第3章

ツゥンデレ作戦 Ⅰ

「長峡覚醒計画?」

 ゾンビ襲撃事件から約三日後、僕達三人は再び保健室へと呼び出されていた。

 ではそれまでの間何をしていたのかと言えば、研究の実験体にされるとかそういった事もなく、普段通りの授業を受けた後、コンフィーネの秘密基地へと足を運び、僕の能力値を調べ上げる、といったこと延々繰り返すだけの日々であった。

 まあ、強いて上げれば、偽りとはいえ長峡とは恋人関係にあったというのに、それが何事もなかったように赤の他人に近い関係に戻ったので、柴島は長峡にメンヘラオプションを付けてレンタル彼女にしていたという噂が流れていたぐらいだろうか。

 因みにあの時ゾンビに誘拐された女子生徒は、どうやらゾンビを見た時点で気を失ってしまっていたらしく、目を覚ました時にはそれは白昼夢か何かであったのだという形で、問題なく処理してしまったらしい。

「そう、文字通り影子に眠っている潜在能力を最大限に引き出し、ゾンビと容易に闘える力によって、政府の企みを頓挫させる計画よ」

「そうか、だがそれは急務で行っていくべき事柄なのか? 多くはないだろうが他にも可能性のある候補はいるのだろう? 個々の力では劣っても目先の戦力で考えるならばそちらの方を優先すべきだと思うが」

「きみきみは冷たいねー、もしかして利用されたことをまだ根に持ってるの?」

「僕は事実を述べただけだ、それに根には持っているが結果オーライにはなったのだから過ぎた話をぐちぐちと言うつもりはない」

「まさかそこまで怒っていただなんて……こんなことなら告白する前にヌキありのオプションを提示しておくべきだったかしら」

「それは最早レンタル彼女の域を超えているからな」

「貴方達と話しているとどうしてこんなに脱線するのかしら……ともかく話を戻すけれど、公晴君の言う通り、短期的、長期的見ても一人でも多くのリッター(騎士)を育てることは重要ではあるわ――ただ、事はかなり切迫した状態にあるの」

「事? 学校にオタゾンビが攻めてきたことか?」

「そうよ、公晴君はあの事件、変だとは思わなかった?」

「変……か、そうだな、まず第一にコンフィーネの監視を掻い潜って――いやもっと言えば一般人の目に晒されることなくこの学校に突如として現れたこと自体が不自然以外の何物でもないのは、間違いないな」

「そう、ゾンビの殆どは政府の、STDTによって厳重に日本橋に封じ込められているわ、それも、もしものことがあれば彼らが手を下すことによってエリアから外へは突破されないようにしているぐらいに」

「政府側も高度な監視システムを組んでいてもおかしくはない」

「それなのにゾンビは魔法でも使ったかのように潜り抜けてみせた」

「考えられるのはゾンビが身体を変形できた、ということか、それであれば網を掻い潜ることは不可能ではない、実際お前達はその網を掻い潜って日本橋へと潜入しているのだから、あれだけ身体能力が向上したゾンビであればその点はクリアだ」

「けれど彼らの思考力が著しく制限されているのは事実なのよ、だからこそ彼らは日本橋を彷徨い続けているというのに」

「馬鹿言うな、思考が制限され本能で生きているような奴が、相手の不意を突く為にわざと再生能力を発揮させなかったなどという真似ができる筈ない」

 そう、あの時間違いなくあのゾンビは意図的に再生をしなかった、だからこそそこそこの戦闘力を誇る箕面が失態を犯してしまったのだから。

「今までそれなりの数のゾンビを相手にして来たけど、あんな不意打ちを仕掛けてくるような相手は初めてだったねー、いやあ、きみきみがいなかったら危なかったよ、お礼といっちゃなんだけど肩車してあげよっか?」

「お前らは僕を何だと思ってるんだ」

「……公晴君の言う通り、僅かながら思考力を持っているゾンビがいることは以前から言われてのは確かよ、ただ、それは憶測の範疇でしかなかったの」

「だがアパシーの効果を受けずしてゾンビ化したレジスタンスが少なからずいるのは事実、そう考えるとかなり面倒なことになっているな」

「今回の件を経てアパシーの影響を受けていない、もしくはそれを凌駕したツヴァイヴェルターがいる可能性は高くなってしまった、そして――」

「そいつらを指揮する、人間に限りなく近いゾンビがいる推測へと繋がる」

 大桐は黙ったまま首を縦に振る。

「つまり見た目はゾンビ、中身は人間ってことになるのかな?」

「そういうことになるな、人間へと戻った例のゾンビは施設に隔離され未だ意識は戻っていないが、この学校の生徒ではなかった、そんな奴が何の脈絡もなく施設の隠れ蓑となっている学校に現れるなどあり得ない、だからこそ指示した人間――いやゾンビが存在している」

「グローセンハンクの幹部の一人がゾンビを操るゾンビであると言う情報があるのも事実――だからもしそのツヴァイヴェルターが一連の黒幕ならば、私達コンフィーネに限らず、政府にとってもかなりの脅威となるわね……」

「その気になれば大阪を、日本を、いや世界中を混乱に陥れることも可能という訳か……しかしそれをまだ行っていないのは今回の件からも何か狙いがあるということ――だがそれと長峡を戦力にするのとどう関係している?」

「貴方のことだから自分さえいればその幹部ぐらい倒せると思っているのでしょうけれど、今回戦ったゾンビから推察するに急速に彼らの力は上がってきているわ、つまりいつ公晴君でも太刀打ち出来るか分からない相手が出てきてもおかしくはない」

「ほう、その言い方だと僕より長峡の方が潜在能力は高い風に聞こえるが?」

「事実だから仕方ないわ、ほら、これが貴方と影子の数値よ」

 そう言いながら大桐はタブレットを弄ると、僕に一つのデータを見せてくる。

「確かに公晴君の数値は平均的なリッターと比べれば、全てにおいてその何十倍もの数値を示してはいる――けれどこのグラフを影子の数値と比較すると、クオーレの潜在値に限って言えば影子は貴方の何倍もあるわ」

「どうでもいいが長峡のステータス半端ないな、数値の割り振り方が無茶苦茶過ぎだろ、MPに全振りしているようなもんだぞ、ウィザードでもしねえよ」

 しかしチーターであると自負しても何も恥ずかしくはない能力値を持っているというのに、その一点の数値においてのみこのポンコツマスター長峡に負けているというのは、何故か得も言えぬ敗北を味あわせてくるのであった。

「――だがこの女の力が解放されれば、弱パンチで相手の身体が粉砕出来るまでの力を手に入れられるのか、とは言ってもどうやって覚醒させるつもりだ? 今迄散々試して来た結果何一つうまく行っていないのだろう、この僕まで利用して」


「そうなのよねえ……だからデートするしか無いんじゃないかと思うの」


「デートか……互いの距離を縮めるには一つの方法だとは思うが――っては?」

「だから、デートするしかないと思うの、恋愛って積み重ねることで相手の良いとこが見えるようになって、この人好きかもって思うようになるものでしょ? そうすれば影子のクオーレにも火が付いて力を発揮すると思うのよねえ」

「待て待て待て、まさかこの僕にもう一度付き合えと言うのか!? 短絡的にもほどがあるだろう! 何でもう一度利用されるような真似をされなきゃならない!」

 しかもこいつまた話に飽きて今度は人外技を使う集団が織り成すバスケ漫画読んでるし! 言っとくけど今お前の話してるんだからな!?

「でも公晴君と影子はまだ別れてはいないんでしょう? どうやらデートらしいデートもしたことがないみたいだし、それならまだ脈はあると思うのよねえ」

「別れてないも脈も糞もねえわ! そもそもあんなもん恋人ですらないだろ! ガキのおままごとでももうちょいマシな夫婦関係演じてみせるわ!」

「そう言われても……ねえちょっと、影子は正直な所どう思っているの?」

「柴島君のこと? そうね……自意識過剰なキモオタかしら」

「直球過ぎだろ、もう少しオブラートに包まんかい」

 そしてせめて漫画から目を離して言わんかい。

「なら学年一イケメンと名高い百舌鳥(もず)君とならどっちがいいかしら?」

「おい、僕を使って遊ぶのもいい加減に――」


「それなら柴島君でしょうね」


「は? お前何言って――」

「決まりね、覚醒計画は公晴君が影子を落とすこと! それで決定!」

「おい、僕は一切了承なんてしていな――」


『生野せんせー、ちょっといいっすか? 超腹痛くて診て欲しいんっすけど!』


「あらあら、今日もまた私の魅力に惑わされた仔羊ちゃんが来てしまったようね、じゃ、そういうことだから後は任せるわ、何かあれば逐一連絡はするから、二人は何も気にせず順調に愛を育んで頂戴ね! はいは~い、ちょっと待ってね~」


「……どうすんだよこれ」

「柴島君」

「なんだよ」

「不束者ですが宜しくお願いします」

 やかましいわ。


       ◯


「さて……これからどうするかだが――」

 大桐の強引ともいえる押し付けから約数時間後の放課後。

 取り敢えずこのままでは不利益しか生まれないと危惧した僕は移動教室でしか使われない理科室へと二人を呼び出し、今後の方針を話し合うことにしたのだった。

「…………」

 あと数週間もすれば一日中曇天を仰ぐ季節が訪れる、そんな中で漂う陽気な暖かさと、窓へと差し込む斜陽、遠くから聞こえる部活動の声、だが静けさが漂うこの教室は、それらが相俟ってこれ以上ない青春的雰囲気を醸し出していた――

「これから……ね、乱交かしら」

「お前のその偏りすぎな知識はどっから湧いてくるんだ」

 そしてお前のせいで僕の情緒溢れる描写が台無しだくそったれ。

「でも実際えーこっちを覚醒させるにはデートしかないと思うんだよねー」

 そう言って紙パックのミルクティーをズルズルと啜る箕面。

「だからなんでそうなる……想いをはっきりと持たせるなら別に誰かを好きにさせるのだけが方法じゃないだろ、普通に考えれば趣味、嗜好を突き詰めていった方がどう考えても早い筈だ、こいつの恋愛に対する興味の無さは実証済みだろう」

「それをいっちゃうと趣味、嗜好の面においても実証済みなんだよねえ」

「――まさかとは思うが、趣味嗜好に対する好きっていうのがまるでないのか?」

「そのまさかよ柴島君」

「お前はどうしてそうえばった態度全開で出てこれるんだ」

「えーこっちはねー好きというか、打ち込めるモノが人生で一度もないんだって」

「本気で言っているのか長峡……好きな食べ物とか、そういうのすらないのか?」

「そうね、ハッピーターンならよく食べるのだけれど、あれは好きというよりは何かの使命感に囚われて食べている感覚があるから好きというのとは違うわね」

「お前って見かけのキャラによらず大分庶民的だよな」

 窓際で一人物憂げに、しかし決して他者の侵入を寄せ付けない孤高な女と位置づけていた僕、いや学年中の人間が認識していたつもりであったが、蓋を開けてみればなんというか、ちょっと変わっている普通の女にしか見えなかった。

「ううむ、なら勉学はどうだ? 英文を読み解くのが三度の飯より好きとか、気づいたら計算を夢中になって解いていたとか、歴女並に日本史を愛しているとか――お前成績はいつも上位トップクラスじゃないか、何かしらクオーレの感情がないとそこまで高い順位をいつもキープしているなんて真似、不可能だと思うが」

 因みに僕の成績は上の下ぐらいである、長峡は上の上である為かなり差はあるものの悪くはないと自負はしている――

 まあ僕の場合どうして成績をキープ出来ているのかと言えば、人前で大言壮語を吐くような人間が、勉強も禄に出来ていなければただの戯言にしか聞こえないだろうと言う割と不純な理由なのだが。

 故に勉強は好きではない、勉強をするぐらいなら一秒でも長く二次元世界に没頭している方が良いからな、だからこそこれぐらいの成績が限界なのだが。

 しかし上位一桁に入るような彼女であれば、何かしら好きが高じて勉強をしているのではないかと、そう思ったのだが……。

「そう思うの感情は否定しないわ、ただ私の場合、無趣味だからこそ何もすることが無いから取り敢えず勉強をしているに過ぎないのよ」

「何に対しても興味を持てない癖に、やってはいるというのか……」

「漫画だって、小説だって、ラノベだって、アニメだって、ドラマだって、読まないことも見ないなんてこともないし、面白くないとも思わないけれど、だからと言ってのめり込むというような感覚が身体を駆け巡ったことは一度もないし、スポーツやその他娯楽も、人並みに嗜んだけれど、ハマったなんて思ったことは一度もないわね」

「何だこのさとり世代の究極体みたいな奴は、仏門入った方がいいんじゃねえの」

 しかしこれは相当ヤバいというか、重症だなこれは……ここまで何事にも興味を持てないような奴の潜在能力を開放させるなんてあまりに無謀というか、初見殺しのゲーム永遠とやらされているような気分である。

 いくら可能性を秘めているにしても、本当に固執する必要があるのか……?

「だからいったでしょ? えーこっちは幅広く手を出している割にはどれもハマるまでには至ってないんだよねー、私が勧めたコスプレだって着たはいいもののそれ以上は何もなかったし、コスプレは見た目も大事だけど、如何にノリノリでやれるかが大事になってくるし、その点えーこっちは難しくて……」

「そういえば、お前のクオーレはやっぱりそのコスプレ愛からなのか?」

「そりゃそうだよー、コスプレは私にとって唯一不便な自分を思うまま解き放てられる世界だからねー、だからこそ漫画やアニメが厳しく規制されるのはホント困るからねえ、ほんとコスプレをしているだけで奇異な目で見られちゃうこともあるし――」

 そう言って彼女は少し物憂げな顔しながら、それでも笑みを僕に向けると。


「だから、大切な場所を奪われない為に私は戦っているんだよ」


「…………至極真っ当な理由だ」

 何が不便なのか、その身体で、と一瞬でも言おうと思った自分が恥ずかしい。

 僕は彼女のことを何も知らないし、今後も知ってやろうという気にはならないが、彼女にも揺るぎない想いというものがあるのだ。

 僕が二次元世界に想い焦がれ闘うのと同じように彼女はコスプレの為に、己の居場所の為に闘っている。

 人間誰しもが単純に好きだという理由のみに想いを馳せるなどということは必ずしもない、僕でさえ元を辿ればリアルに失望していたからなのだから。

 その想いを、クオーレを馬鹿にするような真似だけは決してしてはならない。

「――話を戻すか、現状を鑑みる限りは、やはり長峡の力を発揮させる為には、一番可能性が高いのはデートしかなさそうだな、一々この女に嵌りそうな趣味、嗜好を模索していては時間も今は無いのだし……」

「お、やっときみきみも観念したかー」

「認めたくないが恋に堕ちるというのはちょっとした事で芽生えるもの、きっかけになりそうなイベントを仕向ければもしかしたら、何てのもあり得なくはない」

「そうね……でも私がラノベのヒロインの如くちょっと優しくされたぐらいで堕ちるようなチョロインだと思ったら大間違いよ」

「何でそこで威張られないとならんのだ」

 しかしなあ、何故僕なのかということがどうしても腑に落ちない、恋人関係とはいえ最早ごっこ遊びですらない、離婚寸前の夫婦と言ってもいいぐらいな状況。

「そもそもどうして長峡はコンフィーネに入ったんだ? いくら潜在値が高いとはいえ、こんな扱いづらい奴、普通見つけられもしないと思うのだが」

「遠縁の親戚なのよ、私と先生は、だから彼女の事情を、日本初の女性総理大臣として有名な弥刀首相とあまり反りが合っていないのも知っていたし、だからというものでもないけれど、その経緯があって彼女の計画に参加してみたって感じかしら」

 暇だしちょっとやってみるか、みたいなノリで参加するような事柄ではないというのに、この期に及んでも他人行儀とは……この根底的な部分を直さない限りどうにもならん気がするんだが、本当に何とかなるのか……?

「ううむ……もうこうなったらデートという名の荒療治に踏み切るしか……」

「無理にデートをしなくてもそういったシチュエーションの中に放り込ませて、心理的に恋愛感情を誘発させるっていう手もあるんじゃないかなー」

「吊り橋効果とかそういう類のことか? まあ心にもない人間とデートなぞした所で結果は目に見えているしな……そういうことから手を付けてみるのもアリ……か」

 不服ではあるが、目前にある脅威に対処するには長峡の覚醒が必要というなら、それを優先するしかない。

 戦闘技術の話をすれば僕や箕面は十分な強さを誇っている、それにもし最悪の場合この女が覚醒出来なかったとしても、このチーターである僕が本気を出せば未曾有の危機からは脱するのも無理ではないだろう。

 寧ろ最初からそれだけの覚悟を持って、是が非でも二次元世界を奪還する為に、僕はコンフィーネに入ったのだから。


 まあどちらかといえば彼女の覚醒が成功する、イコール僕に惚れるということなのだから、この計画が失敗に終わることを願わずにはいられないのだが。


「よーし! そうと来たら目隠しジェットコースターで有名な遊園地にいってみよっかー、絶叫アトラクションだけじゃないし色々試してみるのもアリかもだしねー」


「面白い提案ね、そういうことなら私はアルパカを触ってみたいわ」

「お前は取り敢えず自分が主役であることから意識しような」

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