第26話 初めての共同作業2
「おや、どうしたんだ。皆さん揃いも揃って」
「おい人間、商人がいたぞ」
「うん、本当にいるとは」
「いらっしゃい……ましたね……」
「なんだなんだ。呼ばれて来たってのに、いちゃいけないのか」
「いや、いてくれて助かるんだけどさ。あのー、実は欲しいものがあってさあ、因幡」
まあ、せっかく通りかかったのだから、協力してもらうに越したことはない。
俺はテーブル作りに必要な道具を因幡に注文し、作業を更に細かい行程に進ませることにしたのだった。
ここから先は、今までの派手さとは打って変わって、非常に地味で静かな作業が続くことになる。
そのはず、だったんだけど……。
たかがテーブル作成で、彼女たちの天然ボケ属性が全力で炸裂することになるとは、その時の俺はまだ思っていなかった。
「せっかくこんな良い材料でテーブル作るんだし、樹皮も剥いだ方が長持ちするのかな。でも皮剥ぎ用の道具はないんだよなあ」
「なんだ人間、この皮を剥げば良いのか?」
「いや、どうしてもってわけじゃないんだけどさ。せっかくだから」
「なるほど、ではせっかくなので爪を研がせてもらおう」
そう言うなり樹皮に爪を立て、レパルドはバリバリと木材の皮を剥ぎ始めた。
「うお、すげえ! 硬い樹皮が見る見る剥けていく!」
「さっきからこの木の表皮で爪を研ぎたくて、うずうずしていたのだ」
「……猫みたいだな、レパルド」
「間違えるな、わたしはワータイガーだ」
「いや知ってるけどさ」
「そしてこれは、単なる習性だ」
「……やっぱり猫みたいだな」
「ねえグルーム、あたしも手伝おっか!」
「ん、ゴシカも? じゃあここに、釘を打っておいてよ」
「わかったー!」
「わたくしも……お手伝いを……。こちらの釘を、ハンマーで打ち付ければよろしいのでしょうか……」
「うん、そうしてみて」
その手につけた巨大なアタッチメントで釘を打ち、バキバキと轟音を立てるエ・メス。
「ああっ……。申し訳ございません……釘や木材ごと叩き割ってしまいました……」
「そんな大きなハンマーで叩くからでしょ!? それさっき鉄のテーブル叩き壊したやつじゃん!」
「申し訳……ございません……」
「ねえグルームー! 釘は打ち付け終わったんだけど、うっかり手の平もいっしょに打ち付けちゃったー!」
「うああゴシカの手が取れてる! 釘抜きあげるから、抜いて、それ抜いて!」
「作業を手伝ってあげるつもりが、自分の手がなくなっちゃうだなんて、思わなかったよ!」
「人間の言葉でそういう状況を、『ミイラ取りがミイラになる』と言うと、本で読んだぞ」
「あたしヴァンパイアなのに、これからミイラになっちゃうの!?」
「要はランクダウンというわけか。その辺どうなのだ、人間?」
「いや、その辺どうなのだとか言われても。もういいからほら、後は俺がやるから、手伝って欲しくなったら改めて声かけるから!」
彼女たちは、ところどころでは役に立つことも多いけれど、やっぱり細かい作業なんかには向いていない。
下準備が整ってしまえば、あとは一人で進めた方が効率が良い場合だってあるんだ。ましてや、超絶能力の必要がない、地味で細かい作業となれば尚のことだ。
俺はみんなを脇において、一人で作業に没頭した。
細かい傷を補修したり、出っ張った部分を削り取ったり。テーブルに脚をはめ込んだり。
後はたまに指示を出して、テーブルが壊されない程度の手伝いだけはやってもらうことにして。
一律の研磨なんかは、エ・メスのアタッチメントで機械的にやってもらった方が効率がいいし、土台部以外に必要な木材は、レパルドに聞いて新しく調達することになった。
……ゴシカは何をやってもらっても、体のどこかを欠損してしまうので、ちょっと見学してもらったけど。
まあそんな多少のトラブルがありつつも、作業を続けて数時間。ついに俺たちの前には、思いのほか立派なテーブルが、ずらりと並ぶことになったのだった。
「うん、まあ完成かな」
「うわー……すごい!」
「ふむ」
「ご主人様……見事な出来栄えです……」
「グルームやっぱりすごいよ! こんな立派なテーブル作っちゃうんだから!」
「いやーその、みんなのおかげでだいぶ間の行程が楽に進んじゃったけどね。まさか本当に今日中に出来上がるとは思わなかったよ」
「みんなの力もすごいけど、それだけじゃこんなの出来上がらないよ! わー! いいなー! モノが作れるっていいなー!」
「いやそんなに褒めることじゃないって。大したことないって」
「確かに、褒めるようなことではない。調子に乗るなよ人間」
「な、なんだよ。調子に乗ってるわけじゃないよ」
「しかしまったく……こんなものを作り上げる能力を、一介の冒険者ごときが持っているとは、研究不足だったな。この辺りがこう、か」
「おいおい、メモ取るのはいいけど、そんな近くでテーブル見ないでくれよ。素人仕事だし、じっくり見られると恥ずかしい部分がたくさんあるんだから」
「ね? グルーム。あんなこと言ってるけど、本当はレパルドだって、すごいと思ってるんだよ?」
「え? そうなの?」
「だから感心してグイグイ間近で見てるんだよ、ね?」
「バカなことを言うな! これはただ単に構造を絵に描くにあたって、より近くで現物を確認するために必要なだけであってだな」
「ところでお前、絵、ヘタだな」
「うるさい! 人間め!!」
「わ、ご、ごめん」
絵が下手なのはレパルドにとって突かれたくない欠点だったのだろうか。いつもとは違った感じのムキになった怒り方で返されてしまい、俺は戸惑ってしまう。
とりあえず謝ってはみたものの、強い目力でキッとにらまれ、それ以上返す言葉がなかった。
微妙な沈黙が、訪れ……。レパルドは俺の次の言葉を待つことなく、再度メモ取り作業に戻った。
だがどうやら、絵を描くのはもうやめたようだ。
「あのー……ところで……ご主人様」
「ん? 何?」
「そろそろ、完成した品を酒場まで……お運びいたしましょうか……」
「あ、そうだね。運搬はエ・メスに頼むよ。こんなものスイスイ運べるのはエ・メスぐらいだろうし」
「かしこまりました……」
「あ! あたしも手伝うよ!」
「お手伝い、ですか……? しかし姫様には、こちらは少々重いのでは、ありませんでしょうか……」
「エ・メスみたいに片手で一つずつ持つのは無理だけど、両手で持てば一個ぐらい余裕で行けるよ!」
「こんなでかいテーブルを、一人で余裕で持てるのか! そーいやヴァンパイアって力も強いんだっけか……」
「それにさ、ここから酒場までエ・メス一人で何度も往復してたら大変でしょ? だからあたしも手伝うよ!」
「ですが……」
「いいからいいから! さあ出来立てのテーブル、運ぼー♪」
「……はい」
「じゃあさ、俺も手伝うよ。二人に比べたら俺の方が非力だけど、少しぐらいなら」
「いいよ、グルームは休んでて! 今までたくさん働いたんだし! 疲れてるでしょ?」
「うん、まあ疲れてはいるけど」
「こっちはとりあえず任せて、休んでくれれば良いからさ!」
「あ……ありがとう」
実際疲れていた俺は、言われるままにその辺の岩場に座り込んだ。
ゴシカとエ・メスは、二人でちょこちょこと運搬の相談をしている。
活発な女の子が、内気な女の子に話しかけて、少しずつ打ち解けているほほえましい様子、のように見える。
だからこそ話の後、各自が大きなテーブルを抱えてその場から歩き去る光景は、やたらとシュールに映った。
「じゃあ行こっか?」「はい」でかいテーブル三つをよっこいしょ、だもんな。後ろ姿に違和感しかない。
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