不屈の自由作戦 Ⅲ

「なっ――にっ……!」

「早過ぎる……僕の目でも追えなかった――」

 そして戸愚呂意識すな。

 だがその圧倒的強さは最早人外なのは言うまでもなく、異星人でも果たしてここまでの身体能力を誇っているものはいるのかと、疑うレベルの域にまで達していた。

 さらに弥刀の動揺を隠し切れない様子をしっかりと見落とさなかった長峡は弥刀と同じ位置まで飛び上がると、ボレーシュートをかますような体勢になり――


「ボールを相手のゴールにシュゥゥー」


 と無感情丸出しの声とは裏腹の強烈なキックをお見舞いすると、弥刀は為す術もなく廃墟と化したビル群を次々と突っ込み、倒壊させていく。

 どうでもいいけどちょっとパンツ見えた、純白の装備とは真逆の黒い奴。

「…………」

「凄い……凄いよえーこっち……! これなら確実に勝てるんじゃない!?」

「いや……これは逆にまずいかもしれない」

「え? どうして? あれだけの強さがあるなら何も問題なんて――」

「弥刀に負けるとかそういう話じゃないんだよ、もっと根源的な問題だ」

「……まさかとは思うけど、それって――」


「くそ……くそ……くそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!」


 テレビで見る彼女の姿は常に冷静沈着であり、どんな状況であっても強気の姿勢を崩さないまさに『鉄の女』と名付けるに相応しい人間であったが、だからこそ負けず嫌いなきらいがあるというのか、ただでさえ一般の女子高生と国の総理大臣が闘う構図がシュールだというのに、その女子高生に圧倒され感情むき出しになっている姿は、万国びっくりショーも顔負けの展開であることは言うまでもなかった。

「私の、この私の想いがこんな小娘に負けているなど万に一つとしてないというのに! こんな……こんなことがある筈が……」

「やっぱり力の差が――いえ、クオーレの差があり過ぎたわね、もう結果は明白でしょう首相さん、大人しく負けを認めて柴島君のお墓の前で全裸土下座しなさい」

 いやもうお前の中での僕の死後経過が凄まじいわ、しかも墓前とか四十過ぎたババアの全裸土下座とか死んで尚夢に出てきそうだから勘弁してくれ。

「っ……! 言わせておけばあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


「もう駄目ね――薄く切り刻んで、ただの人間に戻してあげるわ」


 最早感情に任せて突っ込んでくるだけの弥刀に対し、長峡はふっと小さく息を吐くと、全身完全防備されていた鎧の腕部分が消滅し、スカート状になっていた鎧もミニスカ近い感じとなり、胴体部分も軽装になると、ガラティーンを握りしめ真正面から突進して行く。


 まずい、あの野郎百パーセントの力で弥刀を叩き潰すつもりだ……!


「止めろ! 長峡! そんなことをしたら――」

 だが、長峡もまた心の底にあるクオーレが暴走してしまっているのか、僕の声などまるで聞こえておらず、弥刀が何発も何発も射出させたビーム的なモノを軽くガラティーンで弾き飛ばしてしまう――それでも尚残ったジャマダハルで突き刺そうとする彼女の右腕を、上段蹴りで軽く吹き飛ばしてしまうのだった。

 音速を超えた世界を歩く彼女の圧倒的強さの前に、弥刀では勝ちなどはない。

 そして長峡は今にも剣を彼女に振り下ろそうとせん構えを取る。

 このシーンだけをみれば誰もが勝負は決したと、そう思ったに違いなかったが――


 理不尽ではない必然として、突如、彼女の装備が砕け散る。


 そう、つまり彼女はまたしても、全裸になってしまったのだった。

「え――――?」

「これは……完全にアウトだねー……」

「そうだな、だが何故僕の目を隠す、一回見てるから何の問題もないだろう」

「いや問題あるから、というか何いってんの」

 しかし慌てて隠してしまったせいか指の隙間から微かにその光景が見え、防具も武器も何もない真っ裸状態で剣を構えた体の長峡が姿を現す。

 どうでもいいけどこの隙間から女の裸を見る感じ、女子更衣室のロッカーの中に隠れて女子の着替えを見ているのと同じようなエロスを感じるな。

「ふっ……くくく、はは……はははははははは!!!! いやはや全く、驚かされちゃったよ、まさかエスカの許容量を遥かに凌駕した力を発揮してしまったせいでオーバーヒートしてしまうなんてね、こんな傑作な話そうそうないと思うよ」

「やばいよきみきみ……これ完全に洒落じゃ済まないことに……」

 いくら何でも一国の首相がただの女子高生を手に掛けるなんて真似……と言いたい所だがその当の女子高生にこれ以上ないぐらいにボッコボコにされ、果てはあそこまで舐め腐った言動を吐かれては、このプライドと意地の塊とも言える弥刀が許すはずもないだろう、立場も雲泥だというのだから後始末ぐらいどうとでもなる。

 僕も箕面もまともに闘える状態にはない、STDTは言うまでもなく、キモオタ共に至ってはほぼ全員が全裸で気を失っている状態――なんというみっともない光景だ、民衆を導く自由の女神でも大体服を着ているというのに。

 こうなったら都合よく大桐が姿を見せて『殺すならこの私を殺してみなさい!』とか言ってくれないだろうか、というかあの女いつまで時間が掛かっているんだ、日本橋全体も弥刀らによって改めてジャミングを敷かれてしまったみたいだし……。

 かくなる上は僕が口八丁手八丁で時間稼ぎをしてみるか……? いやあんな怒りに満ちた女の前に立ち塞がって偉そうに説教を垂れるような真似をしても数秒の内に論破されてぶっ飛ばされて全裸キモオタの仲間入りを果たすのが関の山だ……。

 どうする……どうすればいい……。

「だが長峡君との闘いは実に面白いものではあったよ、ここまで圧倒されるとは正直思ってもみなかったからね――だから最後に言い残す事があれば、聞いて上げよう」

「言い残す……言葉……」

 長峡はその言葉を反芻すると、一瞬、僕の方に目を送る仕草を見せる。

 なんだ長峡のやつ……まさか僕に――

「く――」

「く?」

「きみきみ……早く何とかしないとえーこっちが……」

「分かっている、分かってはいるが……」

 くそ、考えようにもあいつの何処か諦めたような目で僕をみた光景が焼き付いてまともに思考が働かない……あいつ何を言おうとしているんだ。

「く……」

「く、がどうしたんだい?」

「もう私が行くよ……! そうすればまだなにか起こるかもしれないし……」

「馬鹿かお前、そんなことをしても犠牲者が増えるだけで何一つ解決にはならない、フル回転で全員が助かる知恵を搾り出せ」

「で、でも……」

「く……――――……! ……」

 ……ん? あいつ、今何か――

「早く口にし給え、時間稼ぎをしても無駄だ」

「きみきみ……!」

「待て、まだ慌てるのは早い」

「え――? 早いって何が――」

「さあ長峡君! 最後の言葉を聞かせてくれ!」


「くっ……殺せ!」


 ……………………半端ない静寂が周囲を無慈悲に包み込む。

「……はえ? 今なんて」

 無理もあるまい、こんな深刻な状況の中でこんなボケをかます奴、余程の滑り知らずか、滑っていることを自覚していない相当の天然の持ち主かどちらかでしかない。

 箕面は完全に呆気に取られ思考停止、その他の人間も呆然不可避の状態。

 ただ一人、弥刀を除いては。

「……そうかい、ならお望み通り殺してあげよう!」

「えっ……い、いやああああああああああああああっ!」

 我に返った箕面の悲鳴が響き渡ると同時に、弥刀のガラティーンが長峡へと、一切の躊躇なく、首元へと振り下ろされていく。


「――――な……?」


 ――かと思われたが、その眼前に映ったものは、全裸のまま空を切る弥刀の姿だった。


「ど、どういうこと……?」

「別に大したもんじゃない、ただ単に弥刀のエスカも許容量をオーバーして使っていたものが限界に来た、それだけのことだよ」

 まあ恐らくその異変を目視で長峡は気付いたんだろうな、今まで散々雑魚のゾンビ相手にも敗北を繰り返し、エスカの効力の限界を知り尽くしてきた人間だからな、最後の一撃が自分に当たらないことを何となく察知したのだろう。

 それでも危険であったことには変わりないが、こういう時はあれだ、上手くご都合主義が働いてくれたと解釈するのが一番いいのだ、うんそれがいい。

「そういうものなんだね……何にしても最大の危機を回避出来て一安心だけど――」

「ビルも片っ端から倒壊して……残ったのは全裸の人間ばっかりで……ここが原始時代なのか世紀末なのか最早検討がつかんな」

「くそっ……こんな、こんなことが……」


「そこまでよ弥刀!」

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