第24話 テーブル・トーク
「で、これなんだけどよ」
「? このテーブルがどうかしたの?」
ダンジョン内のモンスター酒場に到着した俺たちは、そこに並んでいる幾つかの、鋼鉄のテーブルを見せられる。
傷ひとつない重厚な姿で並ぶテーブルたちは、まだ新品のように見えた。
「……あれ? そういえばおととい歓迎会が開かれたときって、ここにあったテーブルは全部、木のテーブルじゃなかったっけ」
「ああ、この前のテーブルから新品に取り替えたばかりでな。大将が歓迎会でミノタウロスと腕相撲して、あの時にだいぶ、ぶっ壊されたんだぜ?」
「お、俺がモンスターと? そういえばあの晩は、そんなこともあったような……飲み過ぎてあまり記憶が無いな……」
「まあ、バケモノ交えての酒の席でのことだから、備品がダメになるのは仕方ないんだけどよ。それはそれとしてだ、まずはこれを見てくれ」
リザードマンの板長はカウンターに戻り、グロテスクな魚を手に持ったかと思うと、一本の包丁をすらりと抜いた。
包丁の大きくて長いことといったら、ロングソードを持ったリザードマンがそこに立っているかのようだ。いや、板長のことを知らなければ、どう見てもそうとしか認識できない。
しかし、一見しての無骨さとは程遠いテクニックで、板長は即座に魚をさばいてみせる。その姿は戦士のそれではなく、職人のものだ。
左手に握った長大な包丁で、魚のうろこを剥ぎ、頭を落として、骨から身を切り離す。
さほど料理には詳しくない俺だが、あまりにも見事な手さばきと流れるような仕事ぶりは、モンスターにしておくのは惜しいほどの一流の技に見えた。
「おおおー、すげえ!」
「すごーい!
「
「うん、人間の骨よりも固くって、かじりついたら歯が折れることもあるって聞いたよ!」
「それをいとも簡単にか。こりゃすげーな」
「いや、違うんだ。魚のさばき方はどうでもいい。本題はこっちじゃなくてだな」
板長は頭をかきながら俺たちの感心を受け流し、話題を別に移そうとする。
照れているのかもしれなかったが、リザードマンの無表情さのせいで、その本心はつかめなかった。
「こうやって作った料理をだな、このテーブルに置くと……」
たった今出来上がった、謎の魚の尾頭付きお造りを、テーブルにことんと置く。
すると、置くか置かないかのうちに、テーブルの中心がぱっくりと割れ、出来たての料理は卓に飲み込まれてしまった。
その後、テーブルが上下左右に振動し、「ごっしゃごっしゃボーリボーリ」と料理を咀嚼しているような音が、テーブルの内部から響いてきた。
最後に、「ゲェエエフゥウ」という下品な音が漏れ聞こえ、テーブルは動きを止める。
俺は素直な感想を漏らした。
「……なんだこれ」
「まあ見たとおり、この調子なんだ」
「わーすごーい! 大食いなテーブルだね!」
「いやゴシカ、そこ多分褒めるところじゃないよ」
こうしてテーブルの機能を見せつけた上で、板長は改めて、コトの経緯を説明しはじめた。
「この前の歓迎パーティで、調子に乗ったモンスターどもが暴れやがって、テーブルが壊れたってのはさっき話したよな。だから新しいテーブルを作ってくれないかって、じい様たちに注文したんだ。そうしたら、これだ」
「なるほど、いかにもスナイクどもが作った風の、悪意あるテーブルだな」
美しい眉をしかめ、吐き捨てるようにレパルドが言う。それに応えるようにして、板長は言葉を続けた。
「残り物を片付けて、テーブルの上を綺麗に保つ機能をつけてくれたとか、言ってたんだけどな」
「残り物じゃなくても食べちゃってるじゃないか、これ」
「全くだ、大将。作りたてをむしゃむしゃだ」
「このテーブルおいしそうに食べるね! ねえ、どうしてこんな機能をつけてもらうことにしたの?」
テーブルの動作に感心しきりのゴシカが尋ねる。
「いや、俺はこんな機能、つけてくれとは頼んでいないんだが。じいさまたちはサービス過剰なことだぜ」
「へー、サービスってすごいねー!」
「ああ、すごいなあ。おかげでこれじゃ店が開けない」
板長は俺に向けて、肩をすくめて見せた。
「そういうことなんだが、あんた。このテーブルの迷惑な機能を、なくしちまうとか出来ないもんかな」
「この機能の……停止ですか……」
板長に話を向けられて、今まで黙っていたエ・メスが口を開く。
「大旦那様の作品で、こういった品物は初めて目にしますが……。なんとか……してみますので。少しばかり、外でお待ちくださいませ……」
怪しげな工具の類を取り出して、俺たちに外に出るように促すエ・メス。
これはいわゆる、餅は餅屋と言うやつだろう。俺たちには全くわからない分野の作業だ。
この中で唯一、スナイクの怪しい発明品に対して理解があるであろうエ・メスが
「出て行け」というのであれば、この場を後にするしかない。
俺たちは言われるがままに、素直に酒場の外に出ることにした。
「頼んだぜ、メイドさんよ」
「かしこまりました、板長様……。せいいっぱいやらせていただきます……」
そこからの待ち時間は、思いのほか短かった。
ものの十分程度のことだっただろうか。さまざまな機械音が響き、その後いくつかの轟音がとどろいた。そして酒場のドアが、中から開いたのだ。
「皆様……終わりました」
「あれ? だいぶ早いね?」
「大旦那様のように、うまくは出来ませんでしたが……。わたくしなりに……やれるだけやってみました……」
呼ばれた俺たちが酒場の中に戻ると、かつて鉄のテーブルだったはずのものが、大量のスクラップに化けて転がっていた。
ひとつ残らず、きれいにひしゃげて、ぶっ壊されている。ぐっちゃぐちゃだ。
既にこの酒場の中には、テーブルと呼べるものは存在しなくなっていた。
「これは……。すごい、がんばっちゃったね……」
あきれながら俺がそうつぶやくと、エ・メスは巨大なハンマーのアタッチメントを手から外しつつ、顔を赤らめていた。
「ほんとー、すごいがんばったねー!」
相変わらずゴシカは感嘆を続けているが、それと対照的にレパルドは冷静だった。
「確かにがんばったな。見事な全壊だ」
「がんばられすぎだぜ、こりゃ。これからの営業、どうすれば良いんだ俺は」
あきれる板長とともに、この惨状に対する言葉を連ねあっている。
そんな獣人とリザードマンたちの姿を見て、にわかにエ・メスは気づいたようだ。はっとした表情をして、板長と俺の顔を見合わせる。
「あれ……? ひょっといたしますと……。わたくし、対処を間違えてしまいましたでしょうか……」
「あー、うん。……そうかもね」
「そうですか……申し訳ございません……」
「悪気があってやったわけじゃないとはいえ、困ったことになっちまったぜ」
板長は腕組みをしていた。相変わらず無表情なので、どれほど困っているのかはよくわからない。
でも、困るよな。店のテーブルが全部スクラップになったんだから。
「すみません……ご主人様までわざわざついてきてくださったのに、わたくし、ご迷惑をかけることしかできず……」
顔を伏せ、視線を下に向けるエ・メス。自分のしでかしたミスで、彼女は落ち込んでしまったようだ。
そのしょげている姿は、若くてかわいらしいメイドさんが困っているようにしか見えない。
たった今、鋼鉄のテーブルを全てハンマーでぺしゃんこにしたのが彼女であり、この『困った事態』を起こした元凶が彼女だということが、わかっていてもだ。
その姿を見ていたら、自然とこんな言葉が、口をついて出た。
「……でもさ。そう気にしなくても良いよ。壊しちゃった分、新しいテーブルを作れば良いだけなんだからさ。普通のテーブルぐらいなら、俺にだって作れるぜ?」
その一言を漏らした瞬間、この場にいる皆の視線が、一気に俺に集中した。
「ご主人様……そんなことがお出来になるのですか……?」
「えええ? そういうのってダンジョンマスターにしか出来ないんだと思ってた! グルームにそんな特殊能力があったの!?」
「へえ、スナイクのじい様だけじゃなくて、あんたもそんなことが出来るのか。するってえと人間ってのは、生まれながらにテーブルを作る魔法が使えたりするのかい?」
「それはわたしも気になるところだ。おい人間、わたしの知る限り、人間にはそのような特殊能力はなかったはずだぞ」
俺の一言をきっかけにして、皆の目つきや言葉の向け方が、急に変わったことに驚く。
矢継ぎ早に質問や疑問をぶつけられて、戸惑う俺。
その質問の方向性が微妙に間違っていることも、戸惑いに拍車をかける。
「いやその、あれだよ? 俺って農夫の出だからさ、必要最低限の日用品は自分で作るように親父に教わったんだよ。魔法とかそういうのじゃないんだ」
「なるほど、一子相伝の技と言うやつか。これは押さえておくべき人間の情報だ」
「え! じゃあ秘奥義!? グルーム流テーブル術とかなのかな!」
「グルーム流テーブル術……。ご主人様に仕える身となれば、それぐらいは……わたくしにも出来なければなりませんね……」
「こらこら違うって、そんな大したものじゃないって! 適当な大きさの木があればさ、それを切って加工すれば良いってだけの話で」
「木を切って加工だと? それでテーブルが作れると言うのか、人間」
「まあその、道具とかあれば多分なんとか……」
「よし来い。人間の能力の研究のために、貴様を分析してやる」
「え、おい、なんだよレパルド。痛い痛い痛い」
おもむろにレパルドは俺の腕をつかみ、引きずっていく。爪が食い込んで非常に痛い。
「ちょっとレパルド、グルームー! どこ行くのー? あたしもついてくってばー!」
血気盛んなドクターに連れられ、酒場を後にする俺。ゴシカはそれについていこうとする。一方、エ・メスは……。
「ああ……皆さん行ってしまわれる……」
「あんたも行きたいんだろ、メイドさん。なんで追いかけないんだ」
「わたくしは……この壊してしまったテーブルの山を片付けると言う、お仕事がございますので……」
「これは俺の店の掃除だ、俺がやっておくよ。だからあんたは、ご主人様についていってやんな」
「え……よろしいのですか……?」
「その方が、あんたのためにも、あの大将のためにもなるだろうさ。ほら、置いていかれるぜ」
「はい……。ありがとう、ございます……。このお礼は必ず……」
「礼なんかいいんだよ、気にすんな」
「すみません……失礼いたします……」
メイドを送り出した店主は、舌をちろちろと出しながら、ひとりごちる。
「さてと。こりゃあどっから手をつけたもんかな」
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