不屈の自由作戦 Ⅱ

 やっぱり、三次元はクソの世界だ、何一つ思い通りの事が運んでくれやしない、いくらシュミュレーションを重ねた所で、こんな強キャラが立て続けに出てこられたら勝てという方が無理のある話だ、主人公にこんな無理を強いる世界なんぞクソゲーでしかない。

 しかも四十過ぎたババアにヤられるなど、躾でもされてんのかと言いたくなる。

 ああ、というか僕はそもそもこんな馬鹿みたいに戦闘をし続ける世界じゃなくて、ちょっと優しくしたら簡単に堕ちてくれるヒロインがわんさかいる学園部活ハーレムものの世界がいいのだ、部室に入ったらお茶いれてくれるメイド的ヒロインとか、いつもクールに決めているけど他の子とイチャイチャしていたら嫉妬するヒロインとか、いつも奔放で無茶苦茶だけど照れったら顔を真っ赤にして必死になるヒロインとか、いつも優しくて何かあったらいつも心配そうにして声を掛けてくれる男の娘とかがいる、そんな世界が良かったのに……。

 エスカによって生成されていた装備や、変装として男の娘になっていた顔の部分も徐々に剥がれていく音が聞こえてくる、手も、足も、もう禄に動かせないどころか、この感じだと骨も結構折れているかもしれない。

 これ以上ない完全なる敗北。


 だが、まだ終わりではない。


 長峡には狡い事をしてしまったが、もし彼女の僕に対するクオーレが本物だというのであれば、この僕の敗北によって覚醒する可能性が高い。

 無論逆を言えば大きな失望を受ける可能性も無いわけではないのだが……、果たして彼女はどう出てくるか……ここまでクソボロになってやったんだ……後は頼むぞ――

 そう思いながら、ギリギリの所で保っていた意識で長峡の方へと目を送る、そこには箕面に支えられるようにして項垂れる長峡の姿があった。

 さあ、見せてみろ、超サ◯ヤ人長峡影子を……!


「無様なものね」


「えっ」

「え? あのー……えーこっち……?」

 あれ、なんか思っていたのと全然反応が違うんですけど……?

「信じろだなんて大層な事を言っておいてこの体たらくでは先が思いやられるというか、というか実際に思いやられてしまったのだけれど」

 えぇ……? いや、まあ考えてもみれば羨望の対象であった僕が負けてしまうというのはそういう印象を与えてしまう気がしないこともないが……そんな拍子抜けみたいな反応にまでなりますかね普通……?

 しかもあの無表情極まりなかった長峡がこれ以上ないガッカリ感満載な顔しとるし。

「失望、ただただ失望だわ」

 何ということなの……まさかこんなにも想定していたクオーレとは真逆に近い感情を出してくるとは……まさかこんな反応になるなとは完全に想定外――


「ただ――私の唯一の希望を始末したことはもっと許されないわ……!」


 長峡……? というかボロボロだけど死んでないからな僕は。

「さっきからブツブツと何を言っているのかな、次は君ということでいいのかな?」

「えーっこち……早く逃げない……と……?」

 まるで闘うヒロインとしてのオーラを感じなかった長峡から不穏な揺らぎが見て取れたかと思うと、彼女の周囲にあったコンクリートの破片がカタカタと動きながら浮遊し始め、それと同時に軽く地震でも起きたかのような揺れが僕の身体にまで襲ってくる。

 その途端、長峡から何か覇気のような物がふっと拡散し、今にも『くっ殺せ』とでも言い出しそうだった装備が、純銀と純白が見事に織り交ざった、可憐な鎧姿へと変貌する。

「う、美しい……」

 現実にまるで興味のない筈の僕でさえ、思わずそんな言葉が出てしまう程であった。

「見た目が……変わった……?」

「な、なにそれえーこっち……」


「国の主だからと言って容赦はしないわ、柴島君、この女を片付けたらすぐにそっちに行くから、少しだけ待っていてね」


 いや、だから死んでねえっつーの。

 ……とは言うものの、長峡が僕が死んだことによってこの変化をもたらしたというのであれば死んだフリはしておかないといけないのか……どういう状況だよこれ。

「覚醒をする素質があるという情報は入っていたけど、まさかここまで雰囲気が変わってしまうとはね、この男一つ如きでここまで眠っていた潜在能力は発揮させるとは」

「クオーレの対象に小さいも大きいもないわ、重要なのはその人間にとってその想いが大事であるかそうでないか、たったそれだけのことよ」

「ほほう、学生の割に中々深いこと言うね、でも常に自国民のことを最優先に想い続けてきた私のクオーレが、本当に長峡君の柴島君への想いに勝るかな?」

「その想いが本物であるのなら、私は負けるでしょうね、けれど――」

 そう言って長峡は両手を高く上げると、その格好が僕の位置から見るとまるで太陽を掴もうとするかのように格好となり――

 次の拍子にその両手から一つの剣が出現する。


 あれは……ガラティーン……か?


「私は貴方みたいな偽り人に、負ける気がしないのよね」


「へえ、言ってくれるじゃないか小娘」

 まさか長峡が全てを理解した上であのガラティーンを生成させてみせたとは思わないが、しかしそれだとしてもあまりに完璧過ぎるタイミングである。

 そのあまりの神々しさに、僕のみならず、箕面も、STDTも、僅かに残っていたキモオタゾンビ共も、その姿に圧倒されてしまう。

 ただ一人弥刀を除いては。

「だがそうは言っても君達のような近接戦闘を相手とする人間に、長距離からの攻撃は少し分が悪そうだね……何よりも君との相手に近距離で挑まないのは失礼というものだ」

 すると弥刀もまた両手から武器を生成させ、そこから二本のジャマダハルが姿を現す。

 全く、何処までもチョイスが嫌らしい奴だ。

「さあ、私の方はもう準備は出来たよ」

「なら始めましょうか――柴島君、ちゃんと私のこと見ていなさいよ」

 こいつ……何処まで本気か知らないがやっぱりちょっとメンヘラ基質なとこ入ってるだろ、クオーレの源が僕である以上突っ込みを堪えないといけないのはもどかしいが。

 そんな僕の思いが合図になったというのは変な感じだが、そう思った瞬間堰を切ったようにして長峡と弥刀が真正面からぶつかりに行く。

 そしてその刀身同士が激しくぶつかり合うと、台風でも来たのかと言いたくなる程の突風が吹き上がり、砂煙やらコンクリートの破片やらが次々と死んだフリをした僕に振りかかり、薄く開いていた眼を思わず瞑ってしまう。

 こんな状態で死んだふりなんか出来るか、もう殆ど意識が安定していた僕は長峡にバレないようにこっそりと目元を擦って何とか被害の少ない瓦礫の中に潜り込もうとする。

「あ、やっぱり生きてたんだ」

「その声は箕面か……当たり前だ、大体弥刀は端から僕を殺す気じゃなかったからな……とは言っても腕も思いっきりヤラれたし、アバラも軽く折られたし大丈夫じゃないが」

「まああれだけボロボロにやられたらねー……まあでも出来島とかいう人の時といい、あの首相を相手にした時といい、立ち回りは中々格好良かったけどねー」

「闘いなんてのは格好良くて強いのがいつの時代も真理だから当然のことだ……まあ結果としてこの体たらくじゃ長峡の言う事も最もかもしれんがな」

「例の蛍丸とやらで怪我は回復出来ないの?」

「もう殆ど力が残っていないが、蛍丸を消失させてはいなかったから一応残りカスを振り絞って応急処置はしているから問題はない……それよりも――」

 その目線を彼女達の闘いへと送ると、人間技とは思えない闘いが繰り広げられていた。

 まずあれだけヘナチョコな戦い方をしていた長峡のキレが別人のように違う、さながら百戦錬磨の騎士と言わんばかりの剣さばきであり、ただ必死に斬りつけているのではなく常に相手の攻撃を受け流しながら、的確に急所を突く攻撃を仕掛けている。

 それでいて一切無駄のない可憐ささえ兼ね備えており、それこそ英霊でも乗り移っているのではいかと思わせるぐらいの別格の強さを魅せつけていた。

 悔しいが大桐の言う通り、万全の僕であったとしても負ける可能性は高い。

 しかし対する弥刀も決して負けてはおらず、左手のジャマダハルは基本防御に徹しさせながら、右手のジャマダハルではまるでレイピアでも扱うような滑らかさで、フェイクも織り交ぜながら次々と突きを繰り出していく。

 こんな高度な闘いがリアルで見られるなど、今後一切ないことだろう。

「それにしても本当に別人だねえーこっち……きみきみ一体何をしたの?」

「別に取り立てて何かした訳でもない、ただ長峡の中で曖昧に、分からなくなっていたものをきちんと整理させて、後はそれを明確に自覚させる為に犠牲になってみただけだ」

 まあ、どういう形であれ政府側が僕達が弱ったタイミングで攻めて来る可能性は絶対に無いとは思っていなかったしな……その時が来れば始めから僕は犠牲になるつもりだった、出来島との闘いを圧倒して勝てるなど、全く思っていなかったのだから。

「ふーん――何だかそれって狡いね」

「……は? 身体に穴開けられて、骨まで折られたのに狡いってなんだよ」

「いやーなんでも? それよりもあの闘いどっちが勝つだろうねー」

 ……何だか腑に落ちんことを言われた上にはぐらかされた事が納得いかんが、一々そんなことで問答をする気力もないので、箕面の話を合わせることにする。

「そりゃ……多分長峡だろうな」

「え? 何で?」

「ほんの僅かだが長峡の方が攻撃の速度が速い、要するに弥刀はやや後手に回っているということだ、まあ弥刀も弥刀で防戦になりつつも一瞬の隙を逃さず攻撃を仕掛けているから、カウンターしていると見ればあまり差はないようにも思えるが――」

「あまりに速すぎて私にはそれが理解不能なんだけど……」

「つまり相手に仕掛ける回数が多い分、長峡の方が相手の癖を見抜くのが速いってことだ、いくら高い技術や力を持っているプロの格闘家でも必ず弱点になりうる癖というものがある、もし実力に大きな差がないとすれば勝敗を分けるのはいち早く癖を見抜くこと」

「でも、それなら防御をしている側でもそれは分かるんじゃないの? というか寧ろ防御をしている人間の方が癖に気付きやすそうだけどねー……」

「まあな、実際長峡は長らくポンコツだった故に防御の方は長けているが、攻撃がやや散漫になる時がある、解放された身体能力の高さでそれをカバーしきれてはいるが、このまま時間が掛かってしまうと、それが致命傷となり兼ねないな」

「え、それじゃあえーこっちが優勢とは言えないような……」

「ま、そうやって現状だけを推察したらそういう結果になるだろうが、ありゃ多分戸愚呂で言うところの三十パーセントの実力しか出してないな」

「え?」

「だからあいつ、舐めプレイしてんだよ」

 それを合図としたかのように、長峡と弥刀はあれだけやり合っていた剣を一度離してしまうと、再び距離取る格好となる。

 その時に長峡の位置から僕が見えていたので、慌てて死んだふりをする。

「そこまでやる必要あるのかなあ……」


「確かに想定していた以上の力量、これは少し骨が折れそうだ――」

「ふうん、やはり貴方のクオーレじゃ、この程度なのね」

「!? 何を――」


「首相さんにこんなことを言うのはあれだけれど、本当の芯にあるクオーレでホルモンを生成させないと、私には勝つことはおろか、傷一つ付けられないという意味よ」


「ふざけないでくれないかね……? 私の国民に対する想いが偽りだと言うのかい!? 一体どれだけの革新的な成功をこの私は行ってきたと思っているんだ! それもこれも、この国を、国民の為を思って以外にある筈がないだろう!!」

「それは私でなくても誰もが分かっていることだと思うわ、ただ――それでもそのクオーレが真の力の源なのかと言われれば、私には到底思えない」

「言わせておけば!」

 弥刀が長峡に向かって勢い良く襲い掛かっていくが、長峡はノーガード戦法と言わんばかりに構えることなく棒立ちになってみせると。


「八十パーセントの私を見せてあげるわ」


 と一言呟き、弥刀が高速繰り出したジャマダハルを、それを遥かに上回る速度で根本から切り落としてみせるのであった。

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