夏の目覚め作戦 Ⅱ
そうして僕と長峡の淡い青春群像劇が始ま――
※
「柴島君、おはよう、この道なら三十分は一緒に登校出来るわね」
「柴島君、寝癖が酷いわね、ドライヤー持ってきたから直して上げましょうか」
「柴島君、遅刻は良くないわ、手を繋いで走って登校しましょう」
「柴島君、ちゃんと宿題はやってきたのかしら、まだなら私が教えあげる」
「柴島君、連れションしましょう」
「柴島君、今日も英語の小テスト満点だったわ、褒めてくれないかしら?」
「柴島君、既読無視は良くないわ、実家に直電するわよ」
「柴島君、次の授業はこの辺りが当てられるから一緒に予習しましょう」
「柴島君、何処へ行くの、トイレなら一緒に行くわ」
「柴島君、お弁当作ってきたの、見事なハート型でしょ、中庭で食べましょう」
「柴島君、これ私のだし巻き卵、あーんして、それとも咀嚼して口移しがいい?」
「柴島君、ほっぺにお弁当が付いているわ、舐めとってあげる」
「柴島君、次は体育ね、ペア決めでハブられたら即駆けつけるから心配しないで」
「柴島君、これ私の汗がたっぷり染み込んだ体操服なのだけれど、嗅ぐ?」
「柴島君、小便をしましょう」
「柴島君、もうすぐ授業が終わるわね、顔が見れなくなるなんて辛いわ」
「柴島君、さようなら、一分置きにメールするから返事してね」
「柴島君、好きよ」
「柴島君、愛してる」
「柴島君、アイラブユー」
「柴島君、想ふ――」
「くにじま――」
「くにじ――」
「くに――」
「く――」
「――」
※以下繰り返し。
「おかしい……何かがおかしい……」
いや、確かに付き合っている筈なのだ、そこに疑いの余地はない。
……だが何というか、思っているのと違う、僕の想定だともっとこうキャッキャウフフ、ヤダモー的な、頭にお花畑が幻視される類だった気がするのだが――
悪いがこの一週間、多少内容が変わっているぐらいで大体やっている事が同じな気がしてならない、というか完全にルーティンだろこれ。
まず、登校時は何処から調べたのか謎過ぎる僕の惚気話、休み時間はほぼゼロ距離でのトーキングタイム、授業中に至っては延々と僕のスマホからバイブ音が鳴り続け、最早スマホが震えているのか、僕の足が痙攣しているのか分からない始末――
「あと連れション率高過ぎ……」
これが二次元世界ではある意味定番でもある、愛の形が歪み過ぎてとんでもない方向に向かうあのヤンデレという奴なのか……マジか、デジマなのか。
「てっきりあの余裕は恋愛経験の豊富さから来ているものかと思っていたが、一連の行動を見るとどうもそんな感じでは……」
無論これまで現実で恋愛などしたことがないのだから確証などはない、しかしこれが恋ではなく変だというぐらいは流石に分かる。
それは彼女がヤンデレある、というそのものではない。
現状ヤンデレであることに変わりないのだが、それがどうも男が女の前で童貞の癖に必死になって非童貞のフリをしているそれに近い気がするのである。
……そして結果として、それが僕の日常生活を着実に圧迫させているのであった。
「お陰で闇書店に通う回数が増えてしまったではないか……ただでさえ極力リスクを減らす為にも週一で通っていたというのに……」
情けないがこのままでは本妻(二次元)への愛さえも揺らいでしまい兼ねない。
そんな風に辟易としながら、独り言をぶつくさと呟くと、僕は自室のベッドに仰向けになって寝転び、スマートフォンの画面をじっと見つめる。
「十七時から二十二時の間か……」
この一週間、僕をハンマー投げの如く振り回す長峡影子なのであったが、実は彼女のヤンデレ紛いな行動以外にも、いくつか疑問点を抱いていたのだった。
まず、ストーカーに近いレベルで僕を追い回す彼女だが、下校時間になると、まるで恋人ごっこは終わりと言わんばかりにそそくさと帰ってしまう点。
登校時間ならまだ分からないことはない、他の生徒も多くいる時間帯、あまり一緒にいるのは恥ずかしいというのは別に不思議ではないだろう。
まあヤンデレ彼女であればそういうのは関係ない気もするが。
「しかし……下校時間というのは二人の恋愛バロメーター上げていくには必要不可欠とも言うべき最重要イベント――」
太陽が沈み始める夕暮れ時、人通り少ない通学路を手を繋ぎ歩き、今日あった出来事を話しながら分かれ道までの時間を楽しむ、王道だが実に良きシーンなり。
また、自転車の荷台に彼女が横向きに座り、橙色に染まる夕日を背景に河川敷を走り抜ける、ベタだが最高のシチュエーションだ、死ぬまでに一度はやりたい。
それこそ放課後デートも最高だろう、二人でカラオケに行ったり、出店で買ったクレープを食べあいっこしたり……結構じゃないか、青春だよ、甘酸っぱい青春だ。
「だが……長峡はそんな当たり前とも言えるイベントを尽く粉砕しやがる……彼女が真にヤンデレならそれぐらいして当然、いや宿命と言ってもいいのに、何故奴は下校時間の接触を避けるようにして帰る……?」
そして、本来ならば下校をしてから就寝時間までといえば、彼氏に会えない寂しさを埋めるべく電話やメールをやり取りをするゴールデンタイムとも言える時。
しかし、恐ろしいことに長峡はそれさえも容易にスルー。
授業中はくたびれるまでに構ってメールを送り続けてくるというのに、会えない夜の時間帯になった途端メールの返信率も、電話の応答率も極端に低下するのは最早疑問を通り越して異様でしかない。
要するに彼女は百戦錬磨のビッチでもなければ、初心な女の子でもないのである。
「……貴重な恋愛バロメーターを上昇させる機会を自ら潰すなど普通は有り得ない行為……それにおいてはリアルも二次元も関係はない筈……」
一体彼女の不明瞭な行動に何の意味があるというのか。
理由がスポーツであれば一連の疑問は解消されるが、わざわざひた隠すようなことでもない、『実はレスリングを……』と言われたら流石に動揺してしまうかもしれないが、それでも好きと言われた女を振る理由にはなり得ない、少なくとも僕は。
これでも無責任な男にはならぬよう日々最大限の脳内予行演習は積んできているのだ――いつ何時異世界へと放り込まれるか分かったものではないからな。
「…………いや」
やはり彼女はそれに当てはまらない。
推論の範疇を抜けないことは否めないが、どうにも彼女は何か前提となるものがあって、それの為に行動をしているような気がしてならないのだ。
「言ってしまえば彼女のヤンデレ――いや元も子もないかもしれないが、告白をしてきてきたことすら、やはり何か意図があるようにしか――」
ふうむ……。
正直ヤンデレ返しのようでであまり気は進まないのだが……。
この空白の時間帯に、一体彼女が何をしているのか、こっそり後を付けてみるのも一つの手かもしれんな……。
その結果何も疚しいことがなければ別にそれでいいのだ……まあ、もし僕を弄んでいたのであればその時はそれ相応の泣き寝入りをさせて頂くことになるが。
――何より、このレンタル彼女の如き現状に納得できる程、僕は鈍感ではない。
「全く……選択肢があればもっと楽に済むというのに」
やはり、リアルは実に面倒だ――
◯
「それじゃあ柴島君、また明日ね」
「そうだな、明日は休日だけどな」
「あら、そうだったわね、そうなると会えるのは明後日になってしまうのかしら、それはあまりに寂しいわ」
「せやな、僕も寂しいで」
「四六時中あなたを思って過ごすから、柴島君も私を想って過ごしてね」
「うん、過ごすよ、過ごす過ごす、超過ごす」
「そういうことだから、ばいばい、柴島君」
「いばいば」
そう僕達は別れの言葉を口にすると、長峡は小走りで階段を駆け下りていく。
「…………」
おかしいだろ……、恋人同士だというのに、これではまるで片思いをしている女の子がイケメン男子くんを遠目で想っているような態度そのものではないか……。
「信じられん……これを遊ばれていると言わず何と言うのだ……」
余談だがこの突如として生まれた僕と長峡の関係性を、当初は学年全体に激震が走ったそうなのだが、当の本人である僕でさえ変だと分かるその有り様に、五日経った頃には『哀れな童貞ボーイ』というレッテルを貼られる始末となっていた。
ほっとけ、重々承知しとるわい。
「――――っと、そんな事を解説している場合ではなかった」
確定では無いとはいえ、まずは彼女の本性を暴かねばならんのだ、ここまで舐められて僕も黙っていると思ったら大間違いである。
どうなろうと必ずや一矢報いてみせようではないか。
僕はそう意気込むと恐る恐る、だが着実に長峡の後を追いかける。
そうして彼女の姿をこの目にとらえると、丁度校門へと向かって歩みを進めようとしている所であったので、僕も後に続いて靴を履き替え、校門を抜ける。
…………いや分かってはいるのだ、やっていることが最早ストーカー紛いを通り越してただのストーカーなっていることぐらい。
だがこれだけは言いたい、これで表では決して見せない、長峡の知られざる本性を暴くことが出来れば、僕は大人しく身を引くつもりなのだ。
寧ろ所詮リアルはこんなものなのだと、清々気持ちになれるぐらいである。
「…………ん? 登校時の道とは逆の方向だと……?」
ふっ、まさかこんなにも早くきな臭さが漂ってこようとは思ってもみなかったが――まあよい、こちらとしては長期戦になる可能性さえ視野に入れていたのだ、この展開ラッキーと言ってもいいぐらいだろう。
……なに? 足が震えているだと?
はっ、馬鹿も休み休み言え、これは小便を我慢しているだけに過ぎん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます