砂漠の矛作戦 Ⅱ

 そんなこと全く気付かなかった、いやつい最近まで碌な会話をしていなかったのだからそんなこと当たり前なのかもしれないが、しかしそう言われてみて改めて思い返すと彼女の行動には全てではなくとも僕に関連したものがあったのかもしれない。

 出会う前も、出会った後も。

「でも難しいものね、柴島君のような人間になろうと思っても、それを実行に移せるだけの誇りや愛を私は持ち合わせていないから――気付けば時間だけが過ぎていって、周囲によって作られたレッテルで私という人間はいつのまにか形成されてしまっていたわ」

 何か言葉を紡ぎ出したいのだがここまでストレートに自分に憧れていたなどと言われてしまうとむず痒さが凄まじくて何も言うことが出来ない、嬉しいとかそういうのではなくただひたすらに恥ずかしいのである、自分では平静を装っているつもりではあるがもしかしたら今僕はとんでもなく気持ち悪い顔になっているかもしれない。

 それ程までの破壊力……ッ! 告白された時のシュミュレーションは幾度と無く繰り返してきたが憧れの対象と見られた時の対処など精々手強い敵を討ち取った大衆相手ぐらいにしかしていない……一対一で、しかも女相手など想定している筈もない。

 だがそんな僕の動揺も虚しく、長峡はそれでもなお話を続ける。

「でもそんな矢先に法律が施行されて、柴島君のような人はあまりに生き辛い世の中が出来てしまって、果ては反政府を掲げて学校を自主的に辞めてしまう子も出てきてしまう程の社会問題となって――あなたもその内にツヴァイヴェルターの一員となるものだと思っていたわ」

「まあ……オタクであればデモに参加して当然というぐらいの風潮はあったからな」

「でも、あなたは違った、まるで何かを虎視眈々と待っているような目をずっとしていて、ツヴァイヴェルターではない、自分に相応しい事態が必ず訪れるとそんな目をしていたわ」

 そんな目していたつもりは微塵もなかったのだが、ずっと僕を見ていたからこそ分かるものでもあったのだろう、自分でいうのも恥ずかしいものがあるが。

「だからこそ、生野先生にコンフィーネに誘われた時は巡り合わせを感じたの、柴島君という人間により近づけるかもしれないと思ったし、何より想っているものが誰よりも強いのに何も出来ずに燻っていたあなたに、何かしてあげられるかもしれないと思った」

 だから平静にそんなことを言うな――って。

「お前が告白の対象に僕を選んだのって――」

「私自信がリッターとして上手くいかなかったから生野先生に手段の一つとして恋愛を勧められたのは事実よ、ただ『そこら辺にいる男子生徒よりマシだと思ったから』というのは嘘よ、あなたに対してそんなこと思ったことは一度もないわ、ただ思い浮かぶ対象が柴島君しかいなくて……結果的に色々とややこしいことをしてしまって、ごめんなさい」

「いや……別に謝るようなことでもないだろう、結果論ありきではあるが」

「私ちゃんとしたことを自分の口から言うのが苦手というか、どうすれば正しく伝えられるかがよく分からないの、だからここに来てくれたのが柴島君でよかったわ、星を見ながらだとそれなりのことは伝えられたような気がしたから」

「……………………そうか」

 つまり要点を纏めると昔から何でも出来てしまえる長峡は、いつしかそれが趣味、娯楽という対象においても『こなせるか、こなせないか』という扱いになってしまい、気付けば自分が本当に好きな物事は何なのか分からなくなってしまった、それが彼女のクオーレを発現出来ない根幹の理由になっていると。

 そんな中で堂々と誇りを持って二次元への愛を語るこの僕を見て、憧れを抱いたが結局何も出来ずにいてしまっていると、大桐によって立ち上げられたコンフィーネに誘われたたことをきっかけに、己の好きを見つけようと、そして僕の手助けになるようなことしようとしていたが――前者は未だ見つからない、後者は結果的に成功したようなものだが……。


 とは言うものの、要は自覚をしていないということが全てだからな……。


 ふうむ、さてどうしたものか――

「柴島君、やっぱり私はこれ以上コンフィーネの一員として闘うべきではないと思うの」

「――は? 何でだよ」

「いくら潜在能力があると言っても、このままいけば何一つそれを開眼させられないだろうし、私では戦力にはなりようがないわ――雑魚のゾンビすらロクに倒せない哀れな女、今時モブでもそれなりに雑魚相手には無双する時代なのに」

「いやそんなモブ戦線に異常アリみたいな時代は今も昔も無いと思うが」

「どの道ありとあらゆる手を尽くしてどうにもならなかったのだから今更どうにもならないわ――箕面先輩や生野先生、その他モブの人達には申し訳ないけれど」

「面識が少ないからってコンフィーネで働く人をモブとか言うな」

「ただ――コンフィーネを通して、柴島君とお話が出来たこと、そして何より偶然ではあったけれどあなたが政府やツヴァイヴェルターに脅威をもたらすような存在になったことだけは本当に良かったと思っているわ……」


「ふぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 僕はそんな彼女の完全に諦観してしまった言葉を聞き終えると、吹奏楽部顔負けの腹式呼吸からの力強い息を吐いてみせながら、そのまま起き上がる。

「えっ、くっ、柴島君……?」

「大事なことを教えてやる長峡、いいか、お前は根本的に勘違いをしているのだ。何でも出来てしまうからどんな物事においても好きになれないと言うが、それは大いに違う」

「いや、でも現に私は――」

「簡潔に言ってそれはお前が『興味を持っていない』だけのことなのだ、なまじ他の奴よりそれが出来るせいで錯覚を起こしているのかもしれないが、単純にお前が今までこなしてきた物事は『好きではない』そこにそれ以上も以下も存在し得ない」

「そ、そんな――」

「そもそも考えてもみろ、どんな分野にだってそれを追求し続ける人間がいるのだ、そしてその殆どの人間がそれを『愛している』からに追い求めているに他ならない、どうだ? 果たしてお前はその境界にまで辿り着いた上で『こなせるから好きになれない』と言っているか? 言っていないだろう、登山で言えば精々八合目に来た所で『この程度か』と言って下山しているに過ぎないんだお前は、その山を登頂し、そして次の山を目指すようなことをしていない、つまり好きじゃないんだ」

 やらずに好きではないと言っているのなら問題外だが、あくまで彼女はやった上で、なのだ、それならまだ、救いようはある。

「なら、趣味や嗜好まで好きになれないのはどういうことなの?」

「無意識の内にそう思い込んで、好きになってみようと思うことを無理矢理セーブしてしまっているんだろ、言うなれば経験則がそう言わせてしまっているに過ぎない」

「け、けれどそうだとしたら私は……いくら意識的に改善しようとしても、本能がそれを拒否しているならどうにもならない、結局私は闘うことなんて――」

「確かに、お前は想像以上に面倒くさい女ではある、効率性を考えれば普通なら即切り捨てられていたとしてもそれが当然と言ってもいいぐらいだ」

「面倒くさい女……」

「そもそも僕や箕面であれば己の居場所を取り戻したいという絶対的な理由が存在している、それがクオーレに直結しているのだから、強くて当たり前ではあるのだ、だが長峡にはそれがない、最早二重苦どころか何十の苦があるってレベルだろう」

「今までの恨みを晴らすかのようにフルボッコにしてくるわね……」


「だが、お前には何もない訳じゃない」


「……? 何を言って、どう考えても何も残っていないじゃない、仮にあったとしてもそれを見つけるのはあまりに途方も無い作業なのよ、そんな時間はもう――」


「お前は僕をクオーレにして、戦えばいい」


「………………………………は?」

「いや、は? じゃなくて、今の滅茶苦茶決まってだろ」

「いや、全然決まってないけれど、寧ろちょっと気持ち悪かったのだけれど」

「なんでやねん! お前は僕に憧れると言ってただろうが!」

「憧れているということに嘘はないけれど……好きかと言われるとやっぱりあれだけのデートをした所で結果は揺れ動かなかったのだし、難しいというか……」

 そもそもあの程度で私が堕ちていると思われていることが心外、と付け加える長峡。

 もしこいつの謎の上から目線が僕のせいだとしたら、たまったもんじゃないな……。

「と、兎も角その恋愛としての関係から離れろ、僕は誰も好きになれと言ってるんじゃない、何も人を想うということは好きだけじゃないだろ、単純に友達として想うこともあれば、尊敬の対象として想うこともある、つまりクオーレを生み出すのであればその形は好きでなければならない必要はない単純に好きが一番効力を発揮しやすいというだけに過ぎない」

「それは……そう言われるとそうかもしれないわね」

「ならお前の心の中で強く印象付けられているこの柴島公晴という人間を強く意識して闘えばいい、今まで好きという感情で何も出来ないのであればそういうアプローチをしてみても構わないだろう、今更何が好きかを探すよりは何百倍も可能性はある」

「柴島君…………」

 それまでずっと仰向けに寝転んでいた長峡がゆっくりと起き上がり――そうして僕らは見つめ合ったような形になる。


「だからまあ、とりあえず僕を信じてついて来い」


「それ、自分で言っていて恥ずかしくないの?」

「何を言っている、恥ずかしい理由がないな、何しろ僕は将来的に二次元で生きる予定の男だぞ? そうなれば決め台詞ぐらい日常的に発せられるような人間でないと主人公ポジションとしてやっている務まる訳がない」

「つまり、そういう台詞も頭の中でシュミュレーション済み、ということなのかしら?」

「当たり前だ、少なくともパターンを変えて百回はしている」


「そう――なら柴島君のこと、信じてもいいかもしれないわね」


「ああ、もしこの僕でさえクオーレの対象とならないと思ってしまった時は、その時は適当にぶん投げて普通に今まで通り生きていけばいい、それで誰が責めるわけでもない」

「分かったわ、柴島君――ありがとう」

「感謝されるようなことは何もしてない、いい加減戻るとしよう」

「ふふっ、そうね」

 そう言った彼女は少し笑ったようにも見えたが、相変わらずの無表情にそれを判断する術はどこにも存在し得ない。

 ただ、どこか柔和な感じになったような気がしないでもない。

「…………」


 ――まあ、これで一先ずは良しとしよう、はっきり言って現実の女の悩みを解決するなど僕からすれば全く以て得といえるような要素はないのだが、どんな形でも僕に対して想いを持つ人間を無碍にあしらうほど安っぽい人間に育った覚えもない。

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