パスタ

 トリムと桃子はライブ会場に着いた。思っていたより行列ができていて二人は驚いた。客たちは奇抜な服装をしていたが、ワイルドにノースリーブのトリムとダメージ感が強すぎる服を着ていた桃子も遅れはとらなかった。

「人が多いね。チケット、残るかなあ」

「足りないかもな」

立ち尽くす二人の後ろから、一人の男が話しかけてきた。

「あんた……もしかして、激流げきりゅうのファストリームか?」

後ろを振り向くと、手ぶらの青年が目を輝かせながらトリムの手を握ってきた。サンダーボルト神鬼かみき——鬼電おにでんだった。トリムは桃子の方を向き、ウインクした。

「ほら、有名人だ、って言ったろ?」

「でも今こんなに人がいて初めて話しかけられたよね」

「揚げ足を取るな」

鬼電はスマートフォンを取り出し、トリムに渡した。

「サインしてください!」

「スマホにか? ペン持ってないぞ」

「いや、画面にタッチして直接!」

「……まあ、人それぞれだからな」

トリムはスマートフォンの画面をキュッキュッとなぞり、サインを書いた。誤作動でその一部がグチャグチャになってしまったが、トリムは気にしないことにした。

「やったー! プリントして家宝にする!」

「喜んでくれたなら何よりだ」

トリムはサインを書き直さなかったのをちょっぴり後悔した。飛び跳ねる鬼電を見て、桃子が、あっ、と声を上げる。

「あなた、もしかして、鬼電さんですか?」

「え、え。なんで僕の名前を?」

久しぶりに日本人の女の子に話しかけられた鬼電は少しドギマギして挙動不審になった。

神鬼かみき先生の生徒なんですよ。桃子と申します」

「あぁー。両親の。どうも、サンダーボルト神鬼です。両親がご迷惑をおかけしてます」

鬼電の両親は科学者でありながら、教師の立場を利用して優秀な生徒をヘッドハンティングしていた。ちなみに、桃子は諸事情によりお呼びがかからなかった。

「なんだ、そっちの二人は知り合いなのか」(サンダーボルト神鬼……?)

「そうみたいですね。トリムさんと桃子さんはこの行列に?」

スマートフォンをポケットにしまった鬼電は行列に指をさす。

「ここでライブがあるんですけど、チケットを持ってなくて……」

ライブ? と、鬼電は近くにあった看板に目を向ける。看板には、『PAST first live』と書いてあった。鬼電もPASTという名前には心当たりがあった。

「もしかして……あの、メタルバンドの……パスタですか!?」

「「パスタ?」」

「え、パスタじゃない……?」

「『パスト』じゃないのか?」

「え……これ、『パスト』って読むんですか……」

トリムは桃子の肩を後ろに回し、目を細めながら看板を見る鬼電を背にヒソヒソ話す。

「おい……こいつ、大丈夫なのか……?」

「先生情報だと『鬼電は天才だ。媚びろ!』って話だったんだけど……」

「なにやってるんですか?」

鬼電が二人の間からひょっこりと顔を出した。

「いやいやいや! チケット、どうしようかな、って!」

「大丈夫ですよ、この鬼電に任せてください」

不審がる二人だが、対する鬼電は自信満々に、スマートフォンのカメラを行列に構える。

「まさか、チケットのデータをどこかから引っ張ってくるとか……?」

「プラズミたん、チケットは残りそう?」

「消防法と会場内の電波使用量と行列の人数を計算中……。残りまス!」

「買えるっぽいです」

どや顔で『残る!』と表示されている画面を見せつけてくる鬼電を、二人は引きつった笑顔で見ていた。

「凄いのは凄いんだろうが……」

「うーん。妙にアナログ」

「まあ、未完成だし。これくらいで十分ですよ。ささ、並びましょう」

行列の最後尾へと走っていく鬼電の背中を眺めながら、残る二人は苦い顔で顔を合わせる。最後尾に到着した鬼電は振り返った。

「そうだ、ここで会った仲だし、皆タメ口でいこう!」

「それ、年長者の俺が言うセリフ」

 鬼電も、パスタもとい『パスト』の曲はよく聞いていた。なぜなら、比較的珍しい存在である、日本語歌詞のヘビーな音楽を作曲しているからである。英語がチンプンカンプンすぎて目まいを引き起こす鬼電にとって、『パスト』は救いだった。最初はナンダコリャと思いつつ、世界に文句を垂れ流しているらしい『パスト』の意味不明な歌詞に、鬼電は次第に魅かれていった。『パスト』ワールドへ現実逃避的に身を投じるうちに、鬼電も熱狂的なファンの一人となったのだ。


 「ところで、『パスト』の曲の中じゃ、何が好き?」

桃子の問いに、トリムは答えた。

「俺はアレだ。『光って燃えて』って曲だな」

次に、鬼電が答えた。

「僕は『気合いを溜めて物理法則無視で殴れ』って曲」

桃子は実際に歌った。

「ちなみに私は『』って曲だなあ。俺の農地を拓かないなら鳳市に行くぞ! ってやつ」

そうこう話しているうちに、三人は無事にライブ会場へ入ることができた。

 しかし、ライブが行われることはなかった。

 三人の頭上で警報が鳴る。トリムは周りのスタッフを見た。スタッフたちもなんだなんだと慌てていた。

「おい、これ、ライブ演出じゃないぞ」

「うそ。じゃあ何なの?」

「鬼電サン。ワタシ達に極めて限りなく近い場所で奈落獣ならくじゅうの存在を確認しました」

「来たか……!」

「ちっ。奈落獣か」

「勘弁してよ……」

 偶然集まった人々はそれぞれの理由を持って、それぞれの正義のためにガーディアンに乗る。彼らは世界を、彼ら自身を、彼らの大切なモノを救うことができるのだろうか。この時点では、誰にも知る由がない。

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