交易都市

骨細工師

 イホウンデーの司祭から報酬を受け取った俺達は、北へ向かい複数の街道が交わる大きな街へ向かった。

 そこでユザノフは物資を買い込み、迷宮への帰路に就き、代わって俺とクラムは新しい仕事を探すことになった。

 別れ際、いつもはどうやって依頼を見付けているのか、という俺の問いに、ユザノフは、


「自らの力を示せばいい。片っ端から腕比べを仕掛けるのさ。誰かがそいつに仕事を頼んでいたとしても、そいつが潰れてしまったなら、俺を雇うしかない。そうだろう?」


 そう笑って見せた。騎士団でも屈指の剛力を持つユザノフらしい、豪快なやり方だ。


「そんなやり方じゃあ、いらぬ厄介ごとを背負い込むだけだぜ。無難に人の集まる場所――そうだな、賭場か酒場で待つのが一番だ。酒も呑めるし女も抱ける」

『度を越して、同朋のための稼ぎまで使い果たすんじゃありませんよ。あなたはいつもそう』

「分かりました。今回はもっぱら呑むに留めます」


 雛神様にたしなめられたクラムは、反省しているのかいないのか分からない軽口を返す。

 鋼殻の騎士にとって女犯は禁忌ではない。だが、雛神様への敬愛が深いクラムには、最初からその気はないだろう。


『当り前よ! 何が悲しくて従者の睦言聞かなきゃならないのよ。あたしだったら盛ってる最中、ずっと小噺聞かせてやるわ!』


 もっともな話だ。俺も身の内の雛神様を気にしながらでは、立つもの立たないだろう。


『ちょ……アイン、汚らわしいこと考えるんじゃないわよ! 不敬よ、慎みなさい!!』



 街は人と物で溢れている。ここは東西と南北の街道が交わる交易の拠点の一つで、都に次ぐ大きさの商都なのだという。

 迷宮へと帰るユザノフを見送った後、俺は少し物見を楽しむことにした。雛神様の望みでもある。出かける際、クラムから忠告を受けた。


「街にはお前が知らない類の危険も多いから気を付けろよ。例えばツァトゥグァの神殿。羽振りは良いから仕事にありつけるかもしれんが、奴らは魔術に長けている」


 俺も物を消したり火を吹いたりする大道芸の類なら見たことがある。だが本物の魔術師はそんな物ではなく、大掛かりな魔術を使い、戦場を左右するほどの力を振るうこともあるのだと。

 宿を取った酒場にも、ツァトゥグァの紋が飾ってあった。亭主の話では、大きな商家にも熱心な信者は多いとのこと。


「生きたまま身を捧げるのは名誉なこと、なんて言いますが。なあに、話半分ですよ」


 気まぐれに与えられる賜りものを期待して、毎年身代わりの奴隷を差し出しているのだと。司祭が気に入った娘を召し上げる方便に、ツァトゥグアの信託にかこつけることもあると小声でこぼす。


『怠惰な神の威を借りて、色と欲の現世利益三昧ってわけ? あー、やだやだ』


 亭主の言葉に、この街の賑わいも虚飾に満ちたものと思い知らされた。ぼやく雛神様だったが、市場に並ぶ原色の織布や瑞々しい果実を眺めるうち、気が晴れたらしい。雛神様の気の向くままに眺め歩くうち、細い路地の奥に、粗末なローブをまとう、やせ細った老人の姿を見付けた。くたびれた敷布に座り、手元には骨がばら撒かれている。


『占い師? 物乞いかしら?』

「骨細工師じゃよ」


 フードの奥からしわがれた声で呟く老人は、ウヴァルと名乗った。節くれだった骨だけのような指で、器用に散らばる骨を組み上げる。

 仕上がったのは蜥蜴のようにも、鳥のようにも見える異形の骨格。それは生きているかの様に敷布の上を跳ね回り、老人の手に載った。


『へえ。魔術と言うにはしょぼいけど、芸としては面白いわね』


 雛神様の歓心の礼にと、銀貨を数枚投げ与えた。老人は皮肉っぽく口元を歪めると、懐から小石を取り出した。


「見世物でもないのだがの。釣りじゃ、持って行け」


 黒い小石には、歪んだ五芒星が刻んである。護符の類だろうか。

 銀貨を懐にしまうと、俺に興味を無くしたらしい老人は、俯きフードに顔を埋めた。骨細工は老人の手から飛び降り、敷布の上で崩れ散らばった。

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