「…もう1ヵ月、経っちゃいますね」

「なんかあっという間だよなー…ビックリ」


ついにこの日が来てしまった。

オレは何でか朝からとても緊張しているが、先輩はいつも通りで変わりない。

先輩の笑顔を見ると昨日の姉ちゃんの言葉が少し頭をかすめたが、今日が最後になるかもしれないのだから楽しもう、と無理やり頭から追いやった。


ブーッ、ブーッ


「今日も来た来た」

いつものように携帯を取り出した先輩は、いつもと違い内容を読み上げず、画面を見たまま固まってしまった。

「?…どうかしたんですか?」

「や、えーっと…これ…」

そう言い、申し訳ない顔をして届いたばかりのメール画面をオレに向ける。


「……っ!」

その画面に書かれていた内容にオレも固まる。


だってそこには "最終ステージ!ラブホへ行く!" と書かれていたのだ。


「…翼、無理しなくていいからね~。アイツらもホント何考えてるんだか…」

そう言いながら乱暴に携帯をしまう。

東条先輩とラブホ。よりによって最後がこれとか。先輩方はほんと鬼畜としか言いようがない。

は―――…っと心の底から出た長い溜息をした後で、オレはしっかり先輩を見据えた。


「行きましょう。これが最後のミッションですし」

「え、でもさー…」

「行くだけでいいんですから、なんにもせずただお泊りして帰ってくればいいんですよ。それでみんなの気が済むんですから」

「えー…?まぁそうだけどさぁ。翼の決断力にはホント脱帽だよ…」

「それはどうも」

先輩は行くまでの道中「ホントに行くの?」とまだぐだぐだ言っていたが、目的地についたらいつも通りスマートにオレを案内してくれた。




「わ、すごい。ベッドが円い。しかもでかい。え、お風呂がガラス張りなんですけど!」

キラキラと星のちりばめられた天井に、ムードを出すためのライト。

見たこともない何もかもに、オレは無意識にきょろきょろあたりを見回してしまう。

「え、もしかして翼来んの初めてだった?」

「はい。先輩は来たことありそうですね?」

「えー…うそ、翼の初めてが男とかなんかすげぇ申し訳ない」

興奮するオレを他所に、先輩はなぜか落ち込んでいる。

「別に何かするわけじゃないんだし、下見と思えば何ともないです」

「えー…翼がいいならいいけど…」

「あ、そだ。親に連絡しないと」

「え!?ラブホにいますって!?」

「まさか」

今日は友達の家に泊まります、と母にメールをすれば、金曜日なこともありすんなり了承される。


それからはベッドに腰掛けテレビを見たり、報告用の写メを撮ったり、別々にお風呂に入ったりして、いつものようにのんびり過ごした。






「ん~…」

「…翼眠い?もう寝る?」

「んー…」

ベッドにドサッと仰向けに寝転がる。天井で星がチカチカしているのがやたらまぶしく感じ、思わず右腕で目を覆う。

先輩はまだベッドサイドに腰掛けたままだったが、少しオレの方へ寄ったのか、隣の布団がずしりと沈む。


(もう1ヵ月終わるのに…)

先輩は罰ゲームが終わる話を全然してこない。

明日からオレと先輩の関係はどうなるのか。

もしこのまま眠ってしまって、朝起きて誰もいなくなってたりして…それが終わりの合図だったらどうしよう。

眠い頭で考えると、やたらマイナス思考になってしまう。


「…東条先輩。もう1ヵ月終わりになります。罰ゲームももう終わりなんですよね?」

先輩の反応を窺うのが怖くて、腕で目を覆ったまま聞いた。だから先輩がどんな顔をしているのか全く分からない。

「…うん、そうだね」

「…こうして一緒にいるのももう終わりになっちゃうんですかね…?」

「……」

この問いに、返事はなかった。

「…明日起きたらいなくなってるとか、そんなことはないですよね?」

「それはないよ、絶対しない」

今度ははっきりと、否定される。


(…どうして二番目の質問は答えてくれないんだ)

先輩は何らかの形でオレとかかわりたいと思ってくれてるのだろうか。

それとも全く他人に戻りたいのだろうか…それとも、



「……せんぱい」

「…何?」

「昨日、姉ちゃんが…オレと東条先輩がいるところみたらしくて、それで…」

「…うん」

「東条先輩のこといいなって思ってたから連絡先教えてほしいって言ってた」

「…ん」

「…それなのに、オレ…連絡先知らないって言っちゃったんだ。…ごめんなさい」


また、返事はなかった。

代わりに少し間を置いてからぎしり、とベッドが軋む音がして、オレの顔に影が落ちて


…ちゅっ


小さく音を立てて、すぐにまた離れた。



あまりの出来事に一気に目が覚めて、がばっと体を起こし、先輩を見据える。

すると何でか先輩も呆然としていた。

「なに…してるんですか」

「ごめん…なんか急に…ごめん」

「…もしかして、これも罰ゲームの一環なんですか?」

「違う!そんなじゃない…!」

「じゃあ、なんなんですか…」

「…ごめん」

先輩は謝るきりで、何も答えようとしない。

先輩は姉ちゃんが好きなくせに、なんでこんなことをするんだろうか。


  " 君すっごく雛ちゃんと似てるよね "


(あ…)


「…先輩から見たらオレと姉ちゃんはそんなに似てますか…?」

「…え」

「だからオレにキスしたんですか。オレに姉ちゃんの面影でもみて…」

「違うよ…!」

「…もう、いいです。なんかもう…無理です。もう罰ゲームやりきったし、オレ、帰ります」

「翼!」

思い立ったオレの行動は素早かった。

服はもともと着てきたヤツのままだったから、一目散に荷物を取って、後ろで先輩がベッドから落ちたような音が聞こえたが、見向きもせずに部屋を出て、ひたすら走った。




(こんな終わり方は望んでなかったのに…)

他人のように戻るにしても、もうちょっとちゃんとさよならしたかったのに。


突然のキスは、ただただ意味が分からないだけで嫌悪感はなかった。

なのになんで。

自分へのキスじゃなくて、姉ちゃんの身代わりみたく思った途端、そのキスがすごく嫌で嫌でたまらなかった。

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