東条先輩とデートもどきをする時は、必ずお仲間さんから指示があった。


ブーッ、ブーッ


「あ、来た。"今日は駅前の新しいカフェでデートしてこい"…だってさ」

「え…新しいとこってあのめっちゃピンクのとこですよね。…この罰ゲームといい、皆さんどんだけ鬼畜なんですか」

「はは、翼は相変わらずズバッと言うなぁ」

「罰ゲーム以外のことに関しては割といい人たちなだけに、残念なんです」

東条先輩は付き合うと決まった日から、オレを下の名前で呼んでいる。

オレは後輩なんだし"東条先輩"と呼ぶのが不自然じゃないだろう、と押し切って、そのまま。

「じゃ、今日もいきますか」と、東条先輩は誘導するようにオレの半歩前を歩き出した。



実際に東条先輩と一緒にいると、見かけによらずいい人だとわかる。

(見かけによらずいい人、っていうより いい人なのに見かけのせいで損してるって気もする。…でもイケメンだからそうでもないのかな?)


有言実行で飯だけじゃなくデートにかかわるものは基本すべて奢ってくれるし、オレが嫌がることは強要しない。

先輩たちは不良グループと思われてるけど、実際は身だしなみ以外は割と普通で、時々授業サボるくらいで大それたことはしないらしい。

飲酒や喫煙みたいな非行的なことも、昔それで停学になった友人がいたため誰一人としてやる人はいないし、万が一いたら先生にチクると仲間同士で協定を組んでるそうだ。

ただ、売られた喧嘩は買うらしく、その度に喧嘩に勝ってしまったり、全身傷だらけになることがたまにあって、それで「目があったら逃げろ」みたいな誤解が広まってしまったそうだ。

その言葉を鵜呑みにしていいのかはわからないが、ここ数週間の付き合いで、オレはそれが本当だと思っている。

こうして隣で歩いててもさりげなく車道側を歩くし、オレが少し歩くの遅れたらさりげなく歩調を合わせてくるこのスマートさ。

東条先輩は本当にいい人だ。



「…うへ、ホントピンクだね。女の子ばっかだし、超肩身狭い。…翼は何頼む?」

「…オレはカフェオレで」

「え、それだけ?あの有名なパンケーキとか食べないの?甘いもの嫌い?」

「好きですけど、あのホイップの量は殺人的です」

「ええー?じゃあこのスモールサイズ頼むから一緒に分けよう」

そう言って先輩はとんとん、とメニューを指さす。

「…これのどこがスモールなんですか」

「それはオレじゃなくてお店の人にいいなよ」

ふはっと吹き出すその笑顔に、思わず可愛いと思ってしまう。

年上で、背も大きい人にそういう表現は不思議かもしれないが、無邪気な笑顔がなんともかわいく見える。

ピンクだらけの背景も、平凡なオレには似合わないが、東条先輩は何気に馴染んでいる。


注文して届いた料理。どう見てもスモールサイズには見えないパンケーキの上の無駄に多すぎる生クリーム。

「…そういえば、姉ちゃんはここのラージサイズ食べたって言ってました。1人で。そん時は「へー…」としか思わなかったけど実際目にするとすごいですね。」

「…え!うそ、マジで!?雛ちゃんすげー…てか、なんかラージサイズ想像したら、スモール食べる前に胃もたれしてきたんだけど」

「…なに意味わからないこと言ってるんですか。早く食べないと、ここに1人で置いてきますからね」

「うへー…なんだかんだ言って一番の鬼畜って翼だと思うよね、うん。」

そう言いながら、先輩は報告用の写メをパシャリと撮った。





なんだかんだ先輩といるのは楽しかった。

さりげなく姉ちゃんから好みの男を聞き出して「イケメン好きだから意外に先輩あるんじゃないか」と伝えたらすごく喜んでいたり。

「今日は高級料理店の日だー!」と言って1万円の食事をし、先輩がその値段の高さに半泣きになったり。

一緒に遊園地へ行ってお化け屋敷でやっぱり先輩は半泣きになってたり。

一緒に勉強会をしたけど、お互い頭悪くて全然進まなかったり。

罰ゲームとは思えないほど、充実した日々だった。


だけど約束の1ヵ月はあっという間で、残るはあと3日となってしまった。しかも最後の日は土日になるから多分会わないだろうし、そう思うとあと1日だけ。

罰ゲームが終わったら…オレたちは一体どうなるんだろうか。

終わったらただの他人に戻るのだろうか。

それとも仲のいい先輩後輩になれるのだろうか。

…急にそんなことが不安になった。



「ただいまー」

「あ、おかえりー」

その言葉とともに、珍しく姉が玄関先まで駆け寄ってくる。その顔は、やっぱりどう見ても自分の顔とは似ても似つかない。

「今日あんた駅にいるの見かけたけど、あんた東条君と一緒だったよね?」

「え…あ、うん。いたの?」

「たまたま本屋行ったらさ、ちょうど道の反対側にいたから声掛けなかったけど。東条君と仲良かったなんて知らなかったー!」

「…仲良いっていうか…ただの先輩後輩だよ、多分」

「多分て何よ?それでも知り合いには変わりないじゃない!翼、もしかして東条君の連絡先とか知ってるの?」

「…なんで?」

「だって東条君カッコいいじゃん!いっつも笑顔だし、ずっとなんかいいなって思ってたんだよね~」

「ふうん。連絡先は……知らない」

「そうなの?ざーんねん」

姉ちゃんはその返事を疑いもせずにさっさと去っていってしまった。


(姉ちゃんも、東条先輩が気になってたのか…)

なんで連絡先を知ってると、正直に言えなかったのだろうか。

先輩が姉ちゃんを好きなことはずっと知っていたのに…




罰ゲームはもうすぐ終わる。

罰ゲームが終わったらどうなるのだろう。

ただの他人に戻るのか、それとも仲のいい先輩後輩になれるのか。

それとも…

先輩が姉ちゃんに告白して、オレは先輩の恋人の弟になったりするのだろうか。

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