残っている。右手の方向から迫る害意。


 意思から描き出した的に躊躇う事無く全弾を撃ち込むのと、何かが首筋をかすめるのは同時だった。


 手ごたえはあった。首筋に手をやると、微かに血が滲んでいた。

 意識を凝らすと、床でのたうつクラゲのようなものが、微かに認識できた。なにこれ気持ち悪い!


 不可視の生物は、わたしの方に鍵爪を持つ触腕を伸ばし痙攣させていたが、やがて動きを止めた。同時にアンプルの効果も切れたらしく、認識さえ出来なくなる。

 研究所で作りあげた存在なのか、どこかで捕えたものなのか。どちらにせよ、生物兵器としては厄介な相手だ。同じような試験体がまだ逃げ出しているのかもしれない……いや、逃げ出しているんだろう。


 弾を使いすぎただろうか。それに、銃声に引き寄せられる存在もいないとは限らない。端末を操作し赤いドアのロックを解除する。念のため、先ほどとルートを変え、まだ見ぬ生存者達の元へ急いだ。

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