第4章

砂漠の矛作戦 Ⅰ

「あら柴島君、もしかして私の事を探しにありとあらゆる場所を奔走しまくったのだけれど、それでも見つからなくて困り果ててしまっているとふとあの時彼女が言っていた言葉を思い出して一か八かここに来てみたといった感じなのかしら」

「いや、あの時お前が言っていた言葉が記憶の片隅にあったからとりあえず一番距離の近い学校の屋上から当たってみるかという感じで来てみたら案の定いただけの話だ」

「……どこまでもロマンがない男なのね柴島君は――」

 拍子抜けかもしれないが、実にあっさりと長峡は発見された。

 どうやら僕があのオセロ野郎との戦闘の最中に唐突に姿を消してしまったらしく、大桐が何度も連絡をしたのだが一切反応が帰ってこず、万が一のことも考えて探しに行って欲しいという大桐の要請を受けてという経緯であった。

 しかしたかだが数十分姿を消してしまっていたぐらいで行方不明になったというのは流石に無理のある話だ、便所に時間がかかるタイプということも十二分にあり得る話だし。

 まあ普段から連絡をすれば必ず返答がある長峡が完全無視状態であったということがちょっとした今回のトラブルに繋がったのだろう。

 要するに大事ではないと踏んだ僕は彼女が行きそうな場所というものを大桐から聞き出し、あの時長峡が言いかけた言葉を加味した上で屋上を狙ったというだけであった。

 なまじ長峡のことを知っている箕面は割と遠くまで探しに行ってしまったようだが。

「星か……今日は天気が良かったからまだよく見える方だな、だがこんな都会の喧騒がある場所じゃ見える数なんてたかが知れていると思うが」

「わざわざ山の方まで行こうという気にはならないから別にこれぐらいで構わないわ」

 仰向けになりながら一点に星空を眺め続けるそう呟く。

「そういうお前も全然ロマンのない女だな」

「けれど真夜中の屋上というのはシチュエーションとしてはアリでしょう」

「まあな、ギャルゲーやエロゲーにおいても王道のシチュエーションではある、こういう場所でそのヒロインという人間を知るのは定番と言ってもいいだろう」

「そう……」

「…………」

 ううむ、自分から言っておいてあれだが、あれだけ僕の発言に片っ端からボケをかましていた女がこうセンチメンタルな感じになってしまうと、何を話せばいいのか分からなくなってしまう、それは恐らく彼女という人間の情報があまりに少ないからなにかもしれないが、彼女何かに対して耽っていることだけはこの様子を見ればはっきりと分かる。

 しかしどう切り出していいか悩んでしまい、仕方なく違う方面から探りを入れる。

「お前、星空が好きだったのか?」

「好き……というものでもないかもしれないわね、ただその昔に親に連れられてプラネタリウムを見に行った時に、その途方も無い宇宙の世界を見せられて何だか心が安らぐ自分がいたことに気付いたのよ、それ以来ふとした時に星空眺めるようになったの」

「ふうん……壮大な宇宙を目の当たりにすると自分はちっぽけに思えてきて、悩むことなんて馬鹿らしくなってくるとか、そういうことか?」

「ちっぽけというより、宇宙の前には地球に存在する生物なんてどいつもこいつも等しくただの『生きている物体』でしかないと思えることに安堵しているのかもしれないわ」

「闇が深すぎるだろ、どういう思想を持ち合わせてるんだ」

 いや、それともいつものようにこいつのボケが炸裂しているだけなのか。

 ……こいつはリッターとしてのポンコツ具合を除けば色々な面で優秀なのは僕じゃなくても誰もが知りうる周知の事実、だがその内面をはっきりと知りうるものは誰もいない、たった数週間の付き合いしかない僕は当然ながら、学校の生徒も、箕面も、大桐も、コンフィーネの関係者も、下手をすれば家族でさえ本当の彼女を知っていないのかもしれない。

 それ程までに彼女という人間を垣間見ることが出来ないのだ。

 ……いや、もしかしたら誰彼もが、知ることを放棄しているのかもしれない。

「…………ん?」

 さてどうしたものかと、慣れない行動に頭を悩ませていると、長峡が寝転ぶ自分の横をぽんぽんと叩き、目線を僕の方へと送ってくる。

「腰を据えてお話しましょう柴島君、貴方とだけはちゃんと話をしたかったの」

「なんだそのあざとさ満載な行動は、言っておくが僕もう二度とリアルに魂を売りかけるような真似はしないからな、そもそもその為に今は闘っているのだから」

「別にそれは構わないわ、ただこのまま話を続けていると何だか見下しプレイをしているようで変な気持ちになってしまいかねないでしょう?」

「ならねえわ、お前マゾの素質でもあんのか」

 というかお前が立ち上がるか座るかとかいう選択肢はねえのかよ。

「いいから、早くしないとオナニーするわよ」

「直球で言うな、そしてそれは何の脅しにもなっていない」

 しかしそんな問答をしていると本当にこの女はオナニーをし兼ねない気がしたので僕は観念して彼女の横へと寝転び、同じように夜の空を見上げる。

 寝転んでみると何だかより広がったように夜空が見えた気がしたが、しかしそれでも星は真剣に数えれば全て把握しきれる数しか見当たりそうになかった。

 当然ながら僕ってちっぽけな存在なんだな、という感情も湧いてこなければ、宇宙的な規模で見れば人間などバクテリアにも満たない糞みたいな存在なのだ、というような感情もどれだけ振り絞っても湧いてくる気配は微塵もない。

 ただ人工的に作られ、結果としてそうなった夜景を見るぐらいなら、虫の声しか聞こえそうにない静かな学校の屋上で星を眺めている方が、幾分良いとは思えた。

 ああ、もしかしたら僕は二次元という世界に想いを馳せるあまり、本当は忘れてしまってはいけない何かを、何処かに忘れてきたのかもしれない。

 そんな気がするだけだが。

「柴島君、私は今から一人語りをするわね」

「お話をするんじゃなかったのか」

「まあ、そこら辺は適当に相の手を入れてくれれば問題ないわ」

「相の手じゃなくて相槌だろ、テンション高いカラオケかよ」

「私はね、昔から何でも出来る女の子だったのよ」

「突っ込み無視な上にいきなり自画自賛の導入とは恐れ入るな」

「事実だから仕方がないわ、勉強もスポーツもこれが出来れば優秀と言われるようなジャンルは小学生から常に最低でも並以上の成績を残してきたのよ」

「ふうん……まあそういう奴って昔から学年に一人か二人はいたな」

 因みに僕は昔から学力は平均よりは上はキープしてきたがスポーツ云々に関してはお世辞にもいい成績を残した記憶はない、まあ脳内シュミュレーションでは常に最強なのではあるが、如何せん根幹となるボディはもやしそのものなので身体が全く付いてこないのだ。

「自慢をするけれど中学校の頃は学年テストでは五回連続で一位を取ったことがあるし、中学統一テストでは一度だけ一位を取ったことがあるし、最近の進◯模試では総合で七位にも入ったことがあるわ、無論東大も京大もA判定よ」

「おうおう想像以上に怒涛の自慢炸裂だな」

「スポーツは高校に入ってからやらなくなったから最近の実力は流石に鈍っているでしょうけれど、中学の時はサッカーで全国優勝に導いた経験もあるわ」

「それは凄いな、でも女子のサッカー部なんて今時珍しくないか」

「そうでもないわ、競技人口は一昔前と比べればどんどん増えているし――ただまあ私は中高一貫校の女子校に通っていたから、その面は大きいかもしれないわね」

「ほう、そういうもんなのか」

 どうでもいいけどスポーツを題材にした女の子だらけの漫画やラノベってそれなりにはあるのにサッカーって全然聞かないな、かなりメジャーなスポーツなのに。

「因みに私はマエストロよ、十番を背負って変態チックなスルーパスをこれでもかというぐらいに通しまくっていたわ、半端ないでしょう」

 そのネタはサッカーファンぐらいしか知らないから止めとけ。

 ……しかしこの見た目に反して、という言い方もおかしいかもしれないが話を訊く限りは実に普通の、どころか軽く上級の青春を送っていたような気がしてならないのだが、どんなことに関してもクオーレが発現出来ないなんて到底思えない過去なのだが、一体何があったらこんな無気力全開な女に変わり果ててしまうんだ……?

「柴島君、不思議でならないという顔をしているわね」

 そんな声が近くで聞こえたので、ふと夜空に向いていた顔を長峡の方へと向けると、いつの間にか彼女が至近距離で僕の方を向いているではないか。

「ちょ――ちっ、近っ……!」

「こんなこと言ったらあれかもしれないけれど、サッカーは好きでやっていた訳ではないのよ、ただ昔から運動神経は良かったからそれを断端競技でも活かせるかどうかと思って始めてみただけ、普通にやっていたらそのまま結果に繋がってしまったから最初から最後まで楽しんでやっていた記憶はないわね、二年生の冬には一足先に引退してしまったし」

「とりあえずもう少し離れてくれ……にしても随分と勝手なことをする奴だな」

「こんな飄々とこなしてしまう人間は上級生にも同級生にも疎まれる存在だったから寧ろ辞めてくれて有難いと思っているんじゃないかしら、顧問には引き止められたけれど」

「ああそれはそうかもしれんな――しかしあれだな、話を聞く限りだと何でもそつなくこなせてしまうから何か好きになることが出来なくなったという感じだな」

「……それはあるかもしれないわね、もしかしたら好きになるっていうのは、その物事が簡単じゃないからこそ強く惹かれるようになってしまうものなのかも」

「それが全てじゃないだろうが、要素であることには違いないかもな」

 そういうことならコンフィーネとして、リッターとして闘うことはどうなのか、と一瞬聞きそうになったが、それはあまりに本末転倒というか野暮なことを言っているような気がしてしまい、慌ててその開きそうになった口を閉じる。

 決して自発的に動いていない訳ではないというのに、あまりに何でも出来てしまうせいで何にも憧れること無く、何にも好きになれなくなってしまう、そんな事実をあまりに早く自覚してしまったせいで、いつしか好きになれる筈だったものでさえ、それは『出来る』という対象としてすげかわってしまったのだろうか。

 悪く言えば、彼女は達観した井の中の蛙なのかもしれない。

「普通はそういう才能って高慢に自慢したがるものなんだがな……」

 少なくとも僕ならひれ伏せよ凡人共ぐらいは言っているかもしれない。


「そうね、だからこそ柴島君を羨んでいたのかもしれない」


「まあな、僕ぐらいの人間ともなれば羨望の眼差しを向けられることぐらい一つや二つ――って、は? お前が僕を羨んでいただって……? 今度は何の冗談だ」

 あまりに突拍子もない発現に、僕はまた長峡お得意のボケが始まったのかと思う。

 だがその顔には嘘をついているような様子は全くなく――いや、いつも無表情な彼女に感情もへったくれもないと言うべきなのだが、彼女はそのまま話を続ける。

「ジョークでもボケでもなんでもないわ、あなたのような人間を私はずっと凄いと思っていたし、羨んでいたし、あなたのようになりたいとさえ思っていたわ」

「い、いやいや……逆だろそれ、世間一般で普通に羨まれるのはお前の方だろう、そもそも僕の何処が羨ましいんだよ、リッターとして有能な部分のことか?」

「違うわ、もっと前よ、それこそ非実在不健全創作物規制法が施行される前から、この高校に入学して、あなたと同じクラスになった時からよ」

「そんな前からって……」

 別に自分を卑下するようなつもりは毛頭無いのだが、しかし長峡という人間の経歴が事実なのだとすれば、僕か彼女かなれるならどちらというアンケートを百人取れば下手すればゼロ対百で僕の負けだとしてもおかしくはないだろう。

 それぐらい僕という存在は現実世界においてアウトローな存在なのである。

 それだというのに、この女はどういうつもりで僕を――

「私は自分が一体何に生きがいを感じているのか分からなくなっていたわ、そんなこと、たかだか学生如きが悩むべきものではないのかもしれないのだろうけど、私がわざわざ途中で中高一貫を止めて、この学校に来たのもそれが理由の一つ」

 長峡は投げ出していた両手を頭の後ろへと組む。

「――けれど学校を変えた所で何か変わるものでもないのね、他人にも興味が分かず無為に座席で本を読んでいたらいつの間にか孤高の令嬢なんて呼ばれていたわ、まあそんな扱いも悪くはないと思って平穏に過ごしていたら、あなたを見つけてしまったのよ」

「何だその平穏をぶち壊しに現れた悪魔みたいな扱いは」

「実際柴島君はそんな感じだったわ、普通の学生なら周りの空気に合わせて隠すか、嘲笑の対象とされてしまったら黙って逃げるかという所なのに、あなたは何一つ臆することなく、いえ寧ろ堂々と、魅せつけんばかりに自分の二次元愛を語っているのだもの、そんな人、今まで見たことも無ければいても決してアウェー空間でやる者はいなかった」

「それぐらい二次元の話に限らずとも、自分が好きな物事を貶されれば何かしらそういったアクションを起こす奴ぐらいいるだろう、アウェーかどうかはともかくとして」

「馬鹿にされれば怒るものなのでしょう、自分の想うものが貶されたのだから、不快に思うのが当たり前だと思うし、なのに柴島君ときたら『お前達愚民共はまるで何も分かっていない』とでも言いたげな顔をして、というよりは完全にそれを口にして連中に対して延々と二次元の素晴らしさについて講釈を垂れ続けたのよ、まあ最初にそれを見た時は、相当頭の螺子が緩んでいる痛い人なのかしらと、そう思ったのだけれど」

「お前も完全に僕のこと馬鹿にしてるだろ」

「ただ――そんなあなたの姿を見続けている内に、それがいつの間にか羨ましく感じていたの、だってそうでしょう、私は人並みに外れて優秀なのに、それらを何一つ想ってもいなければ、誇りに感じたこともないのに、あなたは二次元という世界を一寸の澱みなく、真剣に想い続けているのよ、気になるなという方が無理があるわ」

「…………」

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