ラインのお守作戦 Ⅳ

「緊急事態発生! ゾンビ化したツヴァイヴェルターが敷地内侵入した模様!」


「なんですって!?」

 施設内に突然アナウンスが流れたかと思うと、大桐が慌てて監視エリアと思われる場所へと走り、映画館のスクリーンぐらいはありそうなモニターへと目をやる。

 ――そこには、僕がみたサイズの数倍はあろうかというオタクゾンビが、校内を跋扈しているのだった。

「そんな……ゾンビ化したツヴァイヴェルターは衛星を使って逐一動きを監視していた筈よ! まさかシステムにエラーが生じていたというの!?」

「い、いえ、そのようなことは決して……で、ですが忽然と現れたんです、まるでそこに召喚されてきたかのようにして……」

 大桐の鬼気迫る表情に、部下と思われる人間が慌ててそう答える。

「まさか、魔法めいたことが起こりうる訳……いや、でも、まさか――」

 オタクがゾンビ化したり、学生が変身したりしている時点でどう考えても魔法めいた事態が起こっている気がしてならないのは気のせいだろうか。

「だいっちせんせー、今は原因を究明している場合では無いと思いますよー、ほら」

 まるで緊張感の無い箕面がそう言ってモニターを指さすのでそちらへと目を戻すと――何ということか、女子生徒が一人、ゾンビに捕まっているではないか。

「そんな……この時間は部活動も殆ど終わっているのに、どうして――」

「大方忘れ物を取りに戻ったら運命の出会いを果たしたと言った所だろう」

「教師はほぼ全員がコンフィーネと関係を持っているから問題ないけれど、生徒の殆どはこの実情を知らない……何よりこのままではあの子もゾンビ化させられてしまう恐れがある……早急に手を打たないと――みゆき!」

「ほいほーい、お呼びでしょうか」

「あなたならあのゾンビ、倒せそうかしら」

「うーんどうだろうねえ、いつも相手にしているのよりは明らかにサイズがデカいから、ちょっち骨が折れそうだけど……ま、やってみないと分からないかな?」

「それなら問題なさそうね……! あと公晴君はこれを!」

 そう言って大桐は何かを投げつけてくるので僕はそれを片手で受け取る。

「……ブレスレット?」

「エスカのプロトタイプよ、これに改良を重ねたものが今彼女達が付けている指輪型のエスカなの、無論指輪型の方が武装や武器に関してもより精巧で強力な作りなっているけれど、負担を掛け過ぎない為にも様々な制限が掛けられているわ、例えば一定数の気の流出が確認されると装備が解除されてしまうと言った感じね」

「ああ……だから長峡の奴は裸になっていたのか、僕としてはその機能は有難い限りではあるが、リスク回避という意味では最良とは言えない気がするんだが」

「影子の場合は私達が細心の注意を払っていたから多少リスクを負っても問題なかったのよ、要は一人で闘うようになった際、危険に陥る前に逃げることを優先するようにという意味合いがあるの、オタクの前に全裸を差し出したくなかったらね」

「事実超興奮してたしな、まあ確かにあの裸はリアルの癖に素晴らしかった」

「当然よ、影子の裸体は美術館に展示しても恥じないレベルなんだから」

「私の前で平然とセクハラしないでくれませんか」

「それはいいとして、話を戻すけれど、このブレスレットにはそう言った制限は一切ないわ、その分リスク管理は全て自分でしなければならないけれど、貴方なら問題ないでしょう、思う存分際限無く自分の想いをぶつけてみればいいわ」

「ほう……中古というのはアレだが、中々どうして僕に相応しそうだな」

「そしてもう一つこのプロトタイプには特別な機能が備わっているわ、それは――」

 大桐は一拍置くと、僕の方を再度見つめ直し、口を開く。


「変装機能よ」

「男の娘……ということかッ……!」


「変態だわ」

「変態だねー」

「そこ聞こえてるからな」

「みゆきはコスプレのプロみたいなものだから、変身してしまえば素性はあまりバレないけれど、公晴君は色んな意味で顔が知られ過ぎているから、後々のことを考えれば顔割れする訳にはいかない、だからこそ貴方にとっては重要なものね」

「ふっ、闘う男というのは悪くはないが、闘う男の娘というのはもっといい、僕にとっては何の問題もなしだ、変態コスプレするのだけは勘弁だったしな」

「ではこれからゾンビ化したツヴァイヴェルターを倒し、女子生徒の救出をみゆきと公晴君で行って貰うわ、前線はみゆきで、貴方は不満に思うでしょうけど優先すべきは確実性だから、公晴君には経験を積む意味でも後方支援を行って貰うわ」

「ふっ、校内に異形の者が侵入した際の戦闘パターンなど王道過ぎてシミュレートすら忘れてしまっていたぐらいなんだがな……まあいいだろう、後方支援がゾンビの致命傷とならぬよう、精々頑張らさせて貰うさ」


「先生! 標的が二階渡り廊下から外壁を登って屋上へと移動しました!」


「やってることがドンキーコングそのものだな」

「そう……屋上であれば開けている分断然戦いやすいわね……チャンスだわ、みゆき! 公晴君! 出撃準備よ!」

「はいはーい」「さて、屋上のシュミレーションとなると……」

「貴方達……私の面子の為にももう少し緊張感持ってくれないかしら……」


       ◯


「コード・インバート、パブリック・サン」

『Anerkennung』

「コード・インバート、ピュア・スノウ」

『Anerkennung』


 例の合言葉を唱えるとあの時と同じ感覚が今度は全身へと襲い掛かり、その奇妙な感覚に触手プレイでもしているのかという気持ちにさせられるが、光が落ち着いてから視線を下ろすと、長峡がしていた装備とはまた違った、今度は全身の八割をしっかりと覆った近未来的な防具が、身体へと装着される。

 対する箕面は長峡の装備とよく似た、しかし何処となく女騎士コスプレという風貌が抜けていない、そんな感じの装備であった。

 しかしやはりこの身長にうまい具合に肌が露出していると、モデルに見えて来るな……女からするとこのプロポーションはやはり羨望の対象になるんだろうか。

「――っと、そう言えば僕の顔はどうなっている? あまりにキューティー過ぎて襲われてもおかしくないような顔になっているか?」

「うーん、可愛いっていうよりは格好いいって感じ? 全く別の顔になるんじゃなくて、きみきみの顔をベースにしておにゃのこの顔になるって感じだから、やっぱりそのスレた感じというか、斜に構えた感じが残っちゃうんだよねー」

「さっきまで凛々しいとかいう表現だった癖に、着実に悪化しとるな」

「まー良く言うならクールビューティかなー、クールキャラはやっぱり王道ヒロインですからねぇ、色んなコスプレが似合いそうな顔付きでごぜーますよ」

「ほほう、そう言われると中々悪い気はせん」

「それにしても随分とおにゃのこっぽい声が出てるよね? たしか声まで変えるような機能はエスカには入っていなかった気がするんだけど」

「僕は二次元世界でのあらゆる状況を想定しているからな、それにこの声を駆使すればやりたい放題出来る、まあここまで完璧にするには多少の苦労を要したが、この女声を会得して損をしたことはまるでない、現に今がそうだ」

「……ほほー! それは普通に凄いですなあ、というかきみきみは絶対レイヤーやった方がいいよ! 素質あり過ぎってレベル、変態だけど」

「最後が余計だ」

「まあそういった話は後でいいとして――取り敢えず今はゾンビを倒してじぇーけーちゃんを助けてあげないとねー」


『そうよ、予断は何一つ許されないのだから、気を抜いてもらっては困るわ』


 ――と、エスカの中にインプットされている機能なのだろうか、全身から大桐の声が突如として流れ込んでくる。

「ああ分かってる、もうすぐ屋上の入り口だ――それにしてもこんな御大層な装備をしているのに移動は徒歩っていうのは何とも味気がないな、機能的には一飛びで屋上なんて一瞬で上がれるんじゃなかったのか」

『まだ生徒が残っている可能性であまり超常的な力を見せてしまうのは危険だからに決っているでしょう、ここは日本橋じゃないのだから』

「それもそうか――しっかし、予断は許されないという割には女子生徒が攫われてからそれなりの時間は経ってしまっているんだが? もう彼女はオタクに噛まれてゾンビ化してしまっていてもおかしくないんじゃないのか?」

『絶対とは言えないけれど、でも可能性としてはかなり低いわ、何故ならオタクゾンビであるなら彼らの目に映っているのは現実ではなく、二次元の少女なのだから』

「……なに? 脳みそまで腐って幻覚でも見てしまっているのか?」

『独自の調査で分かったことなのだけれど、アパシーにはその人間の視覚を自分の都合の良いように置き換えてしまう作用があるのよ、つまり彼らオタクからすれば女子生徒みな自分に恋する二次元のヒロインに見えている訳、彼からすれば攻略している最中みたいなものなのよ』

「ほーう……つまりはあのキモオタは今屋上で星空デートにでも洒落こんでいる気になっているつもりということか、それは随分とよろしくないな」

『だから油断はしないでと言っているの、ましてやあのゾンビは通常のサイズよりも大きいぁら、アパシーの浸透率がかなり高い可能性もあるわ』


「つまり僕達はこれ以上ない純愛を育んでいる最中のボブサップ相手に、恋路を邪魔するチンピラ役をやらされているようなもんってことか……よっと!!」

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