砂漠の矛作戦 Ⅳ

「――ア?」

「だが断る、の方が良かったか? 一々お前の宿敵らしい台詞を最後まで聞いてやる義理はないということだよ出来島、ここでわざわざ迷うフリをするのも時間の無駄だろう? それなら僕達が愛してやまないドルマスの推しメンについて語った方がまだ有意義な時間を過ごせるに違いないと思うぞ?」


「――クッ、クハッ、クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 出来島はその言葉に昔と変わらぬ実に大袈裟で不快極まりない笑い方をすると、これまたウザさ満載の笑顔で僕の方を見直し、言葉を発する。

「どうやら俺様達はどう足掻いてモあの頃のようにぶつかり合うしかないようだナ! だがそれでいイ、それが実にいいゾ柴島ァ!!」

「――ま、そういう事だ、長峡、箕面、周りの雑魚は頼んだぞ」

「当然でしょ、もしそこであの男の元に下っていたら、あなたを信じようと思った私を死ぬまで恥じていた所……よッ!」

「はいはいーい、出来る限り足止めはさせてもらいますよっと!」

 二人はそう言い残すと即座に左右へと散っていき、軍隊アリの如く溢れかえったキモオタゾンビの群れへと飛び込んでいく。

 そして――僕と出来島は真正面に対峙する。

 周囲はみるみる内に混沌の様相を帯びていくというのに、ここだけがまるで時間が止まったかのように、静かな空間が流れていく。

「こうなってしまった以上STDTの――いや、政府の介入は時間の問題だろうな、だがそれもまたお前の計算の内なのだろ? 出来島」

「俺様達は元より民間人を人質にするつもりはなかったからナ、非道さを見せればその時点でこちら側が不利になるのは言うまでもなイ、だが人質に取るのが政府側の人間であれば話は別だ、制圧を図ろうとするSTDTを返り討ちにシ、その場でオストの協力を介して全国ネットを通じて政府の行った行為を全国へ発信させるそれで奴らは終わりダ」

「あくまで自分達が既にゾンビ化していることは隠した上で、か、お前達は元の人間の姿に戻れるものな、自分達は正義の存在であるという体裁はギリギリのラインで保たれる」

「まア、こんなことを今更話してモ――お前はここで沈むんだがナ!」

「!!」

 その瞬間、出来島が猛スピードで僕の方へと突っ込んでくる、そのスピードはオセロ野郎ほど速くはないものの、避けるだけの余裕は全くなく、僕は反射的に笹貫・改を防御を取るためだけに正面へと構える。

 そしてコンマ数秒後には、出来島のスピードを保ったまま振り下ろされたツヴァイハンダーの強烈な斬撃が笹貫・改を通じて全身へと波動のように襲いかかり、全身にとてつもない痺れが走ったと同時に地面が数十センチ程陥没する。

「くっ……凄まじいな……まるで鈍器で殴られたみたいだ」

「フン、妄想上の戦闘経験がそのまま反映されるのはお前も俺様も変わらないようだナ、しかし根本的な身体能力に関してはこの俺様の方が上のようダ」

「ど、どうかな……今のはお前が不意打ちをかましたから対応に遅れただけに過ぎん……真正面から打ち合えば僕の方が上かもしれんぞ……?」

「けっ、まだ女声で戯言をいう元気はあるようだナ」

 とは言うものの……まさかたった一太刀でここまで力量差があるとは思ってもみなかった、これは僕も相当本腰を入れてやらないと一瞬の油断が命取りになるな……。

「ふっ!」

 そうして僕は改めて気合を入れ直すと出来島の攻撃を剥がし間合いを取る。

「言っておくガ過去のお前の戦闘データは全て入手済みダ、遠距離からの攻撃も可能ということは分かっているゾ、力を使いすぎればその装備が壊れることもナ」

「伊達に僕達を泳がせていた訳ではないってことか……」

「千島(ちしま)では無理だったようだガ、その防具もこの俺様なら確実に貫けるだろウ、つまらない小細工を仕掛けるようでは勝てんゾ?」

「どうやらそのようだな……ならこちらも本気で行かせてらおうか!」

 そう言って今度は僕の方から奴に向かって飛び出していく、スピードは決して速い訳ではないがそれでもクオーレをより足へと持って行くと通常の何倍ものスピードで加速していく。

 そしてそのまま出来島の懐へと飛び込むと右斜め下から斬撃を繰り出す――

「甘いナ」

 ――が、その一閃は寸前の所で奴が身体を仰け反らせながら一歩下がったことにより躱されてしまう、なんという超人的な反射神経――と思いはしたが奴の体勢が仰向けになってしまっているということは足元がお留守になっているということ、僕は斬りつける際に軸足にした左足に力を更に加えてみせると、その勢いのまま出来島の右足を思いっきり蹴り飛ばし、体勢を完全に崩させてみせる。

「なっ、なニッ……!」

 そしてその一瞬を見計らってスコープを起動させ、奴の核の位置を探りに入る――


「ふっ、瞬発的な勝負であればやはり僕の方に分があった――な?」


 ――はずだった。

 いや、ここまでの動きに全く問題はなかった、寧ろこの僕のチート能力と完璧な頭脳によって自分でも怖くなるぐらい無駄のない闘いが出来たとさえ、思っていた。


 だが、その身体をどれだけ見回しても、奴の核が見つからなかったことを除けば。


「おいおイ、唖然としている暇がお前にあるのカ?」

「しまっ――」

 無論、ほんの僅かな動揺を見逃さなかった出来島は仰向けに倒れてしまいそうになる己の身体を左足一本で支えて見せると、崩された右足で思いっきり僕の腹を蹴り上げる。

「がっ――――」

 そして無様にも僕は空中へと打ち上げられてしまうと、数メートル先の地面へと強く叩きつけられてしまうのだった。

「柴島君! くっ――」

 その姿に思わず長峡が声を上げるが、あまりに多くのキモオタゾンビの前に、彼女もまた、一切の余裕を持ち合わせてはいない。

「グハッ……! 長峡! お前は僕の事など気にせず自分に集中しろ!」

「お前もヒロインちゃんを気にかけている暇はないがナ!」

「――! くそっ!」

 畳み掛けるようにして振り下ろされる攻撃を僕は寸前の所で避けると、今度は間合い取らずに至近距離で刀と大剣を何度もぶつけ合う。

「妄想通りの剣技を投影出来ていることは褒めてやるガ、やはり威力の差が歴然だナ」

「はっ――はっ――」

 こんな男にこんなことを言われるのは屈辱でしかないが、しかしツヴァイハンダーを片手で、しかも小刀でも扱うかのようなスピードで振り回されてはこちらとしてはたまったものではない、この手の相手をシミュレートしたことが無いという訳ではないが、その勝利方法は大体相手の不意を突いた攻撃ばかりである、真正面からではあまりに分が悪い。

 しかもこの男の場合、この僕がどうやった戦術を取ろうとしているのかが付き合いがあった故に読まれてしまっている、それはお互い様かもしれないが、スペック差がこうもあってはその内やられるのは間違いなく僕である。

 そもそもこいつの核は一体何処にあるというのだ? もし核の位置までもコントロールしてしまえるのであればそれを隠してしまえるのは容易であろう。

 ああくそ、この僕がまさかここまで追いやられるとは……。

「――お前には多大なる期待をしていたんだガ、ここまで落ちぶれるとはナ」

「何――?」

「お前は俺様のことを突っ走り過ぎだと言ったガ、その先で何もしていなかった訳じゃなイ、常に二次元世界を解放させる為にやれることは何でもしてきタ、だがツヴァイヴェルターの上に立つ者共はどいつもこいつも企業の支援に胡座をかキ、既存の創作物が無尽蔵に集まる状況に満足シ、一丁前に声だけを大きく張り上ゲ、それ以上のことは何もしてこなかっタ!」

 素早く斬りつけてくる斬撃を寸前の所で受け止めるが、身体が持って行かれそうになる。

「――っ、だが……お前もその恩恵を授かっていたんだろう?」

「そこを否定するつもはなイ、だがそれでは強固に締め付けを図る政府に対して何一つの効果は生み出さなイ! ――だガ、政府の行ったバイオハザードが転機となリ、ただの生ける屍とならなかったこの俺様にまたとないチャンスが巡ってきタ!」

 出来島に何とかダメージを与えようと近距離から間合いを空け、クオーレを込めた斬撃を中距離から繰り出してみるが、想定済みと言わんばかりにその攻撃は躱される。

「だからこソ! 政府を打倒する為に何としてもこの機を逃してはならんのダ! その為に突っ走る事の何が悪いイ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 出来島が縦一閃に振り下ろした斬撃を、僕は何とか後ろへと避けてみせたのだったが、ツヴァイハンダーが貫いた地面から大きな煙が舞い上がってしまう。

「しまった――――」

 そう、脳内シュミュレーションにおいて一番最悪の展開になってしまったと認知した時には既に遅し――感じたこともない強烈な痛みが右肩へと走り出す。

「あっ、がああああああああああああッ……!」

 何一つ受け身を取れることなく僕は地面へと叩きつけられると右肩に細長い槍がしっかりと奥まで突き刺さっていたのだった。

「はぁ……はぁ……クソッ、ジャベリンか……そういえばお前、両利きだったな……」

「通常自我を持ったゾンビでも武器を生成するのは精々一本が限界だガ……この俺様程の強い意思を持った者であれば二つであれば武器の生成は造作も無イ」

 土煙を割って入るようにして、出来島が姿を現す。

「はッ……強い意志……ね……」

「そうダ、だからこそ俺様はオストとの積極的な情報交換を図り、短期間でここまでやり遂げて見せタ、前任の、まともに思考も出来ないゾンビと化したクズ共では決して出来なかったろウ! お前モ、柴島もそいつらとまるで変わらないんじゃないのカ?」

「……何を言い出すかと思えば……」

「お前も機待ったと言いながら偶然零れ落ちてきたコンフィーネという甘い汁を吸って、満足しているだけなのだろウ! 願っても一生なれることのない男の娘に変身シ、自分より遥かに弱いゾンビを倒すことだけに満足しているんじゃないカ!? いくら慎重に歩を進めても、それに伴う結果を昇華させられなければ意味などないゾ柴島!!」

「…………」

「自由ヲ、何にも縛られること無く表現することを許される場をこの手で取り戻したくはないカ? 同人を買い漁り、眠い目を擦りながら深夜アニメを楽しんだあの場所をもう一度この手にしたいとは思わないのカ? お前はそんなことモ――」


「勘違いをするな出来島」

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