砂漠の矛作戦 Ⅴ
「あン――?」
僕は肩に刺さったジャベリンを無理矢理引き抜くと、倒れそうになる身体をゆっくりと、持ち上げ、そして立ち上がる。
「僕にとって重要なのはそこじゃないんだよ……確かにお前の言っていることは間違ってはいない、二次元を救いたい者の総意であり、強い想いでもある、そこに一点の曇もないし、それは僕だって同じだ――だが僕の根底にあるのは表現の自由を救いたい想いではない」
「何を言い出すかと思えバ――」
「なあ出来島……お前、今でも高司(たかつかさ)やよりを愛しているか……?」
「はア? そんなの言うまでもな――」
「僕はな……二次元世界が規制されて何が怖いって、彼女達が道を歩めなくなることなんだよ……それが恐ろしくて、怖くて、そして許せないんだよ」
「……!」
「彼女達は僕達と同じように、思う通り道を歩むことが出来ない……人間によって描かれることによって始めてそこで始めて次の道を歩くことが許される……つまり描くことが規制されるということは、彼女達は二度とその場から歩むことが出来ないんだよ!」
僕はしっかりと立ち上がってみせると、改めて出来島と対峙する。
「もし千春が次のステージへと、更なる高みを目指そうと思っても、その場を用意してくれる者は誰もない、そんな悲しいことがあってもいいか? そんなの絶対に認めたくはない、だから僕は彼女達の自由にさせて上げる為に闘っているんだ」
「ぐっ……そ、それハ……」
「お前は本当にそう思って戦っていたか? 周囲を馬鹿だなどと心の中で罵ることばかり考え、懸命に突っ走り結果を出す自分に酔ってはいなかったか?」
「だっ、黙レ……」
「別に行動を責めている訳じゃない、お前のやってきたことは何処までも正しいのだからな――だが、その果てに見えているのは、本当にやよりだったか?」
「黙レ……」
「お前のした結果がやよりを救ったというならそれでもいい、だがそれはあくまで結果だ、彼女の自由を、幸せを願ってしたものでは決してない」
「黙レ!」
「所詮お前は新しいアニメが始まればそのヒロインに鞍替えし、あれだけ愛したヒロインを蔑ろにするようなしょうもない男だ、そんな自己中心的な男が二次元という世界を救ってみたいだって? 笑わせるなこの甲斐性なしめ!」
「黙れと言っているだろオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!」
完全に人外の雄叫びを出来島は上げると、僕めがけて一直線に突っ込んでくる。
しかし怒りに身を任せた攻撃は実に単調なものとなる、僕はその攻撃を簡単に受け流すと、それと同時にクオーレを詰め込んだ足蹴りを出来島の首元へと喰らわせる。
「あガッ……!」
さっきまであれだけ強固に、機敏に動いていた身体は意図も簡単に吹き飛ばされ、廃墟と化した『ねこのあな』店舗が入っていたビルが轟音を立てて崩れてしまう。
「ふん、そんな激情するとは、やはり図星だったか出来島?」
「ぐっ……この野郎……」
「結局お前の想いというのは自分自身を正当化する為の言い訳でしかないんだよ、だからクール毎に取っ換え引っ換えヒロインを変えてしまう、僕にそう言った自己愛がないのかと言われれば決してそんなことはないだろう、だが僕は千春を筆頭として自分が心の芯で愛したヒロインは最後まで幸せにさせたいという想いだけは、一度も変えたことはないぞ」
「言わせておけバ……そんな半端な真似、出来るはずガ――」
「僕は自分が心底愛したヒロインのことを考えなかった日は一度たりともない、千春も! 加賀美も! ひたみも! 同じ空間で全員を愛すという修羅場的なシュミュレーションも完璧にこなしてみせたこともあった、無論全員ハッピーエンドだ」
「そんなもノ、お前のご都合展開妄想一つでどうとでもなるだロ……」
「だとしても嫁だと言い張るヒロインを数ヶ月もすればすぐ忘れる奴に言われたくはない、このロリコン紳士の皮を被ったただのロリコンめ」
「どちらにしてもロリコンだろうガッ!」
そう言って瓦礫から抜けだした出来島はそのまま飛び上がると、ツヴァイハンダーを振り下ろしてくる。
「――因みにいい忘れていたが、僕のリッターとしての能力はそこでせっせと闘っている長峡や箕面よりも遥かに高い、つまり、僕はお前と同じような事が出来るということだ」
「なっ――にッ!?」
「とっておきっていうのは、常に終盤までとっておくものだよなあ? 出来島」
そして僕は意識を右手へと集中させる――
「幾百の夥しい光の粒よ、我に蟻集しその役儀を果たし給え――『蛍丸』!」
その詠唱を発すると右手の先がじわりじわりと蛍光の緑の粒が収束し始め、そしてそれが横に長くなったかと思うと、一本の刀が姿を現す。
「こっ、これハッ……!」
「そう、蛍丸を出したということは、どういうことか分かるな?」
「右肩ガっ……治癒しテ……!」
「そして散れ――千本桜吹雪」
右手に握る蛍丸でまず出来島のツヴァイハンダーに握られた左手を吹き飛ばす、そして次に左手に握られた笹貫・改で右足を切り落とす。
それでも尚、残された右手で僕の首元に襲いかかろうとしてくるので、僕はその身体を屈めてその攻撃を躱すと、笹貫・改を逆手に持ち替え、今度はその腕を切り落とす。
そこからは流れるように左足を、胴体を、首をと順に、最後には全てを完全に、これ以上ないまでに華麗に、可憐に解体させてみせる。
この間、わずか一秒も経っていなかった。
「感情に任せて攻撃をしてしまった時点で、お前の負けなんだよ出来島」
「ふう……こっちも大分片付いたよきみきみ」
「こちらも、殆ど片付いたわ」
その二人の声を聞いて、ようやく意識を周りへと送ってみると、夥しい数の素っ裸の男共があちらこちらでくたばっているという集団公然猥褻地獄絵図が広がっているのだった。
「うおおう……これは何というか……最早芸術的ですらあるな」
「いや普通に考えてドン引きでしょう」
「まあここまでの数相手にしたことはなかったからねー……流石に私もくたびれたというか、それにしてもきみきみ凄いね、まさかクオーレで傷を回復させちゃうなんて」
「想像が何処まで反映されるか不安ではあったけどな、しかしまあこの僕の潜在値であれば一ヶ所程度の傷なら可能なんじゃないかという見込みはあった」
それでもボロボロである事に変わりはないのだが、クオーレもほぼ枯渇してしまった。
「にしても、一人でこれだけの数を倒してしまうとは、効果は絶大か長峡?」
「さあ? そうだったらいいかもしれないわね」
「――へっ、よく言うぜ」
「あれ……? そういえば出来島とかいう人の身体は――」
「そういえば――って柴島君! 後ろ!」
その言葉を聞いて振り向くとそこにはツヴァイハンダーを今にも振り下ろそうとせん出来島の姿があるのだった。
「慢心し過ぎたナ柴島ァ! これで終わりダ!」
それを見て慌てて武器を構える箕面だったが、僕はそれをゆっくりと静止する。
「心配するな、長峡、箕面、こいつはもう終わりだ」
「え――?」
「馬鹿ガ、何を言っテ――――ル……?」
殆ど完璧に再生しきっていた筈の出来島の身体が、みるみる内に崩れていく、振り下ろそうとしていたツヴァイハンダーも分解されていき、身動きを取れずに、地に足を着ける。
「なっ、そっ、そんな……! どっ、どうして……!? 何をした柴島!」
「何って、お前の核にワクチンを流し込んだだけの話だろう」
「ふざけるな! お前は俺様の核の位置を分かっていなかっただろ! だからこそこの俺様の胴体をバラバラにしたんじゃないのか!」
「ああ、確かに核の位置をバラバラにする為にした、全身にはないことを確認する為にな」
「!!」
「まさかそれって……」
「スコープで身体を確認した際に核が無いということは、つまりそれ以外の場所にあるということだ、しかし核をその身体から引き離すことは不可能、となれば残るは一つ――」
「そっか、ツヴァイハンダー自体を核から生成していたんだ……」
「そういうことだ、だからお前の身体を切り刻んだ際に、ツヴァイハンダーの柄の方にも僅かな切り込みを入れ、そこからワクチンを流し込んでおいた、ジャベリンの方は時間が経つと消滅していたからな、成功する確率は高いと踏んでいた」
「く、くそ……こんな、こんな所で俺様が……」
「諦めろ、元よりお前の計画はリスクが高すぎた、そして何より想いの方向性を見誤ったことが根源の敗因でもある、お前がかつてのように真に想う者を間違えていなければ、恐らくは僕はお前に協力をしていたし、より確実性を求めた計画を作り上げていたことだろう」
「ふざけるな……俺様は絶対に認めんぞ……オタクは死するとも自由はっ――!?」
刹那。乾いた音がオタロード中にこだまする。
すると、力が失われても尚起き上がろうとした出来島の身体に一つの穴が空くのだった。
「死……せ……ず――」
留めを刺されたとそう言うに相応しい形で、彼はその場に突っ伏す。
「? ……なんだ?」
「はーい、撃ち方始めー」
そして畳み掛けるようにして長峡とも箕面とも大桐とも違う、女の声が聞こえたかと思うと、銃声に近い音が一斉に何発も反響し続け、残り僅かとなっていたオタクゾンビを、次々と容赦なく撃ち落としいていることに気づく。
「しまった……! STDTに気づかれてしまったか!」
「うーん、ちょっと違うかな、そんな一時的な脅威とは全く別物だよ、はい撃ち方止め」
「あ――――」
その言葉と箕面の反応に引っ張れるようにして後ろ振り向くと――
そこでようやく、事態の深刻さを理解する。
「おっ、お前は――」
「はーいどうも、内閣総理大臣の弥刀柚月(みとゆずき)でーす」
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