第27話 ヒトの推論

 テーブル運搬でゴシカとエ・メスがいなくなり、気づけばDr.レパルドも、どこかにいなくなっていた。

 一人っきりになった洞窟で、ふと、天井を見上げる。

 ここ屋内ドームの天井は、ひときわ高い。その高い天井の先にいくつかの穴が開いていて、外からの光が漏れ入ってくるのだ。

 時間的には、もうじき夕方ぐらいなんだろうか……。日が少し傾いているようだ。だいぶテーブル作りに時間を費やしたしな。


 常に死と隣り合わせの日々かと思っていたから、今日はまあ、気の休まるほうだったけれど。農園で毛むくじゃらのミノタウロスが畑仕事をしているのを見ていると、なんだかとても牧歌的な暮らしを送っているかのようだ。

 でも、ゆっくりしている時間はないんだよな。

 俺に残された時間は、今日を入れてもあと五日だ。それまでにここを脱出しないといけない。

 そうしないと、モンスターの旦那として、ダンジョンで一生を終えることになる。

 ああ……でも、かわいらしいゴシカとか、かいがいしいエ・メスとか、グラマラスなレパルドとか。

 あんな美人、俺は生まれてこの方会ったこともないんだよな……。一緒に暮らすなんて、それこそ夢のまた夢の世界の話だし。

 あれがもし、モンスターじゃなければ。彼女たちとの結婚をつきつけられているこの状況も、一体どれだけ……。


 ――いや、何考えてんだ俺は。そんなありえない“もしも”の話を考えても仕方ない。

 疲れてるんだな、きっと。


「やあ、たそがれてるね」


 休んでいた俺に近づき、声をかけてきたのは、ダンジョン行商人の因幡だった。


「珍しく一人になれたから、ちょっとね。そっちも仕事の休み時間?」


 そう言葉を返すと、因幡は向かいに座り込んでくる。


「ついさっき道すがら、テーブルを抱えたヴァンパイアとゴーレムの二人組に出会ったんだ。それで、製作中だった品物が完成したのかなと、確認に戻ってきたわけさ」

「ああ、なるほど。あの二人は、酒場にテーブルを運んでいる途中だったんだと思うよ。完成したテーブルなら、まだ5~6個その辺に転がってる」

「おお、こりゃ十分な出来だな。商品になるレベルだ」


 一瞬眼鏡がキラリと光った。何かに火がついたのかもしれない。


「それはそれとして、今回はお疲れ様だったな。ヴァンパイアの姫様に、あんたの活躍ぶりをたっぷり聞かせてもらったよ。何かって言うと『すごいすごい』しか言わないから、何がすごいのかは良くわからなかったけれど」

「いやまあ、そんな……大したことはしてないはずなんだけどね。大したことをしたのはむしろ、彼女たちの方なんだけど」

「それは詳細を聞かなくても大体想像できる」


 因幡は口元を軽く上げて、笑った。こいつも商売の過程で、ゴシカやエ・メスの化け物スペックを目の当たりにしたことがあるんだろう。


「にしても笑っちゃうよ。あの子ら全員とんでもない能力ばっかり抱えてるくせにさ、俺がちょっとテーブルを作っただけで、やたら注目するんだよ。レパルドなんか、『そのテーブル作りというのは人間の特殊能力なのか、良く見せてみろ』とか、凄んじゃってさあ」

「まあ、彼女たちにしてみれば、ただのテーブル作りが大層な特殊能力なんだろう」

「まるでドラゴンが火を吐くのとか、空を飛ぶのとかと同じみたいに、テーブル作る程度のことをはやし立てられる日が来るとは思わなかったよ」

「それは……もしかすると俺たち人間には、本質的にわかりにくいところなのかもしれないな」

「何だよそれ。人間には、本質的に……って?」

「どうやらね。ドラゴンが火を吐くのと、人間が知識を駆使して何かを作り出すのとは、モンスターの目から見れば、それはほとんど同じものにしか見えないらしい」

「え??」


 話をよく理解できない俺に、因幡がさらに詳しい話をしてくれる。


「『後から新たな知識を得て何かを出来るようになる』、それはモンスターからすると、非常に不思議な人間の能力なんだということを、Dr.レパルドから聞いたことがあるよ。言われてみればそうなのかもしれないな」

「でも……それっておかしいじゃないか。レパルドは俺の行動を見て、あれこれメモ取ってたし、あいつ自身もいろいろ知識を蓄えてるし」

「獣人という種族があそこまで知識を蓄えて、字を書いたり農園を作ったりするなんていうのは、相当な難題らしいがね。過去に類を見ない話だ」

「だけどあいつには、それが出来てるじゃないか?」

「人間だって訓練を積めば、火を吐くことぐらいは出来るだろう。油を飲んだり、魔術を修めたり、手段を選ばなければね。だがそれは、本来人間の体では出来ないことを、無理やりに習得しているに過ぎない。ひょっとするとレパルドは、知識を身につけるために、それと同じぐらいの無理な鍛錬を積み重ねているのかもしれないな」


 その話は、俺には思いもよらない話だった。

 だが、旅に出る前に冒険者の基礎を教えこまれた際、聞いた記憶はある。モンスターとは粗野で知識を持たないものだ、生得能力のみに頼っているのだ、と……。


「あいつが知識をつけるために、そんな無理を……? 何で、そこまでして」

「さあ? 彼女の口から『辛い』だの『大変』だのは一度も聞いたことはないから、そもそも無理をしているかどうかは想像の域を出ない話だ」


 因幡は話の途中で立ち上がり、俺に小瓶を一つ渡す。


「さてと、休み時間もこれで終わりだ。俺は次の商売に精を出すとするよ。これは今回の商売のおまけの、疲労回復のエナジーポーションだ」

「えっ? 悪いよそんな。さっきの道具の代金も、まだ払ってないし」

「あれは酒場の方から前金でもらってるよ」

「酒場って……板長が?」

「ああ。そもそもテーブルを作っている最中に俺がここに来たのは、あのリザードマンが俺をこっちに寄越したからだ。『人間の助けは人間がいいだろう、何か役に立つかもしれないから』ってさ」

「ああー……それであんなにタイミング良く現れたのか」

「今日はテーブルの新調に伴って、酒場で何か特別イベントを組むかも知れないからね。これから新規プランの提案に行ってくる。新品のテーブル一面を埋めるコース料理なんていいんじゃないか?」


 ダンジョンの中でこの商魂、なんともたくましいものだ。俺も少しは見習わないとな。


「ところであれ、たった今話に出ていたドクターじゃないのか?」


 因幡が指し示す先は、この屋内ドームに繋がる通路のうちの、ひとつだった。レパルドが誰かと話をしているようだが、相手が誰なのかはわからない。

 重く響く男の声と、レパルドの凛々しく通る声が、ここまで響いてくる。


「え? あ、何だろう。何か揉めてるっぽいな?」

「揉め事はなるべく関わりたくないな。俺は別の通路から酒場に行くことにしよう」

「ああうん、行ってらっしゃい」


 多忙なビジネスマンの背中に声をかけ、俺は騒ぎのする方へと足を運んだ。

 本当は俺だって揉め事に首を突っ込むのは嫌だったが、ピットと組んで宝を探している関係上、ダンジョン内での出来事にはなるべく網を張っておきたい。

 「些細な情報も逃すな」って、強く言われてるし。

 こうして俺は、あまり気は進まないものの、一応レパルドのほうへと駆け寄って様子を見てみることにしたのだった。

 するとレパルドが揉めていた相手は、黒山羊頭の屈強の魔人だった。

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