ラインのお守作戦 Ⅱ

「思った以上にデカいな……こんなのが学校の地下にあったのかよ」

 約十数メートルは降りただろうか、一見すればダンジョンでも攻略しているのかとでも言いたくなる薄暗い階段の先には、専用IDカード、パスワード、指紋認証、顔認証といった幾重に渡る超厳重なセキュリティが設置された分厚い扉があり、しかもそれを計三回も潜り抜けなければならないという至極面倒な作り。

 その過程踏んでようやく辿り着くと――

 そこには地上にある校舎の何倍はある、それでいて実に近未来的な施設が延々と広がっているのだった。


「ここが、コンフィーネの拠点か……」


「どう? 流石に少しは驚いたでしょう? この学校の理事長とは昔から良いお付き合いをさせて貰っててね、まさか政府も学校の地下に巨大施設を作っているとは思わないでしょう、研究、開発、訓練、指揮、その他諸々全てここで行われているわ」

 ふうむ、これぞまさに税金の無駄遣いなのだろうか、いやこの女はこの基地を立ち上げた時には既に議員を辞職しているのだから、どちらかと言えばこいつ自身が財閥のご子息か何かなのか。

「こういったコンフィーネの基地ってのは日本全国に点在しているのか? というか、そもそも関東のレジスタンスもゾンビ化してしまっているのか?」

「都市部を中心に支部はあるけれど、監視の機能しか備わっていないわね、オストに関しては秋葉原への立ち入り規制は厳しく行っているものの、アパシーによる鎮圧までは行われていない――というより行わなかったと言った方が正しいわね」

「成る程……実験が失敗した時のことも想定していたって訳か、東京全体がバイオハザード化するような事態になればそれこそ洒落にならんしな、東京からは遠く離れた、しかしレジスタンスの力を弱めるには日本橋は絶好の場所なのは違いない」

 まあ大桐も関東に潜伏しているよりは関西にいた方が何かと動き易いだろう、実際一部の生徒には気づかれはしていたものの、それが拡散しなかったのは彼女が元々大阪出身で強い支持基盤を持っていた事が要因だろうし。

「そういうこともあって私達の一大拠点はここなの、政府の動きだけでなく、ゾンビの動向も逐一確認出来るし、何かあれば彼女達をすぐに出撃させられるから、ここが最も立地がいいのよ」

 彼女達――か。

「ならばそろそろ聞かせて貰おうか、この僕を弄んだ理由を――」


「おやおや? そこにおわすが例のルールブレイカーの少年君ですかな?」


「……人がこれから気持ちを弄ぶということがどれだけ罪深く、神をも恐れぬ行為なのかということを小一時間詰めてやろうかという時に、軽いノリで潰してくるのは何処のどい――」

 ………………………………でかっ。

「あ、箕面(みのお)先輩、お久しぶりです」

「おっ、えーこっちじゃん、ひさぶー」

 いや、女にデカいというのは失礼かもしれんが、だとしてもデカいなこいつ。

 まあ僕自身が平均男子の身長より少し低いのが余計にそう思わせるのかもしれないが、それを除いても百八十センチ近くは確実にあるな……。

 そしてこの圧倒的存在感に負けない漆黒の制服と真っ黒な帽子から感じる既視感はあれか、俗に言わなくてもコスプレか、まあ大きい身体に似合うコスプレってなるとキャラが限られてくるしな……その分かなり様になっているが、いい意味で。

 冷たい印象を想起させる長峡とは違い、実に柔和というか、黒に包まれたコスプレだというのに全く暗い感じを与えない印象を与えてくる、きっと長峡がこんなコスプレをしたら間違いなく軽く一人は殺っている雰囲気を醸しだしている所だろう。

 何れにしても喜怒哀楽が豊かに表現されそうな、そんな顔つきであった。

 とは言っても所詮は三次元レベルでの話ではあるがな。

「はい改めてどうもどうも、あたしが箕面みゆきと申します、君達も通うこの高校の三年生にしてコンフィーネの一員だよ! どうぞ宜しくルールブレイカー君」

「え、ああ……僕は柴島公晴――って、さっきからルールブレイカーってなんだ、そんな宝具を持ち合わせた記憶はないぞ」

「あはは、いやあ君はここでは結構有名人だからねー、全く自覚はないだろうけど、実は普通じゃあり得ないことを平然としてしまっているんだよ?」

「普通じゃあり得ないだと? 大桐、一体どういう意味だ」


「――少し遠回りをしてしまったけれど、実はこれから話すことと、何故影子が貴方に告白したのかということ、そしてどうして貴方が特殊であるということは、全て関係しているのよ」


「……僕が長きに渡って培ってきたイメージトレーニングの成果と長峡が僕を弄んだ行為が同義だって……? ふふふ……全く以て度し難いな」

「さっきから顔に手を当てて全力で格好をつけているみたいだけれど、全然動揺は隠せていないわよ……」

「何? この僕が動揺をしているだと? ふざけるのも大概にして欲しいものだな、これは怒りに震えているのだ、己の不甲斐なさと、掌で踊らされていたことにな」

「わー、きみきみって結構面白いキャラしてるんだねー」

「だから言ったでしょう? そこら辺の男子生徒よりはマシだって」

 ふっ、どうやら僕は完全無欠に舐められているようだな……これだから三次元などという下らぬ世界は嫌いなのだ、二次元世界では僕のような存在など無個性も無個性に近い、僕自身そんな自分に危惧すら覚えているというのに。

 それだというのに三次元は無個性であればある程それが良いとされる――こんな場所でなければ今頃帰っている所だ。

「と、兎に角! 重要なのはそういうことではないの! もう……変に癖のある子ばかりだから話が進まなくて困るわ……、――いい? 影子が貴方に告白したことと関係があるのは、貴方のイメトレではなくて、貴方がエスカを発動させたことなの」

「エスカ? ああ、エスカピスモスのことか」

 そういえば長峡の奴も僕がエスカピスモスを使って変身した時に随分驚いていたな、僕では無理など何だのと曰わっていた割にはあっさり変身できてしまったが。

 そしてこの箕面という女が僕のことをルールブレイカーと言った……ふむ。

「……要するに僕ではこの略称エスカを使うことは本来不可能だと言いたいのか、もっと言えば男では使用する事が出来ないといった方が正しいか」

「おお~、きみきみは中々鋭いねえ」

「お前達の言っていることを纏めて推察すれば容易に想像出来る――まあ、ここまで来るとそのエスカとやらの発動条件も大凡見当がつくが……一応聞いておこうか、何が引き金で変身出来る?」


「想い――クオーレよ」

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