被害



夏休み 残り六日









人で溢れた映画館。


佐久良は入場すると、5番シアターに向かった。







右手にキングサイズのポップコーン。


左手にLサイズのコーラ。



この組み合わせが王道だ、というのが佐久良の持論だ。







席は真ん中の通路のすぐ後ろの列の中央、シアターの中心部。


上出来だ、と佐久良は思う。








いつもの王道セットに、予約しておいたいつもの席。


完璧だ、と思った瞬間。




佐久良は大きな欠陥に気がついた。




パンフレットがない。






しまった。


ものすごく大切な存在を忘れていた。






「……俺のバカ!」




上映まで時間がない。


いますぐ買いに行かなければ。





佐久良はチケットの半券を持って出口へとむかう。











佐久良がいなくなった瞬間、隣の席の客が動いた。



ポケットから小瓶を取り出す。





さりげなく佐久良のコーラのフタをあけると、その中に瓶の中身を注ぎ込む。







その客は不安そうに周囲を確認した。




劇場内には客がたくさんいたが、近くに居たのは佐久良の後ろの席に座る、ド派手なロリータ系の格好をした女の子だけだった。



パンフレットを読みながら、片手で缶ジュースをあけるのに苦戦している。





どうやら見られていないようだ。






その客が席に座り直すのと同時に、佐久良が慌ててシアターに入って来た。





このパンフレットが最後の一冊だった。




間もなく上映時間のようだ。





佐久良は、ホッとしてコーラを飲む。






その瞬間。









世界がぐらりと揺れた。










佐久良は喉をおさえた。




息ができない。





苦しい。




苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。









「ぐあああぁああぁああぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁっ!」










佐久良は叫ぶと、床に倒れ込んだ。












佐久良の後ろに座っていた女の子が悲鳴をあげた。





その悲鳴を聞いて、辺りは騒然とする。









佐久良の隣の席には誰も座っていない。




……劇場の外では、先程の客が怪しげな笑みを浮かべていた。







……リストに書いてある「佐久良」の文字の上に

線がひかれる。











多くの客が、佐久良の席に近寄った。




その席に奇妙なものを見つけたからだ。







その席の背もたれには、銀色のダーツの矢が。





倒れている少年の顔写真を貫いて刺さっていた。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る