ラインのお守作戦 Ⅴ
そう言って僕は思いっきり扉を蹴り上げると、これが自分の力なのかと改めて疑いそうになる勢いで、扉が五メートル先まで吹っ飛んでいく。
屋上へと足を踏み入れると、そこには象サイズのオタクゾンビが、その腕に気を失った女子生徒を掴まえたまま、夜空を見上げているのだった。
「グ、グググ……グヘヘ……」
「おうおう、こりゃ美女と野獣も卒倒するレベルだな」
「あーあ、扉の修理は経費で落ちないと思うよきみきみ」
「仕方あるまい、悪役感を出すにはこれぐらいのパフォーマンスを見せなきゃ話にならんからな、本当は主人公らしい立ち回り以外はしたくなかったんだが」
「元から主人公らしさなんて皆無だから心配する必要ないと思うよ?」
「やかましい、さっさとあのオタクの幻想をぶっ壊すぞ」
「一応私の方が先輩なんだからねー? もうっ」
そう箕面はプンプンという擬音が似合いそうな声を出すと、ゾンビがいるフェンス際へと間髪入れず飛び込んでいく。
その身体能力たるや、やはりあの時ビルを飛び越えていった長峡と同等以上のモノがある、まさに二次元世界を三次元に体現したというべきなのか。
「グググ……キミハ……ニゲテ……」
その手に彼女を握りしめたまま言う台詞かよと言いたくなるが、ゾンビは目線を襲い掛かってくる箕面へと変えると、巨大な腕をダルシムというよりは例のゴム人間の如く長く伸ばし、カウンター攻撃を仕掛けようとする。
しかし箕面はそれを読みきっていたか、その攻撃が繰り出されるより僅か前に、女が持つには少々大きい未来感満載な槍を右手に出現させたかと思うと、カウンターを躱すと同時に伸びてきた腕を切り落としてみせるのだった。
「グオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
「おお、やるなあ――――っておい、いくらゾンビ化しているとはいえ腕ごとぶった切るなんて真似してしまってもいいのか?」
『ゾンビと一口に言っても、彼らの人間としての核自体はまだ生きているのよ、形状は様々だけれど、言わば私達と同じようにあのゾンビ化した部分は一種の防具であり、武器でもあるの、ただ神経は通っているからダメージは与えられるわ』
「つまりはその核とやらを狙わないようにすればいいということか」
『逆よ、その核にダメージを与えなない限りは彼らを弱らせることしか出来ないわ、私達はクオーレによって生成されたホルモンから闘う装備を生成させているけれど、同時にゾンビ化を沈静化させるワクチンも生成しているの、ただそれはゾンビ化している部分では進行を遅らせるぐらいの効果しかない』
「要するに人間の核に直接ワクチンを打ち込まないと元には戻れないってことか……しかもその核ごとぶった切ったりしても駄目なんだろう?」
『程度によるとしか言えないわね、それこそ消し炭になるようなダメージを与えてしまうのは危険だけれど、ゾンビ化するとその再生力というか、生命力は人の何十倍もなるから案外簡単に死んでしまうものでもないのよ』
「そうなると僕の力では始末し兼ねんということか……」
『それに関しては否定は出来ないわね』
マジかよ、僕の出番はまるでない気がしてきたぞこれ。
「ほっ、よっと――そおい!」
そんな僕からすればつまらない展開となりつつあるのを尻目に、箕面は軽快なステップでゾンビの攻撃を交わし、着実にダメージを蓄積させていく。
流石はコンフィーネにおいて唯一実践で闘える戦士と言った所か、この程度なら明日のコスプレを考えながらでも勝てるとでも言わんばかりの余裕さえ垣間見える。
「うーん、せっかくだからきみきみに私の必殺『次元を超えし突き(パスディメンション)』を披露してあげようと思ってたのに、ここまで実力に差があると必殺技で核ごと消し去ってしまいそうだし…………なっ! っと」
そう言いながら彼女は悠々と女子生徒が握られていた腕さえも切り落としてしまうと、手からずり落ちたその子をそっと抱きかかえ、そのまま僕の方へと一飛びでやって来る。
「技名としては中々悪くない、英単語を掛詞に使ったのは評価してもいい」
「いやいや、きみきみの厨二病に見せかけた下ネタには負けちゃいますよ――ってことではい、きみきみはこの子を守って頂戴ね、これが最初のお仕事だよ」
「…………まじでか」
本格的に僕は箕面の仕事っぷりを見学でもしておけということなのか、大桐め、舐めた真似をしやがって、この僕にモブ同然の役割を与えるとは……これがもし二次元世界だったら本格的に双丘煙霧断空斬をかましている所だクソババア。
「ま、まあ僕のような強キャラはまだ出る幕ではないということにしてやるか、本当の強者というのは最重要イベントで力を発揮するものだしな」
『なにをぶつくさ言っているのかしら……』
「グ、グウ…………」
予定通りというべきなのか、箕面はゾンビの動きを封じ込んでしまうと、スカウターのようなモノを片目に装着し、その状態でゾンビへと目を向け直す。
「さーてと、核はどこになりますかなー、動くとどこにあるか分かりにくくなるから動かないでよねー、今楽にさせたげるから」
成程、サーモグラフィー的なもので裸眼では見えない核を探っているのか、それならわざわざ拷問の如く刺しながら探す必要もな――
「――っておい! 箕面!」
「ほへ?」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
油断、いや、傲慢というべきなのか、僕からすれば予想はしていたのだが、半端な場数がそれを産んでしまったのであろう、ほんの一瞬目を離した隙に、いつの間にか身体を修復していたゾンビの腕が彼女の目前まで迫っていたのだった。
「ありゃりゃ……?」
しかし気づいた頃には既に遅し、そのまま触手に掴まれてしまった彼女は、完全に第二の人質として、ゾンビに捕まってしまう。
「あちゃー、いやはや面目ない……」
「再生能力がある可能性を考慮していなかったお前が悪い――それにしても再生能力を意図的に隠していたとは……ゾンビに成り果てた割には脳みそはまだ完全には腐り落ちてしまっていないようだな」
『なに悠長なことを言っているの! 早く何とかしなさい!』
「グウウ……ユルサナイ……」
「うっ……あっ……」
ゾンビの腕に力が入り、余裕綽々であった箕面の顔が徐々に苦しそうになり始める、おまけにゾンビの口元が明らかに彼女の方へと近づいており、このままではゾンビ取りがゾンビになるのは必至のようである。
「ふむ、どうやら僕の主人公としてのチート力を魅せる時がようやく来たようだな、まあ見ておけ大桐よ、すぐに終わらせてやる」
そう言い切ると僕は右手から彼女達が持つ武器と同じ風貌の日本刀を出現させ、予告ホームランでもしようと言わんばかりのポーズを構えてみせる。
『すぐに終わらせるって……公晴君も分かっているでしょう!? 貴方の力はあまりに底知れぬものがあるから、無闇に力を開放させたらゾンビどころか、みゆきにさえダメージを与えてしまい兼ねないのよ!』
「だったら無闇に力を使わなければいいだけの話だろう、何も広範囲に渡って爆散させることだけが力の使い方というものでもない、力を一点に集中させ、それを相手にぶつけるのもまた、一つの力の使い方だ」
『それって……まさか――――』
僕はサーモグラフィーのような機械で核の位置を捉え。
射程距離を正確に把握すると、その刀身を核へと向け直す。
さあ、遊びの時間は終わりだ、雑魚は雑魚らしくしているといい。
「貴賎なき儚き想いよ、新月を迎えぬ三日月の如く、あるべき枠組の中へ今一度生き永らえよ――花と散れ、夢想繊月(むそうせんげつ)」
そう言い放つと、刀身の中央を直線的に沿うようにして青い光が流れる――その刹那、刃先が僅かに光り輝き、糸のみたく細い光が文字通り光速で射出され、ゾンビの核を確実に、的確に、寸分の狂い無く、貫く。
「ア……グ、オ……?」
「おお……きみきみすごーいー」
『ただ潜在能力が高いだけじゃなく、クオーレさえ完璧にコントロールしてしまっているというの……これが公晴君の力……これなら――』
『…………』
「重要なのは理想には決して溺れず、しかし想いの炎を決して絶やさず、正しい方向へと慢心することなく、邁進し続けることだ、それが理解出来たのであれば早々にこの闘いから降りるんだな、己は特別ではないと知り、諦観した者よ」
「オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!」
ゾンビは悲痛にも似た雄叫びを上げると、皮膚をこれでもかというまでに覆っていたゾンビ特有の腐敗感満載な部分が瞬時に分解されていき――
全裸の男が、うつ伏せになって倒れているのであった。
「ふっ――無様な姿だな、これが感情に身を任せ機会を逸した人間と、強かに機会を逃さず研磨を怠ることはしなかった人間との差だ」
「そう言ってるきみきみも全裸だけどね」
「…………はい?」
『そういえば言い忘れていたけど、プロトタイプのエスカは際限なく力を使える代わりに耐久性自体は結構脆いの、まあプロトタイプだから仕方ないのだけれど』
「」
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