砂漠の矛作戦 Ⅲ

「えーこっち~! 心配したんだからね、も~」

「箕面先輩大袈裟ですよ、ちょっとそこら辺を散歩していただけですから」

「だとしてもこんな夜に連絡も無しに勝手に出てっちゃ、めっ! この時代どんな変質者がうろうろしているか分からないんだから――」

「すいません、ご心配をお掛けして――」

 コンフィーネの施設に戻った僕達は、心配をしてそこら中を探し回っていたらしい箕面に長峡が襲われるような形で出迎えを受けたのだった。

 しかしまあ、あの体格差だと本当に襲っている見えなくもないな……悪くはない。

「公晴君、本当にお疲れ様、よく見つけて来てくれたわ」

「……よく言うぜ、最初からここまで想定した上で探しにいかせた癖に」

「さあ? 何のことかしら……?」

「とぼけても無駄だ、その気になればお前達の監視システムを使って長峡が何処にいるかぐらいすぐに分かっただろ、しかも僕が先に見つけると分かった上で送り出しただろ」

「仮にそうだとしても、結果的に問題は解決したでしょう?」

「ちっ、お前が首相の側近だったっていうのが今ならよく分かるぜ」

「まあこの御礼はいつかちゃんと返すから、それよりも今は――」

 小さな声で話していた大桐が声を大きくして話し直す。


「公晴君、あのツヴァイヴェルターと話していたこと、詳しく説明して貰うわよ」


「ああ、あのオセロ野郎のことか……そうだな、コンフィーネにとっても非常に重要な局面になるのは避けられそうにないからな」

 僕は、今置かれている状況について、三人に話をした。

「成る程……その出来島という男が、あなたの元友人であり、そして現グローセンハンクのボスとしてゾンビ化したツヴァイヴェルターを仕切っているのね」

「そして柴島君を引き入れようとしたけれど失敗、恐らくその事実を知っているその出来島という人は、次に思い切った行動に出る可能性が高いと」

「それってやっぱり、国民を人質に取るっていうことなのかな?」

「可能性として無くはないだろうな、ただでさえレジスタンスの存在はメディアのコントロールによって日に日に悪くなっている、ここまでくればもういくら悪くなっても関係ないと思っているかもしれん、問題はそこまでのリスク掛ける意味があるかどうかだな」

「政府がグローセンハンクに行った行為を証明出来れば脅しの材料にはなるのでは?」

「それを容易している可能性か……そういえばあのオセロ野郎は関東のレジスタンスと頻繁に連絡を取り合っていると言っていたな」

「えっ? でも日本橋に存在しているネットワーク網は完璧に遮断されている筈よ、オストと連絡を取り合うなんて不可能に近いと思うのだけれど」

「自我を持ったゾンビの多くは人間の姿に一時的に戻れるのだ、ならあのオセロ野郎のように監視を掻い潜って外へと抜け出し、連絡を取り合うのはさして難しいことじゃない」

「そっか、じゃあグローセンハンクは外の情報も知っているんだね」

「そう考えるのが妥当だろうな、つまり情報の差は殆ど無いと考えるべきだ――仮に関東のレジスタンスによってアパシーにおける機密情報が抜かれているようなことが起きていたとすれば、最悪の事態はすぐそこにまで迫っていると考えてもいい」

「グローセンハンクか、政府か、コンフィーネか、何処がいち早く動くかによって全ての状況は変わってくる、そういうことになるのね」

「公晴君、あなたなら彼はどうすると思うかしら」

「……そうだな、奴は性格上かなり負けず嫌いな所がある、一つのヒロインの行動を巡って一晩中議論を交わしたこともあるぐらいだしな、それでいて重度のロリコンでもある、救いようもないぐらいのな」

「いや彼の性癖を聞いているのではなくて……」

「要するに奴は非常に深い二次元愛を持つ男だ、一連の推論が事実である確率は大いに高いだろう、そして奴であればそれを確実に成し遂げる自信を持ち合わせている」


「決まりね、明日の明朝、グローセンハンクの本拠地に攻め込むわ! 何としても奴らの計画は阻止しないといけない! 公晴君! みゆき! 影子! いいわね!」


「ああ」「りょーかいです!」「分かったわ」


「その為にもこの施設全体でこの三人のバックアップを徹底的に行うわよ! 今夜は確実に徹夜になるから気合入れて行きなさい!!」


 その彼女の言葉で施設中にいた人間の大きな歓声が上がる。

 一瞬にして気合十分、決戦が始まるのだと認識させるには十二分ですらあった。


       ◯


 時刻は午前五時、既に空は白んでいた。

 まだポツポツと始発電車が動き始める時間帯に勿論人は殆どおらず、しかしあの時僕が長峡の後を追いかけた時とまるで変わらない日本橋の風景がそこにはあった。

 雑居ビルの一角の屋上に集まった僕達はそこから日本橋の中を覗こうとする。

 しかし日本橋を囲むようにして建設された高い塀によって全く中を見ることは出来ない、飛行機やヘリコプター、ドローンでさえもこの日本橋エリア周辺を通過することは一切許可されておらず、望遠鏡等を使って日本橋を一望することが可能となり得る高層ビルも、全て政府側によって厳重な規制が引かれている。

 普通であれば誰も除くことは出来ぬ未知の世界、仮にSTDTの監視を欺き潜入成功したとしても、そのフリージャーナリストは二度と帰ってくることはないだろう。

「……さて、首尾の方はどうだ大桐」

『今の所問題はないわ、寧ろ静か過ぎて不気味なぐらいね』

「そういう時って大体はフラグだったりするよねー」

「全く油断をする必要はないということね」

『なるべく人目にもゾンビ目にも付かないようを移動してもらう為に最初の壁を乗り越えて貰ったら後はエスカに入っている地図データを元に動いて頂戴、そうしたら予定通りボスがいると思われるアジトに辿り着ける筈よ』

「出来島との戦闘は免れられないと思うのだが、今更こそこそ動く必要があるのか?」

『元々私達が実践への投入をする時も可能な限りSTDTの目には付かないようにしているのよ、公晴君の時はあなたを日本橋へ入れるために色々とリスクを取ってしまったけれど』

「つまり僕のエロゲーは犠牲は無駄な犠牲となっていたということか……」

『え? い、いや、それはまあ……』

「まあいい、今はその事については言及を避けておいてやろう……闘いは目前にせまっているのだからな、いくぞ! 長峡! 箕面!」


「コード・インバート、パブリック・サン」

『Anerkennung』

「コード・インバート、シャドウ・チャイルド」

『Anerkennung』

「コード・インバート、ピュア・スノウ」

『Anerkennung』


 もしこのシーンが映像として見れるとしたら、確実に画面は三分割された上で纏めて三人の変身シーンが見れたことだろう。

 そして三人揃って完璧な決めポーズをした所で、変身を終える。

『因みに貴方達のエスカは全てグレードアップ済みよ、主にクオーレとの親和性を向上させて、装備の強化や機動力といった部分をスムーズに行えるようにしているから、よりイメージ通りの感覚で闘えるようになると思うわ』

「それは助かりますなあ、今までだと結構意識しないと闘い辛い部分があったからねー」

『特に公晴君のプロトタイプは耐久性を限界まで底上げさせているから、ちょっとやそっとじゃ装備が解けて全裸になるということはないでしょうね』

「そりゃ助かる、女が全裸になるのは永遠の需要が存在するが、男がやるのは誰も得せんからな、まあそれより闘いに支障が起きないということが何よりだが」

『まあそういう需要もあるにはあるけれどね』

「それで僕が喜ぶと思ったら大間違いだからな」

「何にしても、出来る限り短時間で仕留める事に越したことは無さそうね」

「手筈通り僕は出来島との一騎打ちに備えて出来る限りの戦闘は避ける、箕面は雑魚ゾンビプラス、多少手強い相手が出てきた時の対処、そして長峡は――」

「可能な限りの調整は行ったけれど、現状はまだ雑魚を相手にするのが精一杯でしょうね」

「それでも前よりは数値が向上しているのだろ、それなら問題ない」

『みんな、後は頼んだわよ――』


「――それじゃあいっちょ、かましてやるとしようか」


       ◯


 辿り着いた場所は案の定オタロードであった。

 しかしあの時とは違いあれだけ周囲を跳梁跋扈していたゾンビの姿は何処にもおらず、不気味と表現するのが一番ふさわしい、そんな空気感が漂っていた。

「予想通りというか、ここまであからさまに姿がないとはな、おい大桐、ゾンビ共の大体の位置は把握出来ないのか」

『それが……レーダーに全く反応がないのよ、一体も』

「もしかしてー……もう総攻撃に出て行ってしまったとか?」

「それはないとは思うが……反応がないというのは変だな、もしかして奴ら――」


「ご想像の通りだよ、柴島」


 聞き覚えのある声が鼓膜へと触れた瞬間、僕達は一斉に振り返る。

 短髪の僕とは対照的に、肩まで長く伸びた髪型に、迷彩柄のパーカーのチャックは一番上まで上げられ、穿き潰したジーンズは完全によれきっている。

 そしてあの顔で煽られたら思わず手が出そうになる、切れ長の目。

 まさく僕の前から姿を消した時と全く変わらぬ姿をした男が、そこには立っていた。


「出来島……」

「久しいな、まあそうは言ってもまだ数ヶ月ぐらいしか経っていないのか? まあ何にしても男の娘として生きることに目覚めるなんてお前も隅に置けないじゃないか」

「コンフィーネの存在ぐらい分かっていた癖に何を、そういうお前こそゾンビ王国のキングを務めているなんて聞いていなかったぞ、ラインぐらい送れよ」

「冗談はよせ、俺様もお前も、ラインをダウンロードするだけの友達がいないだろ」

「ああそうだったな、それにお前はガラケーだったか」

「ガラケーでもラインは出来るけどな」

「そういう問題なのかしら……」

「それで、そこにいるおダブルヒロインがお前のハーレム所帯ってことか? おいおいいくら二次元に触れ合う機会が極端に制御されてしまったからって現実に手を染めるなんて、お前いつの間にそんなリア充の素質を持ち合わせたんだよ」

 そう言って睨むような目で見られたことが怖い、というよりは気持ち悪いと思ったのか、明らかに軽蔑な眼差しを出来島へと向けながら長峡と箕面は僕の後ろに隠れる。

「止めとけ、あの男にそんな眼差しを送っても興奮するだけだ」

「あー悪いね、俺様って柴島よりリアルのおにゃのこには許容がある方でさ、それでいて冷たい目とか罵倒されるのとかたまんないんだよね、ついでに寝取られとかも全然オッケーな人間だからどうぞ宜しく、ま、彼女いない歴イコール年齢なんだけどね」

「……類は友を呼ぶと言うのはまさにこの事なのね」

「だねー……」

「おい待て、僕はそういう癖は持ち合わせてねえぞ」

 そして出来島を侮蔑するならまだしも、何故僕を介して侮蔑する。

「いやー全く全く……俺様と柴島は同じ道を歩んでいたと思って傷んだがなあ、いやそれどころか俺様の方が先に進んでいるとさえ思っていたつもりだったんだが……この境遇を見る限り、どう考えてもお前の方が先に行っちゃってるよなあ……なんでだろうなあ……」

「お前は昔から突っ走り過ぎなんだ、ゲーム一つ取ってもそう、じっくり確実性を持って攻める僕に対して、お前は多少のリスクを背負ってでも最短でのクリアを重視する、確かに誰よりも先に進むことは、未開の地を開拓していくことは、後からその道を歩む者にこれ以上ない感謝をされ、崇められることだろう」

「ああ、それが醍醐味だからな、そして強さを発揮する最大の手段でもある」

「そうだな、確かにお前は強い、だが仮に辿り着くゴール場所が同じだったとした時、先にゴールに着いてしまった奴と、それなりの時間をかけて、お前が辿った以外の道も模索しながらゴールに着いた人間とは、どちらの方がスペックは高いだろうな」

「…………」

「悪く言えばお前は焦りすぎなんだ、これは短距離走をしているんじゃない、他の可能性を吟味せず今ある最大の着地点へと駆け込んだお前の負けだ」

「おいおい……俺様は先に行かれたとは言ったが、負けたとは一言も言っていないぞ? まだ勝敗に対しての結果は一つも出ていない――それにな、柴島、俺様は政府のしたことは一切許していないが、実は感謝もしているんだ」

「感謝だと?」

「ああ、学校をサボって政府に反対運動を繰り返しながら、毎日のように二次元にのめり込んでいられたからな、これ程までに至福の時はなかったよ、それは時を待ち続けたお前には一切味わえなかったことだろう、少量しかない既存のモノで満たすしかなかったからなあ?」

「それに対しては反論するつもりはない、言う通りレジスタンスの一員に加わっていれば至福の時間は間違いなく確保されていただろうしな」

 だが所詮それは一時の夢にしか過ぎん、目先の欲に囚われて生きていては長期的な幸福には繋がらん、だからお前は駄目なのだ。

「ま、柴島のことだ、二次元世界に到達することが夢であるお前であれば、そんなものは何一つとして羨ましいとは思わないだろう、しかしな――――」

 その言葉を口にした時、出来島に漂っていた雰囲気が一変したように感じる。


「そんな余裕を以ってしてもこの俺様は圧倒的な力を手にしたんだヨ……!」


 途端にして、出来島の身体が変化したかと思うと元のサイズの二倍ぐらいの大きさとなり、あれ程ナヨナヨだった身体から、ボディビルダー並の筋肉が全身に渡って膨れ上がる。

 だが今までのゾンビとは違い、出来島のその風貌は何処か気品漂う風貌が見て取れ、如何に奴が自身のゾンビ化をコントロール出来ているのかが、はっきりと見て取れた。

 成る程……そして右手に握られる大剣はツヴァイハンダーという訳か。

「きみきみ……ついでに周りも相当ヤバいことになってるよ」

 箕面の言葉に促されてその周囲に目をやると、先程までまるで反応の無かった筈のキモオタゾンビ共が、いつの間にかゆうに数百という数で僕達を囲っているのであった。

「……柴島君、生野先生との通信が完全に途絶えてしまっているわ」

「関東のレジスタンスと結託して電波妨害をやってみせたようだな……どうやらお相手さんには相当優秀なハッカーが在駐しているようだ」

「柴島、最後にもう一度だけ訊いてやろうカ、俺様と一緒ニ――」


「お断りだ」

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