第5章

不屈の自由作戦 Ⅰ

 弥刀柚月。

 よっぽど政治に疎い人間であってもその名を知らぬ人間はいないだろう。

 史上最年少にして初の女性総理大臣として頂点に君臨した人間である。

 就任当初は『女に一国の主が務まるのか』などといつの時代も変わらぬ野次を飛ばす人間もいたが、その歯に衣着せぬ物言いと、首相とは思えない飄々とした態度が注目されたことで一躍脚光を浴びることになった。

 おまけに四十代前半でありながら、大桐と変わらぬ、ショートヘアがよく似合う美貌は歌劇男役も顔負けな程であり、特に女性からの人気は凄まじいものであった。

 しかし、その程度では誰も本当の意味では信頼などしない。

 重要なのは彼女が国内で抱えられていた様々な問題を、完璧な政策を打ち出したことで次々と解決していってしまったこと、そして国外には常に強気な姿勢を崩さず、しかし主要国との関係は常に崩さないという、ぐうの音も出ない手腕力が一気に国民の支持を獲得することとなり、一時期その支持率は九十パーセントに上ったことさえあった。

 だが。

 その後に彼女が半ば強行にでも導入した法律――そう『非実在不健全創作物規制法』によって一部の、僕達二次元を愛す人間からの強い批判を浴びることとなり、国内はレジスタンスによる平成以降最大級の混沌の時代へと飲み込まれていったのであった。


「その言い方は間違いだよ……えーっと、柴島公晴君だったかな? 君達のような人種からの評判が良くないだけで、支持率自体は然程下がってはいない、今は確か七十パーセンと弱はあったかな、君達がいくら暴れても多くの国民は眉を顰めるだけだからね」

「こんな場所にいらっしゃるなんて、どういう風の吹き回しですかね……」

「なに、ちょっとした視察というものだ、国家に仇なす反逆者の攻撃から、最終防衛線がしっかり守られているかどうかのね」

「反逆者とはよく言ったものです……首相が厳しい締め付けしていなければ、こんなことにはならなかったですし、何より事を荒立てたのは他ならぬ貴方だ」

「そうだね、私もアパシーの副作用がまさかこんなバイオハザードを引き起こすとは思ってもみなくてね、けれど結果的には国民に対して過激なツヴァイヴェルターの実情を見せられて私の支持は上がったり、彼らも力得られてハッピー、あまり悪いことにはならなかったんじゃないかな? 強いて言うなら日本橋の経済力がゼロになってしまったぐらいか」

 まあ君達が彼らを排除してくれたお陰でそれも大丈夫そうだが、と付け加える弥刀。

「さらっと、とんでもない事を言う人ね……」

「肩に力を入れすぎても疲れるだけだからね、常に余裕を見せられるような人間でいないと政治家なんてやっていられるものではないさ、長峡影子君」

「この様子だとこっちの情報は全部筒抜けみたいだねー……」

「こっちどころか、そっちもあっちも全部筒抜けだよ、第一、国の主が国内で最も熱い問題となっている事項を何も知らないなんて、それこそ問題だと思わないかい」

「それもそうだな……つまりレジスタンスを含め僕達は最初から最後まで首相の手のひらで踊らされていたっていうことですか……」

「踊らせていたというより、泳がせていたと言った方が正しいよね、別に私は君達の邪魔をするようなことは一つもしていなかったんだから」

 全てを理解した上であえて何もしなかった、言わば戦力を把握した上でこれなら共倒れになるかもしれないと、その後の楽な処理さえしてしまえば自分達の地盤は何一つ揺らぐことなく自分達の正当性を世に知らしめられる。

 事実、レジスタンスは言うまでもなく、僕達はリッターを維持するのがやっとの状態。

 成程……大胆に見えて強かな一面もある、伊達に政界を生きている訳じゃないんだな。

「それで、これから僕達はどうなるんですか、連行される感じですかね」


「いや? ここで全員くたばって貰うけど?」


「え?」

「いやそうでしょ、君達がツヴァイヴェルターと同じくらい危険な存在というのは火を見るより明らかだからねえ――ああ、君達構える必要はないよ、彼らにワクチン入りの銃弾を打ち込んでも意味はないからね」

『そんなことはさせないわよ!』

 すると通信が回復したのか、大桐の声がスピーカーを通じて周囲へと響いてくる。

「おや、その声は大桐――いや、今は生野だったか、久しい声だな、君とは本当に色々と語りあったものだったよ、まあそれが一因で今は敵同士になってしまったのだけど」

『そんな話はいいのよ、いい? この子達に手を出すことだけは絶対に許さないわ、どうしてもと言うならこの私を捕らえなさい、それで文句はないでしょう』

「そういうことなら自分の殻に篭っていないでさっさと姿を現すがいいさ、ま、現した時にはもう手遅れかもしれないけどね」

『ふざけないで! 私が来るまで絶対ふざけた真似はしないでよ!』

 そう言って大桐からの通信が荒々しく途絶える。

「やれやれ……彼女は昔から一旦火が点くと止まらないタイプだからなあ」

 その時、弥刀がわざとらしく上げた右手に何か指輪が付いていることに気づく。

 結婚指輪なのかと思ったがそれなら左手薬指に付いている筈……まさか。


「エスカだというのか……?」


「え? ああ、そういえば君達の間ではこれはそういう名前なのだっけ、まあだからと言ってこちら側が名付けた名前がある訳でもないのだけれど、そこは先に作ったコンフィーネ側に則ってエスカピスモスでいいか」

「いっ、いやそれよりも……それは生野せんせーが開発したものじゃ……」

「その通りだよ、こういうものを作る発想力は私より彼女の方が優れていたからね――でもさ、このエスカを作る技術が、彼女が政界を去る前からあったとしたら、どうしようか?」

「仮に生野先生が全ての情報を持ち去っていたとしても、予めバックアップ等で抜き取っておけば、後は有能な技術者を集めるだけで可能……よね」

「でもそれだと、特定の年齢にのみ生成されるホルモンの説明がつかない」

「例外の存在である柴島君がそれを言うのはおかしくないかい? それならアラフォーとはいえ、女である私の方がまだ可能性はあると思うのが自然じゃないか」

「それもそうだねー」

「極度の二次元変態のゴリ押しの方が、納得はいかないわね」

「お前らはどっちの味方なんだ」


「ま、そういうことだから首相直々に貴方達に引導を渡させてもらうよ」


 その瞬間、弥刀首相から神々しい光が溢れだし、思わず僕達は目を覆ってしまう。


「cord invert, moon citron」

『Anerkennung』


 実に滑らかな英語の発音を魅せつけて来たが、その変身シーンは確認することは出来ない、まあ四十過ぎたババアの変身など一部のマニアにしか得することはないだろう、見た目は二十代半ばの美貌だからそのギャップ的な感覚がアリという意見もありそうだが。

 ――そして、その光が収まった所でゆっくりと目を開けてみると、そこには漆黒と言う言葉が相応しい装備が施された弥刀の姿が現れる。

 だが、その風貌は禍々しいと言うのが何よりも似合いそうであった。

 男でも女でも思わず目を奪われるというのは、よく言ったものである。

「ふむ、思った以上にしっくりくるな、ボディラインも強調されていい感じだ」

「見た目的にはラスボス以外の何者でもないですけどね……」

「酷いなー、首相を捕まえてラスボスなんて言い草、これはお仕置きをしないとね」

「総理大臣にお尻を引っ叩かれるなんて真似、流石に勘弁願いた――」

 そう言っている最中に、弥刀が右手人差し指を僕の方へと向けたかと思うと、その先端から何か高出力の粒子らしきものが収束していることに気づく。

「ヤバい! 長峡! 箕面! 離れろ!」

 即座に反応した箕面が離れたが、闘いに慣れていない長峡が硬直してしまう。

「ちっ!」

 それを見て僕は慌てて長峡を突き飛ばすのだが――瞬間、レーザーのような物が射出され――それを認識した時には、光が完全に僕の左腕を貫いていた。

「アッ……グアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」

「柴島君!」「きみきみ!」

「ふむ、こんなものか、エスカというものは本当に便利なのだな、将来的な改良も含めて実に有意義な兵器となり得そうだ」

 くそ……まさか武器ではなく魔術の類を繰り出してくるとは……こんなもん正真正銘のリアルドラゴンボールじゃねえか!

「最終形態フリーザを相手しているのかと思うと流石に危機感を覚えるな」

「それぐらいの強さならそれこそ世界を支配出来るかもしれないけどね、現実はそこまで甘いものでもないよ、所詮は人間の身体を外部装置で強化したに過ぎないから……ねっ!」

「やっべえ……」

 オセロ野郎も顔負けと言えそうな速度で僕の前に突如として弥刀が現れたかとおもうと、最早まともに痛がる反応も見せられないレベルの右ストレートが僕の腹部に炸裂する。

 かなり強化されている筈の防具だというのに、それでも軽く鳩尾を殴られたような感覚に陥ったかと思うと、為す術もなく十数メートル先の地点までふっ飛ばされる。

「車で撥ねられた時の感覚ってまさにこんなんなのだろうな……」

「柴島君!」

「駄目だよえーこっち! あんな強さ私達じゃどうにもならない!」

「だとしてもこんな所でボーっと見ている訳にはいかないでしょう!」

 いや、僕でもこんな奴どうにもならなんわ。

 ただでさえ闘える力がもう殆ど残っていないというのに、出来島の数倍の強さはありそうな弥刀相手に出来る事は何一つ残っている筈もない。

 真のチート戦士ならば大ピンチも奥底に秘められた力を覚醒させ、このぶっ飛んだ力を持つ弥刀さえも凌駕して倒すのかもしれないが、現実はそんな甘いものではない、自分の限界ぐらい分からない程馬鹿に生まれた覚えもないしな。

「仕方あるまい……悔しいがここで僕はリタイアするとしよう――」

「それじゃあまずは一人目っと」

「くにじ――」


 弥刀の容赦無い拳の一撃が胸へと直撃し、そのあまりの衝撃に呼吸がままならくなり、足掻くことすら出来ずに意識が遠くなっていく。

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