ツゥンデレ作戦 Ⅲ
「いや、あの……どうして私がここだって分かったのかしら……」
「ノリノリでマニュアル本を渡している時点で言うまでもない」
「色恋沙汰とか大好きだもんねー先生は」
「とりあえず土下座して貰っていいですか」
「それはちょっと手厳し過ぎない!?」
淡々とした責められ様にバツの悪さを感じたのか、大桐はパーラメントの火を灰皿に押し付けると、サングラスを外してコホンとわざとらしく咳払いをする。
「ま、まあすぐに集まれたのだから良しとしましょう、でもこれからはちゃんと私の指示に従って行動するように! いい?」
「飲食代全額持ってくれるなら無かったことにしてやってもいいが」
「仮にも元副総理の私によくそんな脅しに近いことふっかけられるわね……まあいいわ、ともかく、グローセンハンクの情報が本部から入ったの」
「政府とも闘わないといけないというのに、闘う相手はずっとレジスタンスというのも、妙な話だな、まあどちらも脅威なのは確かだが」
「まだ確定ではないのだけれど、ゾンビ化を制御していると思われるツヴァイヴェルターが、STDTの監視を掻い潜って日本橋を脱出したという情報が入ったの、その対象は現在大阪城公園から動いてはいないみたいだわ」
「大阪城公園? 随分と意味のない所だな、暴れるにしてもうちょっとマシな場所があるだろう、大阪城ホールでイベントでもやっているなら話は別だが」
「そう言いたい所なのだけれど、これといったイベントも何一つやっていないのよね……人通りも随分と少なくってきているし、動き出すなら今しかないぐらいなのだけれど、噴水前から一歩も動いていなくて――」
「そもそもたった一人で日本橋を抜け出すこと自体があまり効率的と思えんな、それこそ大規模な反乱を起こすのであれば、自我を持つゾンビとやらが指揮を取って一気に飛び出した方がいい筈だ、前回の件といい、何か変だ」
「もっと言えば政府には引っ掛からないように動けて、私達の監視には引っ掛かっているのも変なのよね……彼らが私達コンフィーネの存在を知らない筈がないし、何より前回の件で監視の強化を強めているのは目に見えているというのに……」
「何というかー最近になって急に活発になったって感じだよね」
「自我を持ったツヴァイヴェルターが一枚噛んでいてもおかしくないわね」
「公晴君ならこの動き、どう見るかしら」
「……単純に捉えるとすれば、これは政府に対しての行動ではなく、コンフィーネに向けての発信と考えるべきだろうな、わざと僕らにだけは分かるようにして姿を晒しているのであれば、接触を図ろうとしている可能性もある」
「つまり、学校襲撃事件も接触を求めていた可能性があるということ?」
「ゼロではないだろうな、だがコンフィーネの拠点が学校であると分かっていての犯行では無さそうだ、何かの意図を持って来たのは間違いないが、恐らく女子生徒と鉢合わせして暴走でもしたのだろう――結果的に襲撃という形となり、この最強の僕によって一瞬にしてやられてしまったと考えた方がいいかもしれない」
「でもそれだったら少し腑に落ちない部分があるよねー、だって私達はグローセンハンクの戦力を削ぐようなことをしているんだから」
「いや、僕達が彼らを元に戻しているのだという捉え方なら、寧ろ日本橋におけるバイオハザード状態に終止符を打って欲しいと思っているのかもしれない、それなら彼らが僕達に接触しようとしているのも納得がいくというもの」
「それなら、相手の誘いに乗った方がいいんじゃないかしら?」
「――いえ、あくまでその観点から見れば、という話なのでしょう? 公晴君」
「……? どういうことなのかな? 生野先生?」
「事はそう単純ではないということだ」
いや、それどころか僕の予想が正しければもっと面倒臭い展開になりそうな気がしてならない、個人的にはレジスタンスは殆ど眼中にないぐらいの扱いであったが、ここに来て政府よりも脅威である可能性が出てきてしまった。
そして――何よりこれは――
「どちらにしてもこのツヴァイヴェルターには接触した方がいいかもしれないわね、もし前回と同様に暴走するようなことがあれば、甚大な被害が及んでしまうことなんて十二分にあり得る」
「そうなると、それこそ世界の終わりに一歩近づいてしまうねー」
「まさにドラゲナイ状態ということね」
お前は黙ってろ。
安心すら覚えてしまう長峡のボケをスルーすると、僕は静かに声を発する。
「それで何だが、この交渉、僕に一任してはくれないだろうか?」
「……? 公晴君、それはどういう――」
「文字通りだ、今回の件を全て僕にやらせて欲しい、無論周辺の封鎖や万が一の為に箕面を近くに置いておくといった予防線は許可するが、相手との交渉自体は僕がやる、それだけのことだ」
「随分な自信なのね、何か策でもあるのかしら?」
「まあ、無いと言えば嘘になるが、どちらかと言えば目的はそこじゃないな」
「? なら一体何を――」
僕はその問いにニヤりと笑ってみせると、こう答える。
「宣戦布告」
◯
『いい? 相手が暴走した場合際は早急に倒すのよ?』
時刻は九時を少し過ぎた頃。
コンフィーネによって人払いがされた大阪城公園は全く人気が無く、噴水までを繋ぐ横に広い直線は、決戦の場とも言える雰囲気が漂っていた。
「分かっている、それで、人目に付かないようにしていられるのは何分ぐらいだ」
『精々十五分――保って二十分かしらね』
「それなら問題ない、一瞬で屠ってやる」
『いや、殺してしまったら駄目だから……』
『にしても本当にきみきみに任せちゃっていいのかねー』
そう言って、少し不服そうな声を漏らしてくる箕面。
彼女がいるのは大阪城公園駅の屋根の上、僕とレジスタンスの状態を監視するには丁度いい位置と言えるだろう、何かあればすぐに駆けつけることが出来る。
『気持ちは分かるけれど、グローセンハンクに何か目的があって動いているのなら下手に動くのは危険過ぎるわ、それならもしもの時に迅速に対応が可能な公晴君に任せた方がいい、考えている暇もあまりなかったのだし』
『その狙いが宣戦布告じゃあ元も子もない気がするんだけどねー……』
「ふっ、お前は一回ヘマをしでかしているのだから今回は大人しく見ているんだな、精々この僕の天才的な華麗な活躍っぷりを指くわえて見ているがいい」
『むー、年齢も経験も私の方が先輩なのに偉そうにー』
そんなことを言いながら徐々に歩みを進めていく、湿気を纏う空気が肌にへばりついていく感覚がより一層梅雨の訪れを自覚させる――
だが今はそんなことに情緒を感じても仕方がないので、この道をずっと歩いていればいつか二次元への入り口に繋がったりしないのだろうかと思っていると。
案の定、そんな筈もなく――
噴水の前に座る、レジスタンスと相見える。
その男は白黒のチェックシャツに、白黒のミリタリージーンズという、オタクの王道と言えるような服装にも関わらず個性の剥き出し具合が半端ない奴であった。
いや、どんだけ白黒好きなんだよ、オセロマスターかよ。
すると僕の存在に気づいたのか、オセロマスターは下を向いていた顔をゆっくりと上げると、不気味な笑みを一つ見せ、口を開く。
「――よう、お前が柴島公晴か」
「ほう、この姿だというのに僕が柴島公晴だと分かるのか」
「よく言うぜ、お前もどういう理由でこ俺がこにいるか分かって来た癖に」
「さあ? 何を言っているのか分からんな」
「しらばっくれるな、手短に話そうじゃないか、お前がいくら男だとはいえその姿では俺の理想のヒロインに見えて仕方がないんだ、これでも理性の暴走を必死に抑えているもんでな」
「それがゾンビになった後遺症なのか? それとも単に男の娘が好きなだけなのか、後者であればお前とは美味しいドクターペッパーが飲めそうだが」
「その両方だくそったれ」
『凄い会話をしているねこの人達は……』
『けれど、それが中々どうして形容しがたい関係を表しているわ』
どこまでもうるさいなこいつらは。
「そんな世間話をしたい訳じゃないと言っているだろ柴島、俺が言いたいのは唯一つ、その為にわざわざ人目につくような真似をして呼び寄せたんだからな」
「それはどうもご丁寧に、話ぐらいは聞いてやろうじゃないか」
「噂通り口の減らない奴だ――――いいか、ボスがお前をお呼びだ」
『え? ちょっとそれってどういう――』
オセロからその言葉を聞いた瞬間、僕は通信をオフにする。
別に話を聞かれるとまずいということでもなかったが、この時点で大桐に騒がれてはこちらとしても面倒なので、後で説明するとして一先ずは、という意味である。
「言っている意味が分からんな、どうしてラスボス様が僕をお呼びなのか、あれか? 世界の半分でもくれるのか?」
「くどいな、我らグローセンハンクのボスである出来島さんがお前を引き入れたいと望んでいるからに決っているだろ、とぼけたフリをしても通用しないぞ」
出来島――やはりその名前か。
「ふっ、あいつも随分と偉くなったもんだな、てっきり雑魚ゾンビの一人として、日本橋を徘徊しているのかと思っていたが」
まあ――唯一この僕に対等に渡り合おうとしたの男だからな、ただのモブとして生きるような身分にはいないと思っていたが――まさかゾンビの長とは傑作だ。
「グローセンハンクは今となってはその殆どが糞政府によってゾンビとしての生活を余儀なくされている、俺達のような自我を保てる存在が統率することで暴走するような事態だけは避けられているが……この意味が分かるだろう柴島」
「その気になればいつでも日本を混乱に陥れられるって訳か、多くを奪われた代わりに得た力の割には有効活用しているじゃないか――だがそれを行使すればお前達本来の目的を破壊し兼ねないが、それは困るんじゃないのか?」
「確かに、脅しにはなるが決定打としての役割は果たせていない、だがいつでも世界を混乱に陥れられるということはそれだけで強い抑止力となる」
「ならばそのカードを切ってお前達が交渉の場を作ればいいだろう、姿形を人間として維持可能ならば法律の廃止まで漕ぎ着けるのは無理ではない筈だ」
「馬鹿かお前、いくら力で政府を凌駕しても、その力を与えたのは他ならぬ政府だぞ、単独で突っ込んで騙し討ちに遭うような事態が起ころうならそれこそ最悪だ、地の利も人の和もある相手に、如かずも糞もねえだろ」
「それはご尤も――だからこそ第三の立場で力もあり、そして貴様らレジスタンスに近い思想を持ちうるこの僕を担ぎ出せば、お前達のカードと相俟って政府に強いプレッシャーをかけられるという魂胆か」
「ボスはいつかお前がこの血で血を洗う舞台に必ず姿を表わすと言っていた、『あの男の秘める二次元への想いはそこら辺のオタクの比ではない』と、『真剣に二次元世界へと辿り着けると思っている男は柴島しかいない』とまでな」
「へえ」
「日本橋にお前が姿を現したという情報を聞きつけた時は歓喜すらしていたよ」
そう語るオセロの顔は全く感情がない、アパシーによる影響なのか、それとも。
「ふん、あいつにそこまで評価されていたとは驚きだ――とは言ってもリアルの、しかも男に褒められた所で何一つ嬉しくはないがな」
「ちっ……いいか、大人しく付いて来ればこっちも手荒な真似はしない、貴様が所属するコンフィーネとやらには後で話をつければいい、そもそもお前も二次元を救い出したい想いは同じなんだろ?」
「――ああ、勿論、だがそれが貴様如きに付いていく理由にはならんな」
「――――――――あ?」
「手荒な真似だと? 笑わせるな、雑魚が僕に勝てると思っているのか」
「…………同行に応じない場合は始末しても構わないと言われている」
「だから御託はいい、倒せるものなら倒してみろ、何度も言わせるな」
「――ちっ、だから俺は昔のよしみなどという下らない理由で引き入れるべきではないと言ったんだ、ボスを卑下する奴など尚更になッ!」
「そういう台詞は美少女動物園でこそ花咲く言葉だ、あまり腐女子を歓喜させるんじゃない」
「だまれええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!」
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