被害


夏休み 残り五日








地球温暖化の影響なのか。


ヒートアイランド現象なのか。



どちらにしろ、この暑さは異常だ。




高島はそう思いながら、市営プールの入口にむかった。








夏休みになるとほぼ毎日来るこのプールは、結構敷地が広い。



プールの種類もいろいろとあり、飽きが来ることもない。





高島は度入りのゴーグルをかけると、品定めするように敷地内を見てまわる。





飛び込み禁止と書かれた「流れるプール」に、高島は思いっきり飛び込んだ。




さすが夏休み、家族連れが多い。




プールでカップルを見かけると、高島は絶対にカップルの間を通るように気をつけて泳いだ。




しばらく流れに逆らって泳いだあと、高島はプールからあがる。






曇ってしまっていたゴーグルを外すと、視力0.07の世界に引き戻される。



だが、曇ったゴーグルの視界で歩くのも危うい。



仕方ない、と、ゴーグルを指に引っかけると、グルグルと振り回して水分を周囲に撒き散らしながら歩き始めた。






他のプールに向かう途中、カナヅチであることを主張するかのような大きな浮輪を持った女の子が空き缶を積んでいた。



高島はそれを蹴り飛ばすと、女の子を鼻で笑って通り過ぎた。






ここの造波のプール、通称「波のプール」は、作り出される波が大きい事で有名だ。



高島はプールサイドのサンダルを蹴散らしながら、そのプールへと向かう。





そのプールも、やはり家族連れやカップルで溢れていた。



「波の時間」とやらの3分前のようだった。




このプールは、奥に行けば行くほど深くなる造りになっている。






高島はゴーグルをしっかりと装着し、プールの最深部を目指した。






いつの間にか、「波の時間」とやらになっていたようだ。





作り出さた波が、高島の顔を直撃する。





「波ごときが俺にっ……つ……」





喚く声すら飲み込まれる。





水に入った時独特の、あのポーンという音が聞こえた。




鼻と口に水が入ってきて、高島は水中でむせこんだ。




自分がうつぶせに沈んでいくのがわかった。




ごつんと頭をプールの底にぶつける。








上に行こうともがいた。







が、どういうわけか頭がプールの底から離れない。






状況を確認するために辺りを見回そうとした瞬間。






つけていたゴーグルを取られた。








目に水が入り、全てが歪む。







高島はパニックに陥った。















誰かが自分の上に乗っている。















相手を退かそうと暴れたが、相手が尋常じゃないくらい重い。




悲鳴をあげたが、口から出たのは泡だけだった。






大きく咳込んだ高島の視界が、少しずつ暗くなっていく。








ガハァッ。









高島は自分の口から出た、大きな泡を見た。





泡が弾ける音が、聞こえた。












いつの間にか上に乗っていた人物はいなくなっていたらしい。




高島の体はゆっくりと上にあがっていった。





しかしその高島の目には。





……もう何も映っていなかった。


















「……おいっ!波止めろ!人が溺れている!」





プールサイドにいた係員が、人混みの中を指差して叫んだ。





波がゆっくりと止まる。





係員数人が人混みを掻き分けて、その場所へと向かう。





引き上げられた少年からは、呼吸の音が全くしなかった。










……高島の上に乗っていた人物は、波が止まる前にプールから出ていた。



そしてプールに高島のゴーグルを投げ入れると、その場を急ぎ足で立ち去った。



後ろで係員が叫んでいるのが聞こえた。






……湿ってしまったリスト。



しかし文字はしっかりと残っていた。




「高島」の字の上には、既に二重線がひかれている。











「痛いっ!……何か踏んだ!」





子供を連れ、慌ててプールを出る集団の中から

その声は聞こえた。





係員の一人が、その集団の中に入っていった。



……と思うと、すぐ帰ってきた。







その係員の手には、ギラギラ光るダーツの矢と、それに貫かれた写真があった。










その写真に写っていたのは、先程プールから引き上げられた少年の、感情のない顔だった。







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