被害
夏休み 残り4日
沼沢はリビングの真ん中で、テレビのリモコンを持ったまま呆然としていた。
全ては数十分前の、一本の電話から始まった。
数十分前。
沼沢が自室で一人、ゲームをしていた時、電話のコール音がリビングから響いてきた。
家には誰もいなかった。
仕方なく沼沢はリビングに向かうと、渋々電話に出た。
相手は同じクラスの、五十嵐という女子だった。
『もしもし、沼沢か?』
相変わらずぶっきらぼうな口調だ。
だが、その声を聞いて、思わず口角が上がる。
「なんだよ、五十嵐。あ、わかった!俺の声聞きたかったんだろ?」
半分本気で聞いてみたのだが。
『黙れ、馬鹿。いますぐ頭冷やせ。夏ボケしてんじゃねぇよ。』
あっさりと切り捨てられた。
「あ~、照れっちゃって!素直になれよ~。」
『それ以上いうな。吐き気がする。』
……冷たいなあ、もう。
『まぁいいや。生きているなら』
……は?
「どういう意味だよ。」
『いや、あいつらと比べるとお前、弱っちい感じするし、ひょっとすると死んでんじゃねえかと思ってさ。』
「は?なんで俺が死ななきゃいけないの?」
『…お前、知らないの?』
…なにいってんの?五十嵐。
あー、なるほど!
少しでも俺の声聞きたくて、テキトーな作り話してんだ!
沼沢はそう考えた。
この時は、この知らせに恐怖を抱くなど、微塵も思ってもいなかった。
だから、いつものように、ふざけた返答をしてしまった。
「えー、なになに?お前が俺の事好きだって?ずっと前から知ってるよー!」
『…馬鹿と話すの、疲れた。今から行くから、その口閉じて待ってろ。』
電話は一方的に切れた。
……なんだよ、今の。
あー、あいつ俺に会いたいんだ!なるほど。
俺の家に来たくてしょうがないんだな。
だったら相応に"歓迎"しなきゃなあ。
沼沢が妄想し始める前に、玄関のチャイムがなる。
玄関に立っていたのは黒いロングヘアーが綺麗で、とても口の悪い五十嵐だった。
家の中に連れ込もうとする沼沢を完全に無視し、玄関で勝手に話を始めた。
「自分の目で見たほうが早いだろ。お前の頭が、耳で聞いて理解するとも思えないし。」
そう言うと五十嵐は、手に持っていた新聞と、冷えきった缶コーラを沼沢に放った。
五十嵐はその新聞の小さな記事を指差した。
『謎の写真とダーツの矢』
『事件か?事故か?』
『連続傷害事件の可能性も』
その記事には、いくつもの小見出しがつけられていた。
「何これ。これが、どうしたの?」
沼沢がそう聞くと、五十嵐はその記事の端に載っていた、三枚の写真を指差した。
「この事件の被害者。お前がよく知ってる奴らだよ。」
写真には三人の少年が写っていた。
「え……三井……佐久良……高島……?」
見間違うはずがない。
その三人は、間違いなく。
「……嘘だろう?」
「死んではいない。が、かなりの重傷らしい。三人とも目を覚まさない。」
五十嵐はそう言うと沼沢をじっと見た。
「三人ともお前の親友だろう?しかも三井は、お前らが仲良く遊んでいた翌日に被害にあっている。」
五十嵐が帰ると、沼沢はリビングの中心で頭を抱え込んだ。
現実が受け止められなかった。
三人とも数日前まで、あんなに元気だったのに……。
五十嵐が三人の入院する病院を教えてくれたが、目を覚まさない三人を実際に見てしまったら、自分の何かが壊れてしまう気がして、行く気にはなれなかった。
先程まで普通に過ごしていた家が、妙に静かに感じる。
こんなことなら、下心など関係なく、五十嵐に残ってもらえばよかった。
静けさに耐えられず、テレビをつける。
その直後、沼沢は固まってしまった。
テレビのニュースでは、ちょうどその事件の解説をしていた。
犯罪評論家のオッサンが、テレビの中で言った。
『この事件はまだまだ続く可能性がある』と……。
『まあいいや、生きているなら。』
『ひょっとすると死んでんじゃねえかと思って』
電話で五十嵐が言っていた言葉が、沼沢の頭に響いた。
……もしかして。
この事件の次の被害者は。
……俺?
テレビのリモコンを持って呆然とする沼沢は、玄関のチャイムがなっている事にしばらくして気付いた。
ドアを開けると、そこにはツナギを着た男が立っていた。
「ガス管の点検に来ましたー。」
なんだ……驚かせるなよ……。
その男がキッチンに居る間、沼沢は五十嵐からもらった新聞を読んでいた。
……俺が被害にあうとしたら。
流れ的に今日だろう。
……それなら今日は家から一歩も出ないぞ。
沼沢はそう思いながら、五十嵐がくれたコーラを飲む。
ガスの臭いが鼻をついた。
点検が終わると、ツナギの男はすぐに出ていった。
沼沢はため息をついた。
やっぱりガス臭い。
プシューという音がキッチンから聞こえた。
……ちょっと待てよ。
臭過ぎないか?
キッチンに駆け込むと、そこはリビング以上に臭かった。
頭がクラクラした。
ガス漏れか…?
沼沢はガスを止めようとしたが、止め方が分からない。
そもそも、どこから漏れているのかも分からない。
何故急にこんな事に……?
沼沢は先程の男を思い出した。
……ちくしょう!
きっとあいつが犯人だ!
沼沢は男を追い掛けようと玄関に向かったが、途中で倒れてしまった。
手足が動かない。
『ひょっとすると死んでんじゃねえかと思って』
また五十嵐の声が頭に響く。
そして、それが沼沢が最後に聞いた音だった。
……ツナギの男は、沼沢の家の玄関の前にいた。
その男はドアにむかってニンマリと笑う。
……リストの四人目。
「沼沢」の文字には、上からしっかりとラインがひいてある。
沼沢の母親は慌てて帰ってきた。
息子の友人達が次々と事件に巻き込まれていると聞き、自分の息子が心配になったのだ。
彼女は家の前に着いた途端、大きな悲鳴をあげた。
家の玄関の戸には、自分の息子の写真があった。
……ダーツの矢に貫かれて。
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