十三番金庫
ツァトゥグァの神殿からの報酬はかなりの額になった。その中にはクラムの見舞金も含まれている。お互い遺恨が残らぬようにという、新しい司祭の配慮らしい。向こうも戦闘司祭を失ったとはいえ、明確に鋼殻の騎士を狙った所業だ。報復を恐れアラバード個人に罪過を押し付ける形だが、こちらとしても、街一つを支配するツァトゥグァ神殿を相手にするのは、少しばかり荷が勝っている。互いの面子を掛けた組織同士の泥沼の抗争に持ち込むより、ここは貸しを作る形で収めておくのが無難だろう。
慣れない大金を持ち歩くのは、いらぬ厄介を招くものだ。新しい司祭に紹介された、金融ギルドを利用することにする。手数料は必要だが、この街で同朋が引き出せる形で預けることも、迷宮まで届けさせることも可能だ。
「鋼殻騎士団の方ですね。担当させていただくメルフィナと申します。今回はお預け入れでしょうか、それともご送金でしょうか?」
水晶の片眼鏡を掛けた若い女の職員は、笑顔で問い掛ける。一割だけを預け、残りを送金することにした。
『他人の金を右から左に流すだけで儲かるなんて、楽な商売よね』
「そんなことはありませんよ。人様の大切な財産を預けて頂ける信用を得るまで、我々がどれほどの時間と労力を費やしたことか」
金が集まる所にはそれだけ危険も引き寄せられる。笑顔のままそう告げる彼女の視線の先には、ツァトゥグァの神官戦士達が屯していた。顧客としてと同時に、警備でも世話になっているということだろう。確かにこの街で神殿の金に手を出そうという愚者は珍しいだろう。
「もちろん、各地に支店を出している以上、特定のお客様とだけ懇意にしている訳ではありませんが」
『当り前よ。神殿からの詫び金を神殿の手先に預けるんじゃあ、お返ししますって言ってるようなものじゃない』
雛神様のあけすけな物言いに、メルフィナは苦笑を浮かべた。
「我々も信用がなければ仕事が成り立ちません。送金の護衛などは、身元の確かな者を集めるのに、毎回苦労させられるものです。ところで――」
声を潜め、俺に耳打ちするように小声で話す。
「一つお願いしたい仕事があるのですが」
日が落ち酒場が賑わう頃、俺は再び金融ギルドを訪ねた。今回は正面ではなく人気のない裏口からだ。俺を迎え入れたメルフィナが、鍵束の鍵を使うこと四度。地下への階段を下りる。
「ここには二十の金庫室が設けられています。そのうちの一つ、十三番金庫の中にいる魔物を排除して頂きたいのです」
『呆れた。あんたの所は魔物まで預かるの?』
「まさか」
『それじゃあ入り込まれたってわけ?』
「それもまさかです。たった今見て頂いたように、警備は厳重です。高位の魔術師による護りまで掛けられた場所です」
ですが、と眉を顰めるメルフィナ。
「お金だけではなく、その魔術に関わる貴重な品を預かることもあります。危険な品はお断りしておりますが、預け人様にだます意図はなくとも、知らず我々が持て余すような品が紛れ込むこともあるかと」
ランタンで照らされた十三番目の扉。鉄製のそれにも厳重に鍵が掛けられている。
「神殿からの預かり物も納められています。信用に関わりますので、できれば内密にことを処理したいのです」
なるほど。俺の口からは教団に漏れるはずはない。ギルドにとっては打って付けの人選という訳だ。
メルフィナからランタンを受け取り中を照らす。思ったより広い。木製の棚が何列か並んでいる。床に金貨がばら撒かれているが、明かりの届く範囲には、魔物らしきものの姿は見当たらない。
「大変不躾ではありますがアイン様。中の物は全て預かり物ですので、可能な限り配慮頂ければ幸いです」
思わず苦笑が漏れる。剣しか扱えない傭兵相手には無理な相談だ。
魔物の手によるものか、棚は荒らされている。足元に散らばる金貨や宝石を踏みながら、順に棚を照らしてゆく。最後の棚の奥を覗いた時、その姿を見付けた。
ランタンの灯りに照らされ煌めくそれは、金色に輝き、大雑把に人の姿をしていた。
『金貨で作った人形? 魔術仕掛けの玩具かしら?』
のろのろと歩み寄るそれに脅威は感じない。だが、斬り殺せるものなのか?
手にしているのはアラバードから奪った骨剣。神気を帯びたそれなら力押しで倒せるかと構えた俺に、戸口から覗くメルフィナが声を掛ける。
「くれぐれもご配慮を――」
気勢を削がれ踏み込みが遅れる。振り下ろされる腕をかわし棚の影へ。
金貨の人形は棚を押し倒し、俺を圧し潰さんと試みる。
「貴重な品もございますので!!」
『アイン! 何遊んでんのよ!?』
棚の残骸から這い出し構え直す。視界の端に、割れたランタンから棚に火が燃え移るのが見えた。
「アイン様!? ちょ、ほんと困ります!! 水を! 誰か水を!!」
俺のせいかなの?
慌てるメルフィナに構わず、剣を構え金貨の人形を観察する。身体を形作るのは金貨ばかりではなく、幾つか目立つ宝石も混ざっている。
『右手に付いてるの、何かの護符ね』
寄り集まった金貨に埋もれるように、碧の石が見えた。
再び振り下ろされる腕をかわしながら、人形の右手を斬り飛ばすように剣を跳ね上げる。
碧石の護符が壊れると同時に金貨の塊は崩れ去り、中からは干からびた死体がその身を露わにした。
『あら? 首からも護符を下げてるわ』
なおも俺に掴み掛かろうとする屍人も、胸元の紅玉の護符を突き砕くと動きを止め、床に崩れ落ちた。大きく開いた口から金貨が零れ落ちる。膨らんだ腹にも詰め込んでいるのだろう。
『で、結局ぜんぶ護符のせいだったってわけ?』
地下の金庫室には、ツァトゥグァ神殿の魔術師が特に念入りに魔術を仕掛けていた。宝を奪った者を死に追いやる呪い。魔物と思われていた、賊が首から下げていた紅玉は、長命の護符。金庫室に掛けられた呪いを知って、対策として用意した物だろう。
「手にしていたのはツァトゥグァの賜り物である、財を得る護符ですね。強力ですが身を滅ぼしかねない、あまり性質の良い物ではなかったようで……」
つまり賊は、死の呪いを受けながら、身を滅ぼすほどの財を得、死ぬこともできずに金庫の中に閉じ込められていたということらしい。皮肉でしかないが、全ての護符は効果を発揮し、賊の望みは叶っている。
「十三番金庫の修繕費はやむなしとして、アインさんが破損した護符は報酬から減額させて頂きます」
『ちょっと! アレを始末しろって頼んだのはあんたでしょ!?』
「でしたら、経費として申請頂ければ、審査の後補填させて頂きます。これも決まりごとですので」
メルフィナは涼しい顔で書類の束を用意する。
賊があの姿になり果てた理由は分かったが、警備の厳重な地下金庫に忍び込んだ方法の方は不明なままだ。神殿か金融ギルドの関係者としか思えないのだが――
「その件は我々が処理しますので、詮索も他言も無用に願います。何事も信用が第一ですので」
口元で人差し指を立てると、メルフィナは片目を瞑って見せた。
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