ツァトゥグァの戦闘司祭 弐

 嘲笑うアラバードは法衣を脱ぎ捨てた。

 骨を組み上げた白い鎧に、骨から削り出した骨剣。どちらも神気を帯びている。


「雛神は脆過ぎて骨も残らぬが、お前の物は使えそうだな」


 形を変えながら飛び掛かる、無形の落とし仔を斬り捨てては、アラバードに迫る。数合斬り結んでも、すぐに横合いから邪魔が入る。


「お前も雛神を抉り出すなら、吾が主に捧げるのは後回しにしてやるぞ?」


 嘲るアラバードに気を取られた隙に、落とし仔の一匹が足に取り付いた。肉を溶かされる痛みと共に、動きを封じられる。


「吾が主ツァトゥグァよ! 供物を捧げます!」


 司祭の声にツァトゥグァが身じろぎした。骨が入っていないかのような異常な動きで、無造作に俺に手を伸ばしてくる。母神様に謁見した際にも勝る神威に圧倒され、身体の自由が利かない。


『惚けてんじゃないわよ!!!』


 ピクリと動いた右腕で剣を振るい、辛うじて巨腕を受け止める。さほど力が入っているようにも見えないのに、打ち倒され身体が壊れるほどの衝撃を受けた。ツァトゥグァに握られた剣は、ぶすぶすと白煙を上げている。酸か!?

 返す刀はツァトゥグァの毛の一本も損ねることなく、根元から圧し折れた。


「さあ、これで終わりだ」


 下卑た笑みを浮かべ俺を見下ろすアラバード。油断し切ったその顔に、俺は手元に残った柄を投げ付けた。

 かわし損ねたアラバードの鼻は折れ曲がり、一筋の血が流れ落ちた。


『少しは見れる顔になったじゃない!』

「この……地蟲がッ! 地蟲風情がッ!!」


 激昂したアラバードは俺の頭を蹴り上げ踏みつける。

 だが、目を見開いた俺の視線の先にある物に気付き、表情を凍らせて振り向いた。

 ゆっくりと伸ばされていたツァトゥグァの腕は、驚愕の表情を浮かべる、自らの司祭を捕まえ引き寄せた。


「な、何故です!?」

『あんたの方が手近にいたからでしょ? 仕えるものの気性ぐらい、弁えておきなさいよ』

「違います吾が主!! 捧げものは私ではありません!! あッ、あーッッ?!」


 もがくアラバードが取り落とした骨剣が手元に転がる。


『偶然じゃないわ。気まぐれな神の賜りもの。失くした剣の代わりに貰っておきなさい』


 誤解を解こうと命乞いを続けるアラバードが貪り食われるまで、そう時間は掛からなかった。手にした骨剣は神気を帯びている。これなら奴相手でも通るかも――


 俺の意思を読んだのか。腹を満たし、満足したツァトゥグァは刹那俺に視線を落としたが、すぐに興味を失い玉座に身を沈めた。その重たげな瞼が閉ざされた瞬間、俺は元の洞窟に戻されていた。



 痛む身体で洞窟を出ると、主の最期を悟ったのかすでに従者の姿はなく、代わりにローブをまとう老人が立っていた。


「役に立ったか、あの護符は」


 この男から受け取った、黒い石のことだと思い当たる。


『恩着せがましいわね。たいした力は感じなかったけど?』

「司祭様も持っておったが、しおり程度のものじゃ。本をどこから読むかは、読み手である神が気まぐれで決めること」


 アラバードの護符と打ち消し合い、まどろむ怠惰なるものにとっては、眼前に並ぶ俺と奴とが同程度の価値になったということらしい。


 ウヴァルは俺の傍らをすり抜け、洞窟へと足を踏み入れる。

 いまさら何の用だ?

 すれ違いざま、骨細工師は疑問を浮かべる俺に、薄笑いで答えた。


「言ったろう。儂は骨細工師じゃと。吾が主からは神気に満ちた良い素材が賜れる」

『食べ残しに宿る神気? 浅ましい。ずいぶん無防備に見えるけど、あいつにとってはあんたも例外じゃないんでしょ?』


 骨細工師は枯葉を擦るような笑いを漏らしながら、ローブの袷を開いて見せた。


「いや。儂はとうの昔に全てを捧げたからな」


 ローブの奥に見えるのは、肉も内臓もない骨ばかり。

 いかな貪欲な神でも、気まぐれにでも喰らう気も起きないということか。

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