第25話 初めての共同作業1
そんなこんなで、俺はレパルドにぐいぐいと引っ張られたまま、昨日訪れた屋内ドームにまで連れてこられてしまった。
「さあ、お望みの木は用意したぞ。これを使ってテーブルが作れると言うのだな? 人間としてのその特殊能力、見せてみるが良い」
高くそびえ立つ大木の前で仁王立ちになり、すごみながらテーブル作成を要求してくるレパルド。
横ではゴシカが、期待に満ちた目で俺のことを見ている。
どうもやっぱり行き違いがあるようだ。
「あの……さ、何か勘違いしてない? 俺が出来るテーブル作成って言うのは、特殊能力とかそういうんじゃないよ?」
「作れないのか?」
「いや、作れないってわけじゃないけど」
「じゃあ、作れ。その特殊なスキルを見せてみろ。人間の新たな能力のひとつとして、記録しておく」
やっぱり通じていない気がする。
「おい人間。わたしの前でいつまでも能力の隠しだてが出来ると思うなよ? 痛めつけて無理やりに、その力を引き出させたって良いのだからな」
「あたしも見たーい! グルームのすごい能力!」
「ああもうわかった、わかりましたよ」
勘違いは収まらないようだが、「この中の誰がいいのだ」とか迫られるよりは、こっちの方がまだましな気がする。
俺は言われるがままに、テーブルの作成に取り掛かることにしたのだった。
「でもアレだぞ、一日やそこらで出来るものじゃないぞ」
「そんなに長時間の儀式を必要とする能力なのか? どうりでいまだ一般に知られていないわけだ」
「儀式魔法ってことかなー? 触媒とか生贄とか必要なら、あたし持ってくるよ?」
「だからそういうことじゃ……いいや、とにかく作ってみよう。まずは、適当な大きさの木を切って……」
「よし、これを使って良いぞ」
レパルドは自分の背後にある大木をアゴで示し、俺に使ってみろと促す。
「……これ?」
「ああ、これだ。不服か?」
「不服って言うか、この木じゃ太すぎるよ。こんな大きい木じゃ、輪切りにしてそのままテーブルにする感じじゃないか」
レパルドが使えと示している木は、直径が数メートルはある、太くて大きな木だった。
俺が作ったことのあるテーブルは、倒木を利用したり、板を束ねて釘で打ったりしたような、粗末なものだ。
こんな大木なら、一枚板のしっかりしたテーブルが作れるかもしれないが……そんなに本格的なテーブルは、俺は作ったことがない。
だがレパルドは相変わらず、こちらの事情をお構いなしに話を進めようとする。
「輪切りにしてテーブル。なるほど、そんなことが出来るのか。やってみろ」
「いやだから、こんな大木を俺一人で輪切りになんて出来ないって。そんなこと出来れば、確かにテーブル作るのも楽にはなるけどさ」
「……なるほど……こちらの木を切ってしまえば、新しいテーブルを、簡単にお作りになれるのですね……」
「えっ?」
背後から感じた気配は、エ・メスのそれだった。
先ほど鉄くずを量産したあのハンマーのアタッチメントよろしく、彼女の右手は既に、新たなカラクリへと取り替えられていた。
ニュー・ギミックは、円盤状のノコギリだった。
無数の刃が突き出した円盤が、激しい音とともに高速で回転を始める。それを目の前の大木にあてがうと、見る見る間に樹皮に食い込み、ノコくずが飛び散る。
俺の目の前で、ひとりのメイドの手によって、その巨大な木は、着々と切り倒され始めたのだ。
「危ないので……もう少し離れていただけますか……」
「グルーム、危ないってさ」
「あ、ああ、うん」
ゴシカに袖を引かれつつ、伐採現場から少しだけ身を引いた。
エ・メスの手先で駆動するノコギリによる伐採は確実に進み、次第に大木は、ゆっくりと倒れ始める。
「わわわ、危ない、危ない!」
「ふむ、このまま倒れてくると潰されるな」
「なに冷静に見てるんだよ、早く逃げないと!」
「いや、あの様子ならば心配する必要はないだろう」
「は? 何で心配しなくていいんだよ?」
俺がレパルドに放った疑問は、実に愚問だった。
その問いの答えは、次の瞬間には目の前にあったんだから。
「ふー……はあーーっっ!!!」
倒れ行く大木を、ドーム内に響き渡る声とともにがっしりと片手で受け止めたのは、なんとその木を切っている、エ・メス当人だった。
幹をつかみとった左手は、樹皮を破ってメリメリと食い込み、力ずくでその重みに対抗していることがわかる。
彼女は片手でスイスイと大木を切り、もう片手でその大木を受け止めているのだ。
人間サイズの女の子の体でそれを成し遂げている様は、彼女がまぎれもないモンスターであるということを、ビジュアル的にわかりやすく現していた。
「わー……やっぱりエ・メスはすごいね! 力持ちだね!」
「は、ははは……。力持ちとか、そういうレベルを超えてると思う、けどね……」
あまりの光景にあきれる俺を無視して、伐採作業は淡々と進んでいく。
やがてエ・メスは、その大木を完全に切り落とすことに成功した。巨木が倒れるズシンという音が、腹に響く。
巨人の胴のような太さと、巨人の背のような高さを備えた木を、短時間にたった一人で、このメイドが切り落としてしまったのだ。
……ピットが言うには、この子がダンジョンの宝の謎を、握ってるんだよな……。
一体どんな宝の謎を知ってて、どんなとんでもないものを守ってるって言うんだ、この化け物じみた力で……?
俺は背中に、嫌な汗をかいていた。
「おい、ゴーレムが木を切ったぞ。次はどうするのだ、人間」
「あ、えっ?」
当たり前のように作業進行を促すDr.レパルド。相変わらずのマイペースだ。
「あのー……そうだね。この木をそのままテーブル台にするから、適当な大きさに、輪切り……かな?」
「ふむふむ」
「……かしこまりました……」
たったいまエ・メスが切り倒した木を、今度は次々に輪切りにしていく。もちろん彼女が、その手のノコギリで引き続き、滞り無くだ。
大人の男の俺ががんばっても、この木を輪切りにするのはかなり時間がかかるだろうし、時間をかけたとしても相当な苦労を強いられるだろう。
だがエ・メスは、料理に使うハムを輪切りにするぐらいの気軽さで、指示通りに大木を切っている。
これは恐らく、樹齢何百年とか言う類の大木だと思うんだけど……。
レパルドも、何のためらいもなく俺とエ・メスの好きにやらせているが、いいんだろうか。
いいんだろうな。さっきから興味津々で俺の言葉を全部メモってるもんな。
と言うか俺は「木を切る」「次は輪切り」しか言っていないのだから、そんなにメモを真面目に取らなくても良いと思う。
ゴシカもその横で「へー、そーなんだー!」とか感心しなくて良いと思う。感心するべきはエ・メスの力の方だ。
ただただ機械的に着実に、回転ノコギリで大木を輪切りにしていくエ・メス。頃合いを見て俺は、ストップをかけた。
「あー……そろそろ切るのやめても良いかな。輪切りが10枚もあれば良いでしょ、そんなにたくさんテーブル必要ないだろうから」
「では……次はどういたしましょう……」
「う、うーん。一旦、待ちかなあ」
「待ちとは、どういうことだ?」
「いやほら、切ってすぐの木を使うとさ、加工もしにくいし痛みやすいんだ。乾燥させる時間が必要なんだよ」
「?」
レパルドが不思議そうに見つめてくる。猫耳の上に、クエスチョンマークが見えたような気がした。
「だから最初に言ったでしょ、一日やそこらじゃ出来ないって。まあ、こんなデカい木が輪切りに出来た時点で、だいぶ時間短縮にはなったけどさ」
「言っている意味がよくわからんが、これから時間のかかる儀式に突入するというのだな」
「儀式とかないんだってば。テーブル用の木材を何日か乾燥させるだけだって」
「よし、その時間のかかる儀式の内容を詳しく説明しろ」
「もう、なんでわかんないかな! 何もしないだけなんだよ、乾燥するのを待つだけ!」
何故かかたくなに話の通じないレパルドを相手に困っていると、ふいにゴシカが、思いついたように声を上げた。
「あっ、乾燥?」
「ん? そう、乾燥だけど」
「乾燥……この木を乾燥させれば良いのかな?」
「うん、輪切りにした木は一旦乾燥させた方が良いんだ。生き生きした樹木だと、作業中にも完成後にも、変形しちゃうからさ」
「その儀式ってあたし、手伝えるかも!」
「しつこいな、儀式じゃないんだってば! ……え? 手伝えるの? 乾燥させるのを?」
「うん、こうすれば良いんじゃないかなと思って」
輪切りにされた木に、ゴシカがおもむろに手を伸ばす。
そして、ごく小さい音ではあるが、妙に厳かな迫力のある声で、何かをつぶやいた。
「……モノと為れ果てた哀れなる長命者よ、その末期の叫びを偉大なる不死者に与え、いざやこの手に、萎れ、朽ち、堕ちよ……」
彼女の口から出る物騒な言葉の羅列は、どうやら負の力を発揮する呪文のようだった。
ゴシカの周りには術式執行を促す禍々しい文様が立ち上り、輪切りにされた木から、ぼんやりと光る何かが引き出される。
淡い光がゴシカの口元に吸い寄せられ、吸収されていくと同時に、輪切りの木はみるみるしわがれて行った。
瑞々しかった切断面も、あっという間に枯れ木のそれへと近づいていく。
「うわ……すげえ」
「えへへ、どーかなグルーム? こんなんで!」
笑顔を向けて、返事を求めるゴシカ。
彼女の傍らには、木材としては最適な、乾燥した輪切りの大木が転がっていた。
「う、うん。完璧だよ」
「ほんと? やったー! 役に立ったー!」
ニコニコとした顔で∨サインをしている。無邪気な笑顔だ。
やってることは邪気満点なんだけど。死の呪文を唱えて、大樹の精気を奪い取ってるんだし。
しわがれていく木を見ていると、なんとなく、俺のライフまで吸い取られているような錯覚を受けた。エナジードレインってこんな感じなんだろうな……。
「で、次はどうするのだ?」
作業が順調に進むと同時に、レパルドから矢継ぎ早に催促が来る。
ちょっと待ってくれと言いたくなるが、メモを片手に興味津々鼻息荒く迫られて、こちらもとっさに言い返すことが出来なかった。
気圧されるように、俺は次の工程を口にする。
「あとはまあ、そのー。細かい作業に入る感じかな。でもそれには道具が必要だから……」
「道具だと?」
「ついに儀式に生贄が必要になるんだね!」
「違う違う、そんな物騒なのじゃなくて。金てことか、くさびとか、釘とか、やすりとか……そういうもの、ここにはないでしょ?」
「あの商人でもいれば、話は違ってくるがな」
「あー、因幡か。でもそんな都合よくは」
「あっ! ねえねえグルーム、あそこにいるの因幡くんじゃない? おーい! 因幡くんこっちこっちー!」
確かに、木々の向こうの農園の方に、因幡らしき服装の人物が歩いているのが見える。
あまりのタイミングのよさに、俺はゴシカが示した先を二度見してしまった。
呼ばれた因幡は、ガサガサと枝葉をかき分けてこちらに近づいてくる。
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