マガイモノ・ワルイヒト
「O県O市、俺たちは帰ってきた!」
一組の男女がO県の大地に足を踏み入れた。
二人は同じ年齢で、ペアルックに近い、同じ色の服を着ていた。手を繋いで元気よく町中を歩いているものだから、傍目に見れば良い歳をしたバカップルに見えないこともなかった。二人とも顔はそれなりに整った顔立ちなので、若干の軽蔑はありつつも、羨望の眼差しを注がれた。特に女性のほうは、頭に顔1つ分くらいの大きさの、兎の耳を付けて歩いているために、多くの人の目を惹いた。
二人がこの地に戻ったのは他でもない、ある人物を探すためだった。
そもそも、この二人は元々は三人で行動していたのだが、その途中、その中の一人が町を飛び出して行ったのだ。彼らはそれを追って、それと同じくO県から去ったのだ。それ以降、町を去った男を探しつつ、子供の頃から企んでいた世界征服の野望を果たすためにずっと計画を立てていた。
そして彼らは、一つのロボットを引っ提げて帰ってきたのだ。
それは、ほぼ全てのパーツに黒色の塗装がされていて、夜中にライトを点けなければ、確実に見えないようになっている。設計図は地球連邦直属の民間軍事会社フォーチュンから盗んできたものだ。全ての部品を設計図通りにすることはできなかったが、代替品を使ってなんとかした。
「この町にあの人がいるんだよにゃ?」
ウサギ耳の女性が男に聞いた。
「そうだけど。どこにいるのかはわからんで」
「足で調べるしかないにゃー」
二人は、闘技場で一世を風靡したものの、敗北を期に休暇を貰って帰省したという男を追って、この町まで帰ってきた。直感で歩いていくうち、二人はある看板の前にたどり着いた。
「パストにゃ」
「あの人の入場曲もパストだったよね」
「つまりはそういうことだよにゃー」
二人はパストのライブのチケットを買って、行列に並んだ。というか、行列の先頭だった。
行列の先頭だった二人に対し、"あの人"たちはほぼ最後尾にいた。遠すぎる距離と長すぎる空白の時間は、三人をめぐり合わせることを拒んだ。
そして、奈落獣が出現した。
二人は真っ先に会場を後にし、避難誘導を受けるまでもなく奈落獣たちの進行から逃げ切った。
二人は黒いガーディアンに搭乗して、ロボットが出てくるのを待った。
最初から目当てのガーディアンが出てきた。刃のように鋭いボディをしたその機体は、奈落獣のなかでも特に大きい一匹を殴った。噂通りの攻撃をしている。二人は、この機体に乗っているのが"あの人"だと確信した。
二人が戦場へ乗り込もうとしたところに、続いて、巨大な赤いガーディアン、桃色の女性的なガーディアンが現れたので一旦中止した。それぞれがどういった立場なのか様子を見ることにした。
しばらくして、奈落獣は全て消えた。ここぞとばかりに、黒のガーディアンを起動させた。
戦いを終え、一呼吸をついた三人だったが、突然のプラズミたんの言葉に一同はもう一度、気を引き締める。
「新たな奈落獣の反応がありまス!」
「まだ来るのか!」
プラズミたんの言葉通り、二人と少し離れたところで、巨大な黒い影が立ち上がった。だが、その形は、奈落獣のものではなく、明らかにガーディアンそのものだった。
「久しぶりだな、トリムゥ!」
「げっ!」
「ホントにゃ! その声は本当にトリムにゃ!」
大体を察したトリムに対し、関係者ではない鬼電と桃子は、奈落獣には見えない、謎の男女の登場に動揺した。プラズミたんもフリーズ寸前まで来ていた。
「トリム、奈落獣なの?」
「奈落獣よりも厄介な奴らが来た……」
「厄介扱いってひどくにゃい?」
「そーだそーだ」
トリムと謎の二人組の押し問答が数十分ほど続いて辟易してきたころに、桜威の手が上に伸びた。その手は淀んだ空気を引き裂いた。
「はい! 私は桃子って言います! あなた達は誰ですか!」
「よくぞ聞いてくれた!」
「余計なことを」
黒い機体は手足と頭部で南十字を作った。
「俺はヴィラン!」
「私はバニーにゃ!」
「二人合わせて!」
「「正義の味方、ピエロッツ!」」
おおー。と、桃子は小さく拍手するが、依然として微妙な空気が続いた。鬼電は明らかに苦手なタイプだったので、とりあえず無視を決め込んでおいた。
「……あれ、ピエロッツはなんで今出てきたの?」
「決まってるにゃ! トリムを連れ戻しにきたんだにゃ!」
「あの怪文書、やっぱりお前らだったのか……」
トリムが闘技場に出始めて、人気が出始めた頃にはファンレターが何通も届くようになっていた。その中に、一団体から何度も変な文章が送られてきていたのだ。
「『ピエロッツに入らないとお前の嫁を誘拐する』とか、『トリムにはピエロッツこそがふさわしい活躍の場にゃ!』とか! 何通届いたと思ってる!」
「100万通は送ったな!」
「正確に言えば3万9996通にゃ」
「どっちでもいいが迷惑だ!」
「迷惑でもいいから帰ってこい!」
「無理だ!」
「ええい、かくなる上は、殺してでも仲間に引き入れるにゃ!」
(殺しちゃダメでしょ……)
これ以上口出ししても長くなるだけなので桃子はそう思うだけにしておいた。
黒の機体はゆっくりと前傾姿勢になった。エンダーのブーストから音が鳴る。
「あ、本当に戦うんだ?」
「当たり前だ! お前らもこいつを囲んで叩け!」
「僕たちもか!」
「痴話喧嘩の仲裁を頼まれた気分でス」
「あるの?」
「ないでス」
「……」
「ジョーク機能、消しておくね」
まずはトリムが動いた。エンダーは高速で黒のガーディアンに近付き、その拳に力を溜める。
(トールの加護を借りて、全力でぶん殴り飛ばしてやる!)
文字通り、神のようなパワーが引き出され、ガーディアンが壊れる音とは違う、ブウン、という音が鳴った。
「ちょ——」
ヴィランが命乞いをした頃には、黒の機体は、夕焼けの彼方へ消えていっていた。彼らは文字通りに一瞬で殴り飛ばされた。
今度こそ、戦いが終わった。
バニーは自分の土に汚れた耳を、指で直接ピクピクと動かしていた。
「トリム、ひどいにゃ!」
「でもやっぱり、思ってた通りの強さだったよ」
「にゃー。力づくで連れ戻すには時間がかかりそうだにゃ」
「ガーディアンはほぼ完全に壊れちゃったし、もっと強い奴の設計図を盗まないとだね」
「それにしても、あの場にいたガーディアンは全部見たことのないのばっかだったにゃ」
「非売品なんだろうね」
「トリムに勝つには、オリジナルで作るしかないかもしれないにゃ?」
「僕たちにオリジナルを作る知識はないからねぇ。かと言って強いガーディアンを買うほどのお金はないし」
「奪うにゃ」
「それだ!」
バニーは夜空に浮かぶ月を眺めた。その耳がピクリと動く。
ヴィランはその月に手を伸ばす。
「待ってろよトリム……! いつか、必ず連れ戻すからな!」
一方そのころ。一人だけ大目玉を食らっている人がいた。
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