夏の目覚め作戦 Ⅴ

「え、えっ!? くっ、柴島……君……!?」

 猛烈なダッシュ、そして完璧なスライディングで登場して見せると、僕は可憐に立ち上がりに颯爽と現れた感満載で立ち上がり、決め台詞を投げかける。


「……どうやら間に合ったようだな――――って何で全裸!?」


 颯爽と現れたつもりだったが、何故か長峡はおもいっきり全裸になっていた。

 いやちょっと待って全然思考が追いつかない。

「え……? きゃっ! いや……あの……これは……」

 な、何だというのだ……まさか都合よく服だけ溶かす便利な液体でもゾンビにかけられたとでも言うのか……? そ、それにしても、やはり長峡は僕の想像通りのバディをしていやがる……上にそびえ立つ双子山と、そこから見える見事な谷はまさに芸術品とも言えるレベル……! それをまた手ブラで隠すのがまた何とも素晴らしい……!

「はぁ……はぁ……ら、ラッキースケベとか早く起きませんかね……?」

「は……? 柴島君何言って――って後ろ!」

 完全に男の性に翻弄されてしまっていると、長峡が叫ぶので僕はハッとして振り向くと、これもまた僕と同じように明らかに興奮が隠しきれていないゾンビ達がすぐ側まで迫っているのであった。

「アア……」「ウヒイ……」「ブヒヒ……」

「ふふふ……気持ちは分かるぞお前達よ……」

「いや……そんなことを言っている場合じゃ――」

「だがそうは問屋が卸さん! 長峡!」

 僕は自分が着ていた制服の上着を彼女へと渡すと、続けざまにこう言う。

「変身する為の装置を持っているんだろう?」

「え……? まさかあなたエスカピスモスを知っているの……?」

「なんだそのラスボス感漂う名称は……何でもいいからそれを僕に渡せ!」

「い、いやそんな事を言われても、柴島君では……」

「渡さなければ僕もゾンビ化して一緒にお前の身体をしゃぶり尽くす」

「真剣な顔でとんでもない変態発言するのね……分かったわ、好きにして頂戴」

「……それはしゃぶり尽くしていいって意味か?」

「エスカピスモスを使ってみればいいって意味よ!」

 そう怒られると彼女は僕に指輪のようなものを投げつけてくる、ふふっ、クールさが売りの女が感情を剥き出しにするというのは、やはりいいものだな。

 受け取った指輪は平均的なサイズよりは少し大き目に作られており、中央には一本の線が引かれ、そこから実に近未来的な青白い光が煌々と漏れているのであった。

「柴島君、無理だとは思うけれど変身をするにはまず――」


「コード・インバート、パブリック・サン」

『Anerkennung』


「――って、嘘、どうして――くっ!」

 僕が解除コードを呟くと、エスカピスモスという指輪から強烈な光が放たれ、僕を包み込んだかと思うと、自分の身体に何かが装着されていく感覚がはっきりと伝わってくる――

 そうかこれが変身をしている時のヒロインの感覚なのだな……。

 暫くすると、身体に纏わり付いていく感覚が収まり、光も弱まり始めたので、僕は右手に握られていた剣を軽く振り回すと、それらしいポーズを取ってみせる。

「ふっ……決まったな……」

「く、柴島君……」

「オッ――」

 お?


「オエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 何故か唐突に僕の姿を見たゾンビ達が一斉に吐き気を催し出す。

「なん……だと……?」

 まさか変身しただけでゾンビ共にダメージを与えたというのか……?

「エスカピスモス……なんて恐ろしい機械なんだ」

「いや……柴島君……下……」

 長峡が引き気味な顔で僕にそう促すので、僕は彼女が言う通り目線をゆっくりと下へと降ろしていく、すると――

「……おやおや、これはいけませんね」

 いや、何というか、あり得ない展開ではないのは予測していたのだが、まさかそっくりそのまま長峡の装備が反映されているとはね、そりゃ吐き気も催すわ。

 もう少しご都合主義というものを発揮して欲しいものである、くそったれ。

「グググ……ヨクモ、ヨクモ……」

 そんな虚しさ全開の状態に凹んでいると、『ふざけやがって、なんて穢らわしいモノを見せるんだボケナス』と言わんばかりに怒りに満ち溢れたゾンビ達が臨戦態勢で僕へと詰め寄っているのに気づく、うるせえ僕だって望んでやった訳じゃねえわい。

「まあいい……長峡、技を出す時に必要な詠唱とかあるのか」

「え? い、いえ……そういったものはないけれど……ただ単純に、その剣に感情を込めればエスカピスモスが呼応して能力を発揮することが出来る筈――」

「成程、そういうことなら……」

 僕剣に向かって自分自身の感情を流し込むイメージを送る。

 すると剣の端々から青く輝く光のようなものが流れ始め、鮮やかに発光していくではないか。

「そんな……どうして柴島君が」

 そうして視線を前へと向ける、僕が攻撃を仕掛ける前に潰しにきたのか、それともこの格好があまりにもキツいからさっさと視界から消えて欲しいのか。

「ウオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 どちらにしても、だ。


「遅いな――妖艶を妨げし愚盲な霞よ、蒼穹へと帰り給え! 双丘煙霧断空斬!」


 そう技名を吐くと、視界百五十度全てから襲いかかってきたゾンビをなぞるようにして、剣を横一線に振り切る――

「……………………」

 一瞬、時が止まったかのような間が流れ、完全な静寂が周囲包んだ瞬間、その時間を取り戻そうとせん勢いで凄まじい爆発音がけたたましく、連続して鳴り響いたかと思うと、ゾンビ達が呻き声を上げながら、ふっ飛ばされていく。

「グオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……」

「凄い……ここまで威力の高い攻撃……初めて見た……」

「ふっ、常に脳内で数百通りもの戦闘シチュエーションを、何千、何億とシミュレートして来た僕にかかれば、突然の非日常など日常と何も変わりはしな――」

「そこの変態動くな!!」

「……人の決め台詞を邪魔した上に変態呼ばわりとは……一体どこのどいつ――」

 どんなふざけた輩なのかと声の主が聞こえた方へと目やると……おやおや、これは特殊部隊の皆さんではありませんか。

「オーマイガー……」

 いや考えてもみれば当たり前か、あれだけ激しい爆音が聞こえれば、いくら日本橋周囲を警備していた特殊部隊も異常を察知して集まってくるに決っている……。

 そして辿り着いてみればこの女向けのコスプレをした男と、近くには上着一枚を羽織ったほぼ全裸の女がもう一人、これを見て変態と思わない奴はまずいまい。

「貴様グローセンハンクの残党か! ここで何をしている!」

 そう言われてさっと説明出来るような状態じゃないことぐらい見れば分かるだろ。

 くそ、折角格好良く決めたというのに……流石に人間相手にこの力を使う訳にもいかないし、だからと言ってこのまま猥褻関係の罪で捕まるのも御免被る……ど、どうすれば……。

「答えられない程の事をしていたというのかこの変態め――」

「待て落ち着け、取り敢えず変態ではないという所から話し合おうではないか」

「その格好でよくそんなことを言えたものだな……」

「気持ちは分かる、それでも僕はやってない」

「黙れ! こいつを捕まえろ!」

あぁ……こうして冤罪というものが生まれるのですね。

「――――って、うおお!?」

 完全に窮地に追い込まれ、半ば諦めかけていたその時、唐突に特殊部隊を引き剥がすかのようにして、一台の黒いスポーツカーが僕達に向かって一直線に突進してきたかと思うと、目の前で横付けされ、扉が荒々しく開け放たれる。

「何だ次から次へと……」


「影子! 公晴君! 早く乗りなさい!」


「ん? その声……何処かで聞いたことが――――ぐえっ!」

 僕達を助けに来たと思われる謎の女の声に僕が違和感を覚えていると、突如後ろから長峡に蹴飛ばされ、僕はそのまま助手席シートに突っ込まれると、続けざまに後部座席から乗り込む音が聞こえたかと思うとあっという間に車が発進してしまう。

 まさに怒涛の出来事に、体勢を整えることすらままならない。

 その内背後から聞こえていた特殊部隊やゾンビの声も、銃声のような音もみるみる内に遠ざかっていく。

「ふう……油断し過ぎたかしらね、もう少しで危ない所だったわ」

 そう言ってサングラスを外した彼女の顔を見て、ようやく得心がいく。


「お前……保健の生野(いくの)か」


「先生に向かってお前な上に呼び捨てだなんて、失礼な生徒ね、でもそう言うSっ気も持ち合わせた年下の男の子も、私は嫌いじゃないわよ?」

「見た目は二十代後半、中身は四十路を歩みつつある狂気とも言える若作りオバサンに悪いが微塵の興味もない……そんな事より一つ聞かせろ」

「容赦無い四十路弄りは止めて欲しい所だけれど、何かしら?」

 僕はようやく体勢を戻しシートベルトを着用すると、こう尋ねる。


「――お前らは第三勢力だな、目的はなんだ?」


「ふふふ……、やっぱり成績は良いだけあって頭の回転は早いみたいね――そうね、恐らく概ねあなたが考えていることが正解と考えてもいいわ」

「ならば、僕を野放しにしておいた理由はなんだ?」


「見た目通りよ、あなたは政府もレジスタンスも超越する素質がある、それだけ」


「この僕が政府もレジスタンスも、だと……?」

 その言葉を聞いた時、何か熱いものが湧き上がったような感覚があった。

 それはきっと二次元を守る最後の門番として、僕が最も適した人間なのかもしれない、そう思ったから、思えたからである。

 何より、それは僕が求めた世界であり、手段であるとも、確信したからだ。

 これ以上ない何かが、僕を待っている。

 ――ならば、この道を突き進むしかないではないか?

 …………。


「柴島君、その格好じゃなんの説得力もないわ」

「お前が言うな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る