ラインのお守作戦 Ⅲ
そう答えたのは、大桐ではなく、長峡であった。
「影子」
「エスカピスモスはクオーレに比例して力を発揮する仕組みになっているの、何でも構わないわ、趣味、嗜好、恋愛――好きという想いを流し込むことで変身出来るし、様々な魔術――というよりは気の力と言った方が正しいのかもしれないわね、それらを武器に投影させて、より強い力を発揮させるの」
「言われてみれば何かよく分からん能力みたいなものは出てきてたな――そうか、気と考えてみればまだ納得出来んこともない」
そう言うと大桐が口を挟んでくる。
「ただしエスカを邂逅させるのは女性にのみ存在している特殊なホルモンにしか反応しないの、そのホルモンがクオーレの強さによって分泌されるのよ、それもただのクオーレじゃない、非常に純度の高いものだけに限定されるわ」
「……それで、長峡はてっとり早く純度の高いホルモンが生成される可能性の高い恋愛という手段を使って、僕に声をかけたというオチか……」
それがあんなメンヘラ感満載では、純度もへったくれもあったもんじゃないが。
「勿論、公晴君には申し訳ないと思っているわ、彼女の可能性を少しでも上げる為とはいえ、軽はずみに恋愛の一つでもしてみればいいんじゃないと言ったのは他ならぬ私だし……まさかこんな形になるとは思ってもいなくて」
「二次元世界で負け知らずな僕から言わせれば、あんな胡散臭さ満載の、下手糞極まりない恋愛に騙される筈もないがな、全く、僕も舐められたもの――」
「その割には涙流して私の告白を受け入れていた気がするけれど」
「うおっほん! げっふん! ゴホ! ゴホ! ゴホ! ――――で、そのエスカとやらの仕組みはよく分かった、だが二つ程気になる部分があるな」
「逃げたわね」
「どう考えても逃げたね」
「そこ、静かに」
「何かしら? 分かりうる範囲なら答えてあげられるけれど」
「まず長峡についてだ、お前達がどうやってホルモンを生成させられる女を集めているのかは知らんが、それを除いたとしてもこの女を闘わせる理由はなんだ? エスカがクオーレの強さ、つまりホルモンの生成量に比例して力を発揮させるというなら、この女は激弱だ、素人の僕から見ても分かるぐらいに」
事実、ゾンビと戦っている時の彼女はとてもじゃないが強いとは言えなかった、言わばクリボーやスライム相手に音を上げていると言って遜色のないレベル。
そんな女を、しかもたった一人で闘わせるなどあまりに割に合わない。
「そうよね……あの光景を見てそういう感想が出ない方がおかしいものね……」
「柴島君、実は私には自分でも分からないぐらいの底知れぬ力が眠っているのよ」
「何だその『まだ本気を出していない』みたいな言い方は、いっそ清々しいなお前」
「いやあ、それが実は本当の話なんだよきみきみ」
別に素っ頓狂なことを言ったつもりは無いどころか、寧ろ長峡の方が確実に素っ頓狂なことを言っているというのに、何故か箕面に哀れむような顔で肩を叩かれる。
「確かに私達は政府やゾンビ化したツヴァイヴェルターと闘う為に非常に慎重な選定を行っているわ、言い忘れていたけれどエスカを使うために必要なホルモンは十五歳から二十歳、つまり五年間しか生成されない非常に稀有なモノ、だからといって広域に渡って素質のありそうなJKを集めるのも高いリスクが生じてしまう」
「大の大人が軽々しくJKとか言うな」
「故に最も繋がりの深いこの学校でしか集められないというわけ、幸いホルモンを生成するのは規定内の女の子であれば誰でも生成することは可能――けれど純度の高いホルモンを生み出せるJKとなると数パーセント以下となってしまう」
「だろうな、ポコポコとゾンビと闘える奴が生み出せるなら僕を引き入れる必要性は皆無、それに思春期を過ぎた女ってのは簡単にビッチになる生き物だ、無理もない」
「そういう捻くれた所があると二次元世界に行けてもモテないわよ柴島君」
「ほんとにねー、せっかく凛々しい顔してるのに、性格で損するタイプだねえ」
「そこうるさいぞ」
そもそも現実が僕に対し非道、外道を繰り返すからこそそれ相応の対応をしているに過ぎんのだ、二次元世界であれば今頃僕は澄んだ空の青さよりも美しく、ヒロインに対して完璧な応対の出来るイケメン男子になっているに決っておろうが。
「柴島君に強力な主人公補正があればの話だけれどね」
「おい、誰が机で突っ伏して寝たフリしてる系男子だ」
おのれ……そこら辺にいる女であればこの程度気にもならないどころか論破してやれるというのに……こいつとは色んな意味で変な接点を持ってしまったからか、気付けば主導権を握られてしまう……。
「おほんっ! ……話を戻すけれど、つまりエスカを使用して闘える女の子の候補はいることはいるけれど、まともな戦力になっているのはみゆきだけと言ってもいいぐらいなのが実情なのよ、だからこそ一刻も早く増員したいのだけれど……」
「これだけ莫大な施設を持っている割に、随分と非効率的なもんだな」
「それ仕方がないわ、寧ろこの学校だけで候補がいたことは御の字と考えるべきなぐらいよ、本当は一人も素質がある子はいないと思っていたぐらいなんだから」
「それにしては長峡には随分と力を入れているようだが……あれだけのヘッポコ具合だったというのに本当にこの女には素質が隠れているっていうのか? どうにも信じられんな」
「この施設では一定の素質があると確定したらそこから様々な検査を経てステータスを算出しているの、基本的にホルモンを生成するのが蛇口だとすると、その元であるクオーレがタンクということになるわ」
「つまりは純度の高いホルモンを生み出すことは可能でもクオーレが弱ければ力は発揮されないということか、当たり前といえば当たり前の話だが」
「平均的にはそれなりに素質がある子でも気の力を以ってして倒せるゾンビの数は精々数十体が限界、みゆきでようやく三桁を超えるぐらいなの――けれど、検査だけで見れば影子は数千、いえ数万体ものゾンビを倒せる素質を持っていたのよ」
「レジスタンスそのものを丸々壊滅させられるだけ力ってことか……それは確かにとんでもないな――だが、現状は蛇口捻っても何も出てこない、か」
「だから私達はどうにかして彼女の力を開眼させようとしていたのだけれど……」
僕のような変人と謳われている人間をマシなどと言っている時点でこいつのヒロインスキルは皆無に近い、まさに徒労という結果だったのだろう、自分で言っていて虚しくならなくもないが、実際そうだったのだから仕方がない。
ならば恋愛以外の手段を試してみればいいではないかと言いたい所ではあるが、それで上手くいくなら今頃こんなことにはなっていない。
底知れぬポテンシャルがあるのに、術を知らないとは哀れなものである。
「だからこそ、僕の出番ということか……」
「そのとーり! もちろんえーこっちの潜在能力は今後のことを考えれば必要不可欠なんだけど、きみきみはそれに近い力を発揮させちゃったからねー」
「そう、偶然ではあったけれど、貴方の存在はまさしく僥倖だったのよ」
今までの話を聞けばそういう感想になるのも無理はない、中立の存在を銘打っておきながら戦力としてはあまりに乏しい、頼みの綱でもある長峡もこの体たらくでは是が日でも僕を利用したくなるというものである。
「それがいいが二つ目の疑問だ、特殊なホルモンを持っているのは女だけなら、本来僕では力を発揮出来ないのは言うまでもない筈、だが現に僕は変身をしてしまったし、気を使ってゾンビ共も一蹴もさせた、これは明らかに矛盾だ」
非常に稀な確率で男性にもそのホルモンが分泌されるのだと考えられなくもないが、それならばその量は極小と見るのが普通だろう。
だが客観的に見ても僕から出ている量は極小だとは到底考えられない。
そっちの気があるということであれば尤もらしい理由にはなるが、悪いが僕は男の娘を真正の男として見た覚えは一度もない。
よく勘違いする愚か者がいるが、あれは神が生み出した神聖なる『男の娘』というジャンルなのである、それ以上でもそれ以下でもない、それ以外に分別など不可能な崇高なる存在なのだ。
現に長峡が男の娘だとして、告白されていたしても、僕は受け入れていたしな。
「何か寒気するのだけれど、気のせいかしら……」
「えーこっち大丈夫? ちょっと疲れてるんじゃない?」
「…………」
「そうね……その問いには正確な分析と検査を行わなければ分からないことだけれど――私が考えうる限りで話すなら、公晴君の場合、クオーレが常人を遙かに通り越しているという点にあるかもしれないわね」
「そのぐらいなら僕以外にも沢山いる気がするけどな」
「問題なのは純度よ、クオーレに少しでも不純な、疚しさや妬ましさといったモノが混ざってしまうと女の子でも生成は容易ではなくなってしまうの」
「まあ、声優が結婚したというだけでソウルジェムが濁る奴なんてごまんといるからな……だからといってそこで何も思わないというのも良くない気がするが……だが重要なのは男ではそのホルモンは生成出来ないことだろう? 純度以前の問題だ」
「だからこそ貴方の場合、クオーレに違う何かが作用していると思うの」
「なんだそりゃ」
「柴島君の二次元へのクオーレの強さ、それが本物なのは間違いないわ――ただ、そのクオーレは不純物が隙間なく埋められたモノである可能性が高いってことよ」
「不純物で塗り固められた事が結果として、高い純度になった……だと……?」
ベジータか僕は。
「納得はいかないでしょうけど、正攻法で生まれるはずのないものが生まれてしまったのだから、不純が極限まで積み重なった結果と考えるしかないのよ、それもその力は影子のポテンシャルに肉薄していると言っても過言ではないぐらい――」
「不純さ満載で二次元を想っていたことなど微塵も無いんですけど」
「あまりに精神が図太いから柴島君自身が気づいていなかっただけで、肉体にはかなりの負担が掛かっていた、ということになるんじゃないかしら」
「僕の二次元愛を身体の毒みたいな言い方をするんじゃねえ」
まあ何にしても。
これが今起きている、そして僕自身が巻き込まれている全容、といった所か。
政府の二次元への圧政は相当なもの、いや絶対的な意思の強さを感じる、秘密裏とはいえオタク共を薬で無力化させようとしたぐらいなのだ、最悪の場合日本橋に限らず日本全土のレジスタンスは最後の一人駆逐されるてもおかしくはない程に。
まさに圧倒的不利な状況、その中で戦力乏しといえどコンフィーネの存在は僅かだが希望の光と言ってもいいだろう、このままなすがままに全てが完了してしまうことは少なからず無くなる筈――
「……………………」
ほんの少し流れた静寂を切るようにして、大桐は意を決した表情で話しかける。
「――長くなってしまったけれど、公晴君、貴方はこれ聞いてどう思ったかしら」
「どうするも何も、レジスタンスと政府をぶっ潰せばいいんだろう?」
「え?」「え?」「?」
「え? 何だ揃いも揃って……、僕が断るとでも思ったのか?」
「い、いえ……承諾をするにしてももう少し考えるかと思ったというか、あまりにあっさりだったから拍子抜けしてしまったというか……」
「あれだけ話を聞いてわざわざその上で考える必要なんてないだろう……というか、僕はこのコンフィーネにたどり着く前、もっと言えば僕自身が変身した時点で八割方決意は固まっていたつもりなのだが」
「それってまだ私にも会っていない段階な気がするのだけど……」
「極端な話、僕にとって重要なのは『二次元を取り戻せるか否か』、そして『三次元にも桃源郷はあるか』のみ、いま己を突き動かしているのはそれしかない」
「いやはや、実にシンプルな答えですなー」
「その二点をクリアするにおいて政府は論外だ、そしてレジスタンスは前者においてはクリアしているが後者の点においては不可能、二次元を守るに暴力で立ち向かうのは僕の美徳に反する、ましてや雑魚ゾンビAとして日本橋を無為に歩き回るなどもっての外――要するに消去法でお前達が当てはまった、それだけのこと」
「文化の危機だというのに随分と考え方が悠長ね……けれど私達が力を以ってして闘うことに変わりはないのよ? 貴方の考え方だと納得いかない気がするけれど」
「力と暴力は意味合いがまるで違う、力を使って犠牲や遺恨を残すようなやり方には同意できないというだけの話だ――どういう原理なのかは分からんが、長峡も僕の攻撃もゾンビにダメージを与えた際には浄化とも取れる作用が見られた、つまり少なくとも僕達の戦い方は悪戯に犠牲者は増やさない、違うか?」
まあ、オタクのゾンビ化を解消させた所でそれが根本的な解決になるとも思えんが、そこをどうするかはこの女の役割だろう、僕の領分ではない。
「――――全く、ゾンビ化したツヴァイヴェルターを前にして笑みを浮かべていた貴方を見た時から只者ではないと思っていたけれど、どうやら想像以上に期待出来そうね……いいわ、私達コンフィーネは最大の感謝を持って貴方を歓迎し――」
「――――――――?」
そう。
大桐が言いかけた所で、天井から前触れもなく地響きが聞こえてくる。
「なんだ? 地震?」
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