ツゥンデレ作戦 Ⅱ

「ちょっと二人共ここに座って」

「はい」

「私はねー、絶叫マシンっていうのは素を曝け出す場だと思うの、それが無理なら演技でも怖がるか、せめて『きゃー』ぐらいは言うべきものだと思うの」

「はい」

「それなのにね、きみきみはビビってるのに真顔を貫くのはどうかと思うの」

「は? ビビってねえし、こんなもんあと百回乗っても感情沸いてこねえし」

「その割に絶叫マシンを乗り継ぐ毎に顔がどんどん青くなるのは何でかな?」

「これは生まれつき絶叫マシンに乗ると顔が青くなるという体質ですから、決して怖いから顔が青くなった訳じゃないですから、そもそもリッターとして最強と言っても過言ではない僕が絶叫マシン如きでビビる筈がないですから」

「強情もここまで来ると見苦しいね……、まあきみきみは最悪それでも構わないんだけど……えーこっちは見た感じまるで怖がってないよね」

「実は絶叫マシンは初めて乗ったのですが……、正直な感想を言わせて頂くと、そこまで怖いというものでもなかったですね……」

「ただねー……極度に乗り物に弱いなら早く言って欲しかったよね、えーこっちも顔が青くなってたからもしかしたら期待出来ると思うじゃん、なのに乗り終わった後にまさか吐くとは思わないじゃん、ただただ申し訳なく思うじゃん」

「すいません……いつもは酔い止めの薬を常備しているのですが、遊園地に着いてから切らしていたことに気づいてしまって……後は見ての通りです」

「見ての通りじゃないですがな、これ以上ない大惨事ですがな」

 最早再度説明する必要もないかもしれないが、結果は凄惨たるものであった。

 僕自身は微塵の問題もなかったのだが、長峡は怖がる怖がらない以前の問題として尋常ではないレベルで乗り物酔いし易い体質だったらしく、それが判明した頃には時既に遅し、盛大なゲロ吐きヒロインを演じて見せたのだった。

 つうかこいつ、大桐との決死のドライブも酔い止め薬で耐えてたのか……。

 あの時は僕もそんなことを考えている暇もなかったが、こいつは酔うか酔わないかの瀬戸際をずっと闘ってやがったとは、そんな所で本気出すならゾンビと闘うことにさっさと本気だせと言わずにはいられないが。

「きみきみはさっさとビビってることを認めなさいと言わずにはいられないけどね」

「いやだからビビってねえから、仮にビビってたとしてもそれは長峡が吐いたの思い出してもらいゲロしそうなことに怯えてるだけだから」

「それはそれでどうかと思うけど……」

 因みに本日の箕面のコスプレは今にも『にょわー☆』とか言い出しそうな例のアレである、本人曰く『この格好だとコスプレと思われないから道を歩いても問題ないにぃ☆』とのこと。

 更に因みに長峡の格好はデニムにボーダーシャツというシンプルながら着こなすには少しハードルが高そうな服装、だがそこは持ち前のボディーライン、何の違和感もなく、寧ろファッションリーダー感さえ香ってきそうなぐらいの着こなしだった。

 ――え? お前はどうなんだって? そんなもんチェックシャツにチノパンに決まってんだろ、オタなめんな。

「何にしてもこれ以上やっても長峡の覚醒は見込めそうにないな……他に何かないのか?」

「うーん、この恋愛マニュアル本だと『ミラーリング』ってゆう食事の時に相手と同じ動作をすることで、潜在的な好意を引き出す方法があるみたいなんだけどー」

「おい、いつの間にそんな本購入していたんだ、お前が一番ノリノリじゃねえか」

「いや私っていうかーこれを渡してくれたのは生野先生なんだけど――」

「あの女……絶対この展開を楽しんでるだろ……もしやとは思うが、どっかで隠れてみてねえだろうな」

「えっ、いや、あはは……それはないんじゃないかな~」

 この下手糞過ぎる誤魔化し方だと絶対にいるな、ふざけた真似しやがって。

「どうこう言っても仕方がないわ、さっさとその『ミラーリング』とやらを試してみましょう、数打てば何か一つでも柴島君に胸キュンする要素があるかもしれないわ」

 ……何だろう、素晴らしくやる気に満ち溢れている発言なのに、まるで覇気がないのは、思いっきりゲロ吐いたから生気失っているからなのか、そうなのか。

「しょうがない……レストランにでも行ってみるとするか……」


「あ、ちょっと待ってくれるかしら」


「何だ、今度はどうしたんだよ」

「まだ私、アルパカを触っていないわ」

「ほざけ」


 まあ、結局触りに行ったのだが、そして不覚にも可愛いと思ってしまったのだが。


       ◯


 諸君、いいだろうか、サ◯ゼリアは学生の味方である。

 どうしてか? だと? そんなことを訊く時点でお前の底が知れると僕は嘲笑ってしまいそうになるが、そんなお前の為にも分かりやすく説明してやろう。

 簡単なことだ、まず安い、数あるファミレスの中でも群を抜いて安いのだ、お小遣いをやりくしなければならない学生からすればこれ程ありがたいものはない。

 それでいてお腹が一杯になることが出来る、ファーストフードという観点で見れば味も悪くはない、セットでジュースバーを頼めば経った数百円でジュースも飲み放題――まあそれは大体のファミレスはそうだが、それはいいとして。

 最高にリアルが充実な者共がいちびり倒すことがあるのだけは安さ故の弱点かもしれないが、いずれにせよこれ程までに学生に心優しいファミレスを馬鹿にすることだけはあってはならないのだ、いやしてはならない、そんなものは愚の骨頂である。


「いや別に悪いとか言っているわけじゃないんだけど……ねえ?」

「私も利用したことはあるし、子供の頃からお世話になっている大衆向けな良いファミリーレストランだとは思っているわ、思っているのだけれど……」


「「デートでサ◯ゼリアっていうのは……」」


「口を揃えていうんじゃない馬鹿たれ、ただの高校生が夜景の見える高級レストランにでも行けると思ったのか、顔見た瞬間に鼻で笑われて追い返されるわ」

「だとしてもデートなんだからさ……もう少しやり方があったんじゃないかと思わずにいられないんだよねえ……」

「仮にそこそこ店内の雰囲気が良くて、値段もお手頃価格で、中々美味しいが売りの洋食店があったとしてよう、だとしてもたった一品のみで千円近くぼられることは想像に難くない、だがここであればハンバーグのセットにミラノ風ドリアを付けても千円以内で抑えられる、何ならミラノ風ドリアをペペロンチーノに変えてもいい、少なくとも二品以上は味わえることが出来るのだ、こんな素晴らしいものはないだろう、そして美味い、一体なにが不満なのか」

「いやそんな饒舌にサ◯ゼリアの魅力を語られても……、私達が言いたいのはあくまでデートの後に行くべきディナーなのかということでね……?」

「僕の月のお小遣いは三千円だぞ、ただでさえ平均的な学生のお小遣いは五千円だというのに、そこでやりくりせねばならない中で千円を超える物を食べてみろ、たったそれだけ、たった数時間の為に三分の一を消化してしまうのだ、それがどれだけおぞましいことなのか箕面、お前はまるで分かっていない」

「恋愛感情という概念が分からない私が、こんなことを言うのは少し烏滸がましいかもしれないけれど…………柴島君」

「なんだよ」

「ケチだし口煩い人って、やっぱり二次元に行ってもモテないと思うの」

「全然烏滸がましいとか思ってないだろお前」

「これじゃあわざわざ検証する意味もないね……」

 そう言いながらお前らちゃっかり千円に収まるように三品頼んでいることを僕は見逃していないからな、デリカシーとかそういう以前の問題だからな。

 僕は釈然としない思いを抱きつつもメロンソーダを口へと運ぶと、口を開く。

「そもそも現実の女に高い関心を抱いていない僕に恋心を抱かせるようなシチュエーションを演じろというのが無理のある話だろう、そもそもお前は僕である必要性が本当にあるのか? 他の女性経験豊富な男にエスコートさせた方がよっぽどトキメクと思うぞ?」

「私をそんな性欲の塊みたいな男にくっつけさせようとするだなんて、柴島君って実は寝取られのシチュエーションに興奮するタイプの男だったのかしら、失望だわ」

「いやそもそも僕はお前と形式上付き合っているだけに過ぎな――」

 そう言いかけた所で、ふと僕は気になったことを思わず口にしてしまう。


「お前もしかして怒っているのか?」


「は? 怒っていないわよ、何を素っ頓狂なことを言っているのかしら」

「そうだよきみきみー、中学校の頃から感情を失って、表情も話し方も平坦になっちゃったえーこっちが怒るはずがないじゃん」

「なんだその完全に厨二病拗らせてるみたいな展開は……」

「全く、そんなこと言って私の気を惹こうとするだなんて、押しても駄目なら引いてみろ理論如きで堕ちるほど私は甘い女じゃないわよ、せめてよく見たらその扉はシャッター式だったぐらいの展開を見せてから出直して欲しいわね」

「そんな三段構えなサプライズ逆にややこし過ぎて惚れる要素がねえわ」

 ふうむ……決してそんなつもりで言ったのではなかったのだが、一瞬長峡の顔が不服そうに見えた気がしたんだよな……こいつが断固として否定している以上、僕の勘違いとして収めるしかないのだが、事実今は無表情なのだし。

「このまま続けていくのは実に不毛の連鎖を生んでいるような気がしてならないが……さて、どうしたものか……」

「きみきみは二次元を愛して止まないんでしょう? それならギャルゲーとかエロゲーとか、漫画、アニメ、ラノベとかの知識を総動員してえーこっちを胸キュンとさせるような方法とか思いついたりしないの?」

「……こんなことを僕が言うのはあまりにも憚られるものがあるが、大概のヒロインっていうのは非常にチョロい仕組みになっている」

「本当に二次元好きとは思えない大胆発言だね」

「それでも強いて挙げるとすれば主人公の行動にヒロインが助けられて堕ちるっていうのが王道のパターンという所だろう、どんな時でも癖の如く出てくる絶対的な優しさと、仲間の為なら自己犠牲を厭わぬ格好良さの二大要素があれば、大概のヒロインは堕ちる」

「見事なまでに柴島君には無い要素ね」

「馬鹿も休み休み言え、こんな王道の極みとも言えるような要素、頭の中で何百通りのシュチュエーションで予習しているに決っているだろう、ただそれを現実でする必要がないからしていないだけの話だ、大体お前らは三次元で出来ないことが二次元出来ない筈がないと散々僕を罵り倒しているが、現実世界でそんな実力発揮してもまるで無意味だからやっていないだけの話、それこそまだ本気を出していないだけだ」

「普通なら口だけなら何とでも言えるって言ってやりたいとこなんだけど、きみきみは実際何一つ訓練を積み重ねていないのに歴戦の戦士の如くゾンビをなぎ倒してしまったから本当に本気出してないだけに見えるんだよね……悔しいけど」

「けれど貴方が本気を出せば、私みたいな感情壊死してる系女子でも確実に落とせるんでしょう? いつまでもこんな恋愛ごっこみたいなことをしている暇はないのだし、その本気とやらさっさと私にぶつけてくれて欲しいのだけれど」

「自分で感情壊死してる系女子とか言うな、そしてその謎極まりない強気な態度を止めろ」

 とは言うものの。

 全く以てホラを吹いているつもりはない、勿論こういった感情を失ったタイプのヒロインの攻略法もあるにはある。

 しかしそういったヒロインの場合、よくあるのは過去に深い傷を負ってしまったからか、根っからの超インドアな人間というものであり、共通して言えるのは両者ともに極端に口数が少ないというもの、それがつまるところ感情表現が苦手なヒロインなのである。

 だが見て欲しい、この長峡影子という女を、確かに無感情というか、感情が表に出てこない顔をしているのは分かる、そして声に抑揚がないというのも非常によく分かる、そういったポイントはしっかり抑えてきているのは評価してもいい。

 ところがどっこい、この女、口数が尋常ではない勢いで多いのである、そこら辺にいるクーデレヒロインよりよく口が回りやがるのである、そして減らず口も半端無く多い、そして大体僕をディスってるか、謎の自画自賛が殆ど。

 おかしい……こいつとまともに関係を持つようになる前の彼女は決してこんな女ではなかった筈だ……完全無欠のクールビューティー、一切合切の他者を寄せ付けず、一人窓際で本を読み耽る、そんな洗練された孤高の美少女という設定だった筈……。

 いや分かってはいる、人は見かけによるものではない、そんな客観的な視点を押し付けるなど愚の骨頂、話してみれば意外にも、なんてのはよくあるパターンだ。

 だとしても。

「お前は百八十度どころか、七百二十度ぐらいギャップを振りきってんだよ……」

「柴島君どうしたのかしら、もしかして出来たてのミラノ風ドリアを覚めない内にという謳い文句に騙されてかき込んだらお口の中が灼熱地獄で悶絶なのかしら?」

「おめーというアウトローの塊はどうすれば堕ちるのか悩んでんだよ」

 そんな風にして悩んでいると、ハンバーグをもりもりと食べていた箕面がマニュアル本を再度開き、少し微妙な顔をしながら話に入ってくる。

「でもねー、アイデアが出てこないとなると、残るは夜景デートぐらいしかないんだよねー、夜景は視覚効果で相手の心理を揺さぶることが出来るみたいだから王道ながら高い効果を得られる手段みたいなんだけど――」

「まあこいつに対してありとあらゆる心理攻撃をした所で、微塵の効果も無さそうだがな……しかし今更あべのハルカスにでも行って展望台にでもっていうのも無理があるというか、あんな人がゴミのようにいる場所じゃ雰囲気も糞もないし、だからと言って山の方まで行くというのも時間が掛かり過ぎるな――」

 そう言いながらちらりと目線を長峡の方へと送る、どうせ『山の方にまで連れて行って私をどうするつもりなのかしら、夜景をバックにしたプレイだなんて御大層な性癖をお持ちなのね、バックだけに』とでも言うのかと思ったのだが――


「――――景色……ね――」


「あれ、もしかしてお前――」

 そう言いかけた所で。

 突如シーバーのような音が耳へと深く鳴り響いたかと思うと、二人がまるで示し合わせたかのようにして、即座に指輪を口元へと近づける。


『影子、みゆき、公晴君! 緊急招集よ! 今すぐ所定の場所に来て頂戴!』


 どうやら何時の時代も、時間は待ってくれないようだ――


「了解した、今すぐそちらへと向かう」

「了解したよ、すぐそっちに行くね」

「了解したわ、数秒でそちらへ向かいます」


『えっ、いや待って、所定の場所を指示するから――』


 僕達はおもむろに立ち上がると隣の喫煙席へと向かったのだった。

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