マガイモノ・美少女デッドバトラー

 「あ"あ"あ"あ"……やっと……O県O市へ……」

ボロボロの布切れと化した服を着て、そこらへんに落ちていたちょっと大きいだけの木を杖にしてガタガタと歩く。今にも息絶えそうな少女——瀬戸せと 桃子ももこの前方に、うっすらと人の姿が見えた。

「み……水を……ありったけの……」

反応がない、お前も屍にしてやろうか。というかこの人、顔を塗りつぶされてるじゃん。桃子はそう思いつつ目をペチペチと擦る。すると、それは見る影もなく消えていった。幻覚かよ……幻覚でもなんでもいいから水をください。

(はぁー……。地面を殴ったらオアシスとか出てこないかな……)

桃子は足をガクガクと震わせながら、横を通り過ぎていく車たちを恨めしそうに見つめる。車が桃子を抜かすたびに、桃子は運転手の人と目が合う。

 しかし、桃子と目を合わせた人たちも、ドン引きするようにスピードを上げて見捨てて行く。

(この際、体目当てのチンピラでもいいから……)

「ねえ君かわいいねえ。キャ……」

「やっぱりダメです……いや、幻覚だ……」

存在してない車を見たところで、桃子はヨロヨロと町へと向かって歩く。

「はあ。やれやれだわ」

ひと月前までは普通に過ごしていた女子高生だったのに。どうしてここまで悲惨な目に遭わなきゃならないのよ……。


 「ああ~! 遅刻遅刻ぅ~!」

桃子は食パンを咥えるついでに歯磨き粉のついた歯ブラシも一緒に咥えて、自転車で町中を爆走していた。ワサビの代わりに歯磨き粉をつけて、シャリが砂にすり替えられた寿司を食べているような絶望的な空間が桃子の口内に生まれていたが、イヤホンから流れる激しい音楽に集中して強引に誤魔化そうとした。

 クラス委員長である桃子は、どうしてもテストで高得点を取っておきたかった。テストで優秀と褒められれば、暴力系ヒロインとかいう心にもないあだ名を捨てられると思ったからだった。

 マンガに出てくるツンデレを目指そうとツンツンした行動をしていたはずなのに、いちど暴力の快感に目覚めてしまうと次第にエスカレートしていって、「真面目でかわいかったのに、最近やけに暴力を振るってくる残念な子」扱いされてしまった。その汚名返上を果たすために、徹夜して勉強してきたのだ。

 孤独の世界で勉強していた時間を思いだすだけで桃子の頭に鈍い痛みが走る。桃子は両手で頭を抑えた。そのまま交差点に入った時、右側から大きな影が見えた。

「え」

トラックが目の前でブレーキを踏んだのを認識した瞬間、桃子の視界はクルクル回っていったまま真っ白になっていき、ゴトンという音と共に全て真っ暗になった。


 鼻に充満する香しい香りと共に意識を取り戻した桃子は、ゆっくりと目を覚ます。頭を傾けると、棒立ちの女性がいたので、話しかけた。

「……ここあ?」

「ここは魔法文明の国、レムリア王国です」

「……は?」

「ここは魔法文明の国、レムリア王国です」

「O県O市……じゃなくて?」

「ここは魔法文明の国、レムリア王国です」

桃子の頭の中で木魚の音が何度か鳴った。

「そうか! 私は死なずに、異世界へ!」


 (あーそうだ、レムリア王国。戦争の最中にバンバン使ってた兵器のせいで異世界かどっかから転送されてきたかわいそうな国だっけ……。徹夜で勉強しておいてよかったー)

桃子はガーディアンに乗りながら、痛い頭で何日も前の一夜漬けの内容を思い出していた。

「テスト、どうなってるかな。私がいないばっかりに学級崩壊とか起きてないかな?」

「ゴチャゴチャワケのわかんねえこと言ってんじゃねえぞ!」

「うっさいわね! 私は学校に帰るんだあああー!」

 桃子がレムリア王国に転生(?)されて一か月が来ようとしていた。森の中で拾った果物を食べたりと自給自足の生活を送っていた桃子だが、たまたま見つけた変なガーディアンに興味本位で乗ってみたせいで、色んな人から狙われる生活を送る羽目になった。

 さらに悪いことに、ガーディアンのコックピットにロックがかかっているらしく、桃子は外に出ることができないのだ。食糧問題は謎のマジックパワーが解決してくれた。このガーディアンはただのロボットとは違うところがあるが、それはすぐに桃子の口から語られることである。


 転生から一か月目の日、桃子の前に黒いガーディアンが現れた。一か月間、荒波に揉まれていた桃子は喧嘩にも逃げ足にも自信があった。機体の最大限のパワーを引き出さざるを得なかったし、何が相手でも負ける気はしていなかった。

 が、その自信はすぐに真っ黒に染められた。ガーディアンの四肢を一つずつもぎ取られ、なすがままにボコボコにされ、最後に巨大なビームを食らって爆死した。


 次に目が覚めたときはO県の南に面する海上だった。沖まで流されていたが、水泳の授業で毎回補習を食らっていたのが高じて、犬かきで数時間泳いでいたらなんとか陸に着地できた。服はボロボロだったが、体に外傷はなかった。

「……それはそれで、なんか怖いよね。アレとか、アレとか……」

地上にいた時に持っていたものも、レムリア王国で拾ったものも、装備品は全て水に流されていた。家までは車で1時間の距離だし、こんな格好で人に助けを求めるのもなんかヤバそうと第六感で感じた桃子は仕方なく徒歩で帰ることにした。

 

 車で1時間を甘く見た結果、桃子は死にかけていた。

「やっと……着いったー……」

町を歩くも、露出狂に見えているのか知らないが、他の通行人にやけに距離を取られている。

(ちょっと待って。これ、校則違反になりそうかも……)

桃子が走馬燈のように校則の第何条かを思い出していると、トラックが急ブレーキをかける音が聞こえた。

(また異世界なのか!?)

タイヤがアスファルトを滑る音にトラウマを抱えていた桃子は、その音を最後に意識を失う。黒が侵食していく桃子の視界にテレビの映像が見えた。空港で何かをインタビューしている映像だった。キャスターの後ろに、見覚えのある人物がいた。

(あ……あいつは……自給自足オタク……?)

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