ツゥンデレ作戦 Ⅳ

 そう風圧さえ感じさせる雄叫びをオセロ野郎は上げると、人間として保たれていた身体がみるみるうちに変化していき、ゾンビとなっていく。

 しかし、やはり自我を持てば持つほどコントロールも可能なのか、今まで見てきた中では圧倒的に人間としての形が強く保たれており、アパシーによって強化された筋肉の線がしっかりと全面に現れているのだった。

 そして、両手には身体から生成した思しき剣が、二本。

「ハアアアアアアアァァァァァァ…………」

「……ふむ、確かに今までとは比べ物にならない強いオーラを感じるな、実力があるというのはあながち嘘ではないらしい」

「当たり前ダ、ボスの側近として使えるこの俺ガ雑魚と一緒ト思ったカ」

「これなら政府に強い圧力をかけられるというのは嘘ではなさそうだな」

「今なラまだお前ノ発言、無かったことニしてやってもいいゾ?」

「履き違えられては困る、政府への脅威とこの僕への脅威が同義な筈ないだろ」

「こいツ……、後悔するなヨ!」

 その言葉と同時にオセロ野郎が動き出したかと思うと、瞬時にしてその場から姿消す――いや姿は消してはいない、目では追い切れない程の速度で動いているのだ。

 地面を弾く微かな音だけが、この静かな公園で幾度も反響する。

「ほう、スピードにステータスを全振りか、アパシーは常人では到底及びもしない能力を開花させられるのだな、これだけの身体能力があれば元に戻るのが惜しくなるだろう、まあ僕からすれば不細工に不細工を塗り重ねる真似、死んでもお断りだが」

「黙レ! その減らず口、すぐにでも聞けなくしてやル!」

 すると次の瞬間、風音が変わったかと思うと、左肩がそのまま身体が持って行かれそうになり、更にその目線をその振動へと向けようとする頃には同じような衝撃が、今度は右の脇腹へと襲いかかる。

 見てみれば、そこには刀傷が綺麗に残っているのだった。

「……ふむ」

『……ふむ、じゃないわよ! 無許可に通信を切って、しかも完全に交渉が決裂してしまっているじゃない! 何をしでかしたっていうのよ!?』

「通信を回復させたのか、まあそれについては後で話すが、元より僕は宣戦布告と言ったのだから、戦闘状態になったとしても問題ではないだろう」

『いやそうは言ったけれど……』

「どの道奴の提案に大人しく従う以外に戦闘を避ける手段はなかったのだ、別に負けるつもりは毛頭ないから何も心配しなくていい、だから箕面は手を出すなよ」

『手を出すも何も、速すぎて全く視認出来ないよ、きみきみには見えてるの?』


「いや、全く見えていないが」


『は?』

「何をゴチャゴチャ言っていル!」

 その言葉と同時に今度は左太腿へと強い衝撃が走る。

「言っておくガ、お前らが何人束になろうトこの俺のスピードに追いつけるものはいなイ、なぶり殺しにする対象が無駄に増えるだけのことダ」

「おいおい何度も言っているだろ、お前はこの生まれながらにしてチートの僕に勝てる筈がないと、仲間を呼ぶなど無駄に足手まといを増やすだけじゃないか」

 そう言うと動き回る度に聞こえていた足音が止み、光にも追いつかんスピードで姿を消してしまっていたオセロ野郎が噴水の前へと姿を表わす。

 その姿を視認すると、僕は即座にスコープ機能をオンにする。

「最強だト……? ハアー! ハッハッ! 笑わせてくれル! 最強であるなラまずその目で俺の動きを捉えてみロ! 三発も傷を与えたというのニお前は一度もこの俺を追えていないではないカ! 虚勢もここまで来ると滑稽でしかないゾ!」

「ふぅー……全くどうしてこう雑魚キャラというのはお喋りな奴が多いんだろうな、そもそも貴様は何一つダメージを与えていないではないか、付いている傷も鎧にしか及ばず、肉体には到底届いてはいない、速さを自慢したいだけならオリンピックでも目指したらどうだ? ボルトも顔面蒼白で引退表明するぞ」

『相手を刺激し過ぎだわ、見えていないのに無理をしては元も子も――』

「ふン、そういうことならお望み通りトドメを刺してやル、ボスは残念がるかもしれんガ所詮口だけの哀れな男だったと知れバ、俺に対する信頼を高めてくれるだろウ、まさに一石二鳥ということダ」

「だからそういう台詞は腐女子が喜んじゃうから――」


「死ネッ!!!!!!!!!!!」


『公晴君!!』『きみきみ!』

 刹那にして、鈍く生々しい音が、広い公園に小さく響く。

 あまりの速さに誰彼もが、そのことを整理するのに時間を要する。

 決着は一瞬の出来事であった。


「ぐっ……がハっ……」


 僕の背後に回っていたオセロ野郎の核に、刀がしっかりと刺し込まれる。

『す、凄い……』

「ふっ、やはり名刀『笹貫・改』の切れ味は伊達ではないようだな」

『いや別に刀に名前とか存在しないから……』

「おっ、お前……どうしテ俺の位置が読めタ……見えていないっテ……」

「ああ見えていないぞ、それは紛れも無く本当のことだ――だがお前のスピードを認知出来なくとも、お前をこの首元へと誘導するのはさして難しいことではない」

「!! ま、まさカ……」

「そう、何もお前を無意味に煽ってた訳じゃないんだよ、僕に不満を持っているのであれば、煽れば煽るほどなぶり殺しにしてくるの予想済み、だがボディにダメージを与えようとしてもこの鎧は想像以上に固い、そうなれば生身の部分にダメージを与えるしか無いと考えた筈だ、ならば残っているのは首から上だけ」

『そうか、相手が攻撃してくる位置が分かっていれば先読みは出来る……!』

「貴様は戦闘経験があるという感じでもなさそうだったしな、そもそもオタクという生き物は大体喧嘩慣れのしていないもやしばかりだ、だが生意気にも格好をつけた戦い方に拘る基質を持ち合わせている生き物でもある――逆を言えば喧嘩慣れをしているような相手であればこの作戦は通用しなかったのだけどな」

「きゅ、急所突いた攻撃してくることヲ、見抜いていたってことカ……」

「スコープを使ってお前の核の位置も把握しておいたしな、後は足の音、風圧で予測位置を想定し、タイミングに合わせて食らわせるだけだ」

『分かっていても出来る芸当じゃないよどう考えても……』

 僕は笹貫・改を引き抜くと、オセロ野郎はそのまま受け身をとれることなく膝を地面に打ち付け、前のめりに倒れてしまう。

 その倒れこんだ身体に目をやると、徐々に元の人間の身体にへと戻っていた。

「おいオセロ野郎、お前の愛してやまない嫁は誰だ」

「あ……? そんなもん『がっしょう!』のあすにゃん一択だが……」

「そうか、ならそのあすにゃんが自分の目の前に現れたとしよう、そしてお前に対して笑顔で『私の為に死んで』と言うのだ、さあお前はどうする?」

「はあ……? 何を突然訳の分からないことを――」

「因みに僕はドルマスの千春が嫁なのだが、もし彼女が目の前に現れ笑顔で『私の為に死んで下さい』と言われたら、僕は一切の躊躇なく首を撥ねる確信がある」

 その言葉にオセロ野郎は目を見開いたかと思うと、暫くしてその開いた瞳孔を緩めていき、そしてまるで観念したかのような顔になる。


「成る程……それが俺とお前との差ということか……ほんの数秒でも悩みを入れた時点でこの俺の負け、確かにボスが評価するのも頷ける……」


『いや、全っ然意味が分からないのだけれど』

「二次元世界は求める者に対して平等にヒロインへの愛を許可される、だがその愛というのは何処までも一方通行であり、そしてあまりに自分の理想像を当てはめてしまうものだ――だからこそ、もし自分が想い続ける嫁が想定外の要求をしてきたとしても、それが彼女の為であるならば、一切の戸惑いなく受け入れてこそ真に、骨の髄までヒロインを愛していると言えるだろう、お前にはそれが足りなかった」

『えーこっちに告白されて動揺しまくりだった人の言う台詞とも思えないけどね』

 やかましい、あれはほんの一瞬とは言え長峡を千春のように見てしまった時点でギリギリ問題はないのだ、寧ろ三次元に嫁が乗り移ったとまで言ってもいい。

「…………完敗だ、その暗黒空間並のぶっ飛んだ精神の持ちようでは、例えお前にダメージを与えていたとしても、その後の展開で確実に負けていたに違いない」

「まあな、実はこの顔の部分、男の娘仕様に変身すると一応それが防御としての役割を果たしていてな、鎧ほどじゃあないが、致命傷にはならなかっただろうな」

「最初から最後まで、お前の手のひらで踊らされてたってか、とんでもない奴だ――だがそんな小細工、ボスの前では決して通用せんだろう、何よりこの交渉が失敗に終わった時点で俺は切り捨てられ、ボスは次の作戦に踏み切るに違いない……」

「何?」

「どの道ここで俺はリタイアだ、いいことを教えておいてやる……俺は直接政府と交渉するのはリスクが高いと言ったが、ボスは必ず政府に対し強いプレッシャーを掛ける……その為にオストとも何度も会議を行っている」

『なんですって……』

「ま、詳しいことは分からないがな……だがお前もボスを知っているならこのままで終わるはずがないということぐらいは理解出来るだろ……」

「ああ、奴なら間違いなく何か仕掛ける筈だ」

「そういうことだ……だからもう……時間はない……ぞ……ガクッ」

「……………………死んだか」

「いやいや、死んでないから」

 その言葉に振り向くと、やれやれと言わんばかりの顔した箕面が立っていた。

「何だ、また僕に手柄を取られてご立腹なのか?」

「いやーそれはないかな、まさかここまでツヴァイヴェルターの力が増大していたとは思ってもみなかったからねー、多分私じゃやられてたよー」

「まあこのオセロ相手に必殺技を繰り出す余裕はなかったからな、真っ向勝負をしていたらどうなっていたかは保証しきれない」


「――――そう言って、本当は状況から察して相手が手強いことは分かってたんじゃないの? もっと言えば……だから私を戦わせなかった、とかだったりして?」


「――自意識過剰だな、僕が三次元の女を助けるようなお人好しに見えるか?」

「ううん、見えない、全く見えないよ。でも――そうだったらいいなって、思う」

「スイーツ脳も極まると実に面倒くさいものだな――だが、少しでも恩義に思っていると言うのであれば、いつかコミケが再開した時に、この僕に最高に似合うキャラのコスプレをコーディネートしてみせろ、それでチャラだ」

「ぷっ、何それ、それじゃあ私が得してばっかりじゃん」


『色々と聞きたいことが山程あるのだけれど、その前に少しいいかしら』


 そんな柄にもない話をして花を咲かせていると、何やら妙に冷静な口調で、しかし何処か焦りを感じているような大桐の声が通信に飛び込んでくる。

「やっほー先生、一先ずこっちは片付いたみたいだよー」

『それについては素直に良くやったわ、お疲れ様』

「何だ、レジスタンスの動向やら出来島についての話なら戻ってからするが」

『勿論そのことについてもしっかり説明はして貰うわ、ただ――』

「どうした、要件があるならさっさと言ってくれ」

 しかしそれでも何やら煮え切らない、悩んでもいるような声を上げると――それから少しして溜息のような声を吐き、こう言うのだった。


『影子が、行方不明なのよ……』

「……は?」

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