パスター

 エンダーの拳が黒いガーディアンを一撃で吹っ飛ばした。

「うわー。エグいぶっ飛び方だ」

「推定数千メートル。帰ってくることはないでしょウ」

「よかった。これ以上戦ったら痛すぎて死んでたよ」

「二度と来るな!」

トリムが夕暮れの空に吠え、町中は被害の復興へと歩き出した。

 遅れて、地球連邦直属の民間軍事会社であるフォーチュンのヘリコプターやガーディアンが到着した。

「遅すぎる。フォーチュンが来るのを待ってたら地球を一周できたぞ」

「やばい。私、また閉じ込められたりしてないでしょうね……!」

 開かないと思って扉に思いっきりタックルした桃子だが、レムリア王国にいた時は開かずの間と化していた扉が、あっさりと開いた。

「ギャー!」と悲鳴を上げ、桃子はコックピットにしがみつく。

「はあ! 勘弁して! 落っこちて死ぬなら、おれは戦死のほうがいいわ!」

 

 一方、鬼電は、マウスをカチカチと叩きつつ、英語の混じった日本語の羅列されたコックピットをじっと見つめていた。

 鬼電はちらっと外を眺めて、フォーチュンの機体を見てみる。

「あれは何の機体?」

「全てフォーチュン所属でス」

「だよね。どこかでミスしてる記述でもあるのかな? 所属不明機に対する条件は——」

 英語が嫌いな鬼電のために、日本語でもプログラムが組めるようにとプラズミたんがネットから情報を収集して作成したプログラミングソフトだが、いかんせん不完全なプログラムが作った見様見真似なソフトなだけあって、バグも非常に多かった。

 鬼電はプログラムの欠陥探しに集中しすぎて、フォーチュンのヘリコプターから降りてくる、鬼電が良く知る女性に気が付かなかった。女性はメガホンを持って、プラズミに向かって絶叫した。

「こらー! 鬼電! 研究所に行ってないでしょ!」

鬼電はガバッと窓に目をやる。鬼のような形相をした母親と目があった。

「うわー! 面倒くさいのが来た! なんとかしてよプラズミたぁ~ん!」

沈みかける太陽が、ジト目で、絶叫する鬼電を見ていた。


 奈落獣との戦闘を終えた三人は、ガーディアンごとフォーチュンの施設へ輸送された。運ばれている間、トリムは寝ていた。

 桃子はフォーチュンの隊員に電話を借りて同級生たちに連絡を取っていた。

 鬼電は、正座をして戦々恐々とした顔で到着を待っていた。

 到着したあと、三人は中くらいの大きさの会議室に案内された。三人は横一列に座った。そして、後から入ってきた女性が、三人の前に座った。

「みなさん、今回は、わたしたちフォーチュンに代わって奈落獣を排除していただき、ありがとうございました」

フォーチュンの支部長という女性は深々と礼をした。トリムと鬼電はその胸に見とれていた。桃子は笑顔のまま自分の胸をちらっと見て、軽く毒をついていた。

「でかい……」

「? なにか?」

「いやいや! なんでも!」

女性は話を続けた。彼女は、オーロラと名乗った。

「少ないものですが、いくらかお礼を……」

と、三人の前に3つの封筒が置かれた。トリムは礼儀も弁えず中身を確認する。中には、そこそこのお金が入っていた。三人は胸をなでおろす。

(よかった。これで食いっぱぐれるのは防げそうだ……!)

(プラズミたんの開発資金に……!)

(ギリギリ安物だけど、これでスマホが買える……!)

オーロラは続いて、1枚の紙を差し出した。

「もし都合が悪くないのであれば、あなたたち3人にも入団してもらいたいのですが……いかがでしょう?」

3人は言葉に詰まった。それを見たオーロラは、安心してくださいと言葉を付け足した。

「あなたがたの事情に関してはこちらがあらかじめ調べていますゆえ。それを含めて提案させてもらっています」

「話が早いな。気に入った! 人助けにはあまり興味はないが、試しに世話になってみるか」

即決したトリムに続いて、桃子も、

(フォーチュンに入隊したら、クラスメートの皆が私を見直してくれるチャンスかも!)

「私もやります!」

手を上げた。

 残る鬼電だが。

「……ちょっと、家族と話す時間をください」

「……わかりました。ご両親は外で待っているので、話し合ってみてください」

鬼電は部屋を出た。扉を開けた時に、桃子の通っている高校の教師でもある鬼電の親が見えたので、桃子は軽くお辞儀した。鬼電の両親も、はっという顔をしながらそれに応じた。


 二人は鬼電を待つ間、身の上話をしていた。

 特に、桃子に関しては1ヶ月も消息を絶っていたため、オーロラにも入念に質問攻めされた。

「トラックに轢かれたと思えば異次元に飛ばされて、強いガーディアンを引きつれて現実に帰ってきただぁ?」

「完全にラノベだ」

「なるほど。レムリア王国に飛ばされていたのですね。なら、あの桜威さくらおどしという機体についても納得がいきます」

「桜威のこと、知ってるんですか?」

「いえ、機体そのものについては……ただ、機体の分類——ファンタズムについては知っています」

「私も、名前は知っているんですけど、まだ習っていなくて……」

 ファンタズムとは、レムリア王国でのみ造られているガーディアンで、魔法による近距離攻撃が得意とされている。

「レムリア王国は、その周囲にバリアを張っているせいで、無断入国ができません」

「ということは、私、バリアを飛び越えちゃった……ってこと?」

「にわかに信じられないが」

「しかし、信じざるを得ませんね。レムリア王国自体、突然現れた異界の国ですし」

「なんでもありだな」

オーロラは、手に顎を乗せ、しばらくの間考え込んだ。

「あと、気になるのは『謎のガーディアン』についてですね」

「ああ。闘技場で俺をボコボコにして、異世界で桃子をボコボコにしたっていうあのガーディアンか」

「話を聞いた限りだと、なんとなくですが、二人が見たというガーディアンに共通点が見え隠れします」

 オーロラが言う通り、二人が見た謎のガーディアンには共通点があった。なんとなく黒色っぽかったのを覚えているものの、他の情報について思い出せないというところ。瞬殺されたものの、結果的に二人とも生きているというところがある。

「ちなみに、ヴィランとバニーのガーディアンじゃないんだよね?」

「んなわけあるか」

「確かに、二人の話と今の闘いを比べてみると、強いとは言えないですよね。失礼ですけど」

「気にしなくていい」

「ちなみに、彼らのガーディアンは、フォーチュンの開発部の設計図から盗まれたものでした」

「何やってんだアイツ……」トリムは顔を隠すように頭を抱える。

「私たちの到着が遅れたのも、設計図が盗まれたことに気づいて対処をするための会議を開いていたため、指示が遅れたというわけです」

「うーん。正義の味方とか言ってたけど、どうなんだろ?」

「正義だろうが悪だろうが奴らが襲ってくるまで何度でも戦うぞ」

 と、話しているうちに、鬼電が帰ってきた。

「どうだった?」

桃子はその顔を覗いた。


 鬼電は恐ろしさ全部で扉まで近付くと、扉は勝手に開いた。すると、言われていた通り、すぐ正面に親が立っていた。

(余計なことを……!)

試しに扉から外へ出てみると、扉は勝手に閉まった。自動式だ。親は部屋の中の誰かにお辞儀をした。扉が閉まってすぐ、質問攻めにあった。

「なんで研究所に行かなかったの」

「……」

鬼電は返答に困った。英語ができないとなれば、またどこかに飛ばされるのは目に見えていたからだ。一か八かの大嘘を吐く以外なかった。

「だってさ。外から研究所を見てみたんだけど、大したことなさそうだったんだよ。だったら、僕が独学で進めていったほうが良いかなって思って。高校の時もそうだったけど」

「んまー」

とだけ言い、しばらく口を開かなかった。その後、思い出したように質問した。

「そういえば、完成したのね。プラズマ」

「プラズミ」

「そう」

「まだまだ未完成だよ。ブーストも試作の段階だったし。完成してたら町の被害はもっと減ってたよ」

「やはり天才か」

鬼電の両親は恍惚とした表情になる。鬼電は勝利を確信した。

「それに、珍しい、ファンタズムがいると聞いて、急いで戻ってきたんだ」

鬼電も、桃子が乗っているのはファンタズムであったということは、事情は知らずとも気づいていた。もちろん、ファンタズムのことなど知らなかった。

「──だから、戦闘風景を一目見たくて、僕も乗り込んだんだ」

親バカたちは腰を抜かした。明らかな歓喜の表情だ。

「まあ!」

「それで、もう少し観察したいからフォーチュンに入りたい!」

「いいよ!」

(勝った!)

鬼電は数年ぶりに勝利を手にした。右腕を握りしめる。前回の勝利は、特に意味もなく最高スペックのPCとデュアルモニタを買ってもらった。もはや前時代のものと化した今でもそれを使っている。

「研究所じゃないのは残念だけど、フォーチュンにも私たちの知り合いはいるから、よろしく言っておくわ!」

「ありがとー!」

と、親にこっぴどく叱られるのは回避できた。

 鬼電は、元の会議室に帰っている間に、先ほどの言い訳をしたのを微妙に後悔した。なぜなら、今度はフォーチュンに入隊する流れになってしまったからだ。

(まさかとは思うけど、ここまで来て数学やら英語の勉強やら、やるハメにはならないよね……?)

「安心してくだサイ鬼電サン! サーチをかけたところ、比較的自由な研究環境みたいでス! 英数は元からできるという前提でやっているのでわざわざ習モゴッ!」

「あー! フォーチュンの生活ー! 楽しみだなー!」

鬼電は笑顔で大声を出しながらスマートフォンのスピーカーを押さえた。親を除く全員に訝しげな目で見られたが、親は鬼電の言葉に喜んでいるようなので安堵した。

(今度余計なことを言ったらその処理を複雑にさせるよ! プラズミたん!)


 とりあえず笑顔の表情をして歩いていたら、自動ドアが勝手に開いて、鬼電は会議室に強制入出することになった。

 桃子の見た鬼電の顔は、実に晴れ晴れしい笑顔に見えた。以上。

 トリムは鬼電の口角がピクピクと動いているのを見逃さなかった。トリムでなければ見逃していた。

「入隊します」

「そうか。まあ、座れよ」

鬼電はトリムの態度に微妙な違和感を感じたが、とりあえずは従った。

「それで、オーロラ。俺たちは、これからどうすればいい?」

「全員隊員になるんですね! それでは、どこかの部隊にそれぞれ編入するか、この三人で新しい部隊を作るか、どちらかですね」

「私は、女の子だけの部隊とかがないならどこでもいいかな」

「俺もどこでもいい。鬼電はどうなんだ?」

あ、バレてるな。鬼電は察したので、遠慮なく提案した。

「僕は諸事情があって、この三人で部隊を組みたいんだ」

「鬼電がそう言うなら、俺はそれに乗るぞ」

「うーん。じゃあ私も、それでいいかな。よく考えれば、同年代なら学校で間に合ってるし」

「決定だな」

「手続きは言い出しっぺの僕が率先してするよ」

「手続きは、名前を書いて、部隊の名前を決めて頂ければ。あとは私がやりますゆえ」

「じゃ、みんな、名前書いてって」

 三人はそれぞれが直接、名前を書いていった。部隊名の部分で、手が止まった。

「部隊名、どうするんだ?」

「チェリー・ブロッサムとか?」

「それはお前に寄りすぎてるぞ、桃子」

「でも、三人に共通の名前って、何かあるかな?」

「あのバンドの名前にしよう。『パスタ』!」

「パストだって言ったろ」

「いや、案外いいかもしれない!」

「正気か桃子。パスタだったら食い物じゃねえか」

「じゃあ、パスタpastaにerを付けて、パスターにしよう!」

あっ! と大声を上げて提案する電鬼だが、即座に桃子に怒られた。

パストpastにerでもパスターになるからこっちにして!」

「パスターなら許せるが、どっちみち帰国子女には怒られるぞ。たぶん」

「いいよ! この場に帰国子女はいないんだから!」

(僕も帰国子女じゃないよね……?)

 こうして、パスターが結成された。彼らがこれからどんな物語をもたらすのか。今は見守るしかない。

 



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