三日目
第23話 いつになったらわたしと
宝、か……。
ダンジョンに眠る、古代から伝わる宝。
強力なゴーレムをはじめとした、さまざまな罠やモンスターに守られた宝。
そんなものを手に入れられる機会があるなら、是非ともモノにしたい。
そもそも俺はこのダンジョンに、噂の宝を目指してアタックするつもりだったんだ。
かけだしのうちは、ちょっと行っては引き返して、何度もダンジョンに挑んで、レベルアップしていくつもりだったけど。
トキオカの街の連中にハメられて、ダンジョンの奥に放り込まれて。
モンスターたちと結婚させられるなんて、おかしなことに巻き込まれて。
はらわた煮えくり返るような思いをさせられた盗賊と、なんだかんだで仲間になって。
手順の踏み方はぐちゃぐちゃだけど……。一応仲間と共に、宝を目指してダンジョンアタックが……出来てるのかな、コレ。
非現実に非現実が輪をかけていて、何が正しいことなのかも、俺にはもうよくわからなくなってきている。
ダンジョン内の屋敷で目を覚まし、窓から空を見上げても岩肌があるだけ。
同居人は吸血鬼と獣人とゴーレム。
剣と魔法のファンタジー世界とかそういう次元じゃなく、実にファンタジーな日常だった。
結婚まで残り五日となった、そんな朝のひと時。レパルドは菓子をつまみながら本を読み、エ・メスは茶を淹れている。
ゴシカは特に何をするでもなく、考え事をしている俺の顔を、興味深そうに覗いていた。
「え、な……なに? ゴシカどうしたの?」
「えっ。えっと、あの……なんでもない!」
「……そっか、な、なんでもないのかー! あはは!」
「うん、なんでもないよー! あははは!」
顔を見合わせつつ、ゴシカと俺は、なんとなく笑い合った。
「なんでもないなら、笑う必要はないだろう。そもそも笑うという行為は、生物における威嚇の一形態だとも言われているのだぞ」
「へー、そうなの? レパルド物知りー!」
「ああ。だから無駄に笑うな」
「はは、はははは」
レパルドにそう言われたものの、俺は笑ってごまかすしかなかった。
なにせゴシカの瞳に見つめられていたら、頭の中にふいに、『結婚』の二文字が浮かんできてしまったのだから。
動揺してしまって、へらへら笑うしかない。なんで見つめられて『結婚』が頭に浮かんじゃったんだ。
たぶんこれは瞳術とか幻術とかじゃなかった。
だからもっと、危ない。
まあ、共に笑い合うこと自体は……悪いことじゃないはずなんだ。
昨日ピットとあんな約束をした手前、ゴシカたちとはなるべく仲良くしておいたほうがいい。
だから意識して仲良くするように、しているんだけど……。
意識して仲良くするというのも、これはこれでなんというか、非常に難しいもんだな。
相手を利用するためにわざと親しく接するっていうのは、どうにもやりにくい。
スパイとか、結婚詐欺師とか、向いてないタチなんだろうな俺……。
ん?
そういえば?
あまりの非現実ぶりに忘れてたけど、そもそもなんで、『結婚』なんだろう。
どうして人間とモンスターで、結婚なんかをすることになったんだろう。
別に結婚じゃなくたって、盟約とか魔術的儀式とか、街とダンジョンのつながりを強化する方法なんて、いくらでもあったはずだ。
スナイクたちが面白がって決めた……わけじゃなさそうだったな。
ジジイどもは、降って湧いた出来事を面白がってるとか、そんな風だった。
じゃあ一体、誰がこんなおかしなことを言い出したんだ。
人間と仲良くするために、男女の結婚なんて形式的なことにこだわってるのは、どうしてなんだ?
結婚をすることに何か意味があるのか?
ゴシカやレパルドは、どういうつもりで俺と結婚したいと思ってるんだ……?
この子たち、結婚を意識しているような、していないような。結婚したがっているのかどうかも……よくわからないな。
ふいに浮かんだこの疑問は、俺の今ある状況の根幹をなす、とても大事なもののはずだ。
宝の件のついでに調べられるようなら、このことも調べた方が良いのかもしれない。
いや、下手に手を出すとやぶ蛇なんてことも……。
「ご主人様、こちら……お茶が入りました……」
「あ、どうも。ありがとう」
エ・メスに注がれた茶をすすり、俺は疑問の整理を続けようとする。生き残るためにも、考えることは山積みだ。
「ところで人間、そろそろ聞きたいんだが」
「ん。なんだ、レパルド」
「お前はいつになったらわたしと交尾をするのだ」
「ぶふう」
考え事を続けようとした矢先の、あまりにストレートかつ突然の質問に、口に含んでいた茶を勢いよく噴出してしまった。
「そういった人間特有の方法で受け答えされても、わたしには返答の意味がわからないのだが?」
「こ、これは返事じゃなくて、ビックリして茶を噴いただけで……ゲホゴホ!」
「大丈夫でしょうか、ご主人様……」
「大丈夫大丈夫、自分で拭くから。ゴホッ、ゴホ」
そうしてむせている俺とレパルドの間に、ゴシカの三つのしもべが割り込んでくる。
「お前がおかしなことを言うのが悪いのですぞ、レパルド」
「何もおかしなことは言っていないと思うが」
「だいたい姫様を差し置いて、お前なんかを選ぶはずがないニャ」
「そうか? 肉体的には、わたしが圧倒的に情欲をそそる有利な肉体をしていると思うのだが」
「そ、そりゃー、レパルドにはかなわないけどさ……あたしもその、多少は……。ええと……ないわけでも……」
「姫様、対抗しなくてよろしいのですよ!」
「まったく、そういう品のないところが獣なんザマス」
「品はどうだか知らんが、学はあるぞ。ついでに言えば乳房も尻もだ」
「わたくしのように……学もなく……スタイルもかなわないようでは……何も言い返せません……」
「ちょっ、ちょっと、変な話で各自勝手に勝ち誇ったり落ち込んだりしないでよ!」
「ならばお前が正直に答えれば良いのだ、人間。わたしの何がいけないのだ?」
「え? い、いや、ダメとかそういうのじゃなくてさ」
「もしくはゴシカやゴーレムの何が良いのだ?」
「えー、いや、その。急にそんなことを言われても」
俺は思わずしどろもどろになってしまった。
そんなことを、こちらの目をまっすぐに見つめながら言われても、どう答えたらいいものやら困ってしまう。
実際問題誰が一番いいかといえば、それは真面目に考えて答えを出せと言われると、結構難しい質問なのだ。
じゃなくて、宝のありかを探るためにみんなと仲良くするには、この場で適当な答えを出すわけには行かなくて!
ああもう、何考えてるんだ俺は。
そんな状況で追い詰められ、なんとか次の言葉を探していると、背後でドアがガチャリと開く音がする。
その音に振り向いてみると、そこにはちょっと意外な人物の姿があったのだった。
「新居にお邪魔するぜ」
「あれっ、い、板長さん??」
訪問者は、モンスター酒場の板長をしていたリザードマンだった。
「よう、大将。スナイクとゴンゴルのじい様たちに用があったんだが……ここにもいねえようだな」
「うん、ここにはジジイどもは来てないけど」
「メイドさんよ。あんたも知らないよな? スナイクたちの居場所」
「わたくしですか……? はい……存じません……」
「そうか、まいったな。見つからないとあの二人、探すのが一苦労なんだがなあ」
「そうですね……昨日大旦那様を探した時にも、長い時間がかかりましたが……。本日はどちらで過ごされているのか、わたくしにも……見当がつきません……」
「だよなあ。そうだ、スナイクの代わりにあんた来てくれねえか? テーブルの件で、手を貸してほしいんだが」
「わたくしが、代わりにですか……? しかしわたくしは、ご主人様の元を離れるわけにはまいりませんので……」
「そうか、そりゃ困ったな」
板長はちっとも困った顔をしていなかったが、たぶん本当に困ってるんだろう。
感情に乏しいリザードマンとゴーレムの会話に、俺はちょいと口を出すことにした。
「えっ、何? 板長が困ってるの? じゃあ行けばいじゃんエ・メス」
「ですが……ご主人様の元を離れるなと、言いつかっておりますので……」
「じゃあ俺も一緒に行くよ、それなら問題ないだろ?」
「……はい……それならば……」
「いや、そりゃ助かるけどよ大将。なんだかお取り込み中だったんじゃねえのか」
「いやいや、全然!」
「おい人間、話の続きが」
「大将、お医者様が話の続きがって言ってるぜ」
「そんなことより、あんなにうまいもの食わしてくれた板長が困ってるんだ。行かないわけにはいかないよな! さあ行こう、すぐ行こう」
「おい人間、話のつづ」
「で、酒場はどっちだったっけ? 案内頼むよ板長」
「案内は良いけどよ、後ろで呼んでるようだぜ」
「おいにんげ」
「さあ出発だ、ゴー!」
無理にごり押しで話を進めようとする俺に対して、板長が小声でささやく。
「……大将、こっちを手伝ってくれるのは助かるが、なんだか俺のほうがお医者様からのプレッシャーを……感じるんだけどよ」
「とりあえずここは板長の話に乗っからせてください、お願いします。そのほうが俺が助かるんですお願いします」
「仕方ねえなあ、まったく」
表情を変えないまま、板長は不満を漏らす。しかしこちらとしては渡りに舟だ。
俺はレパルドの追撃から逃げるようにして、ダンジョン酒場に向かうことにしたのだった。
「全く人間とは、勝手なやつだな」
「まあまあレパルド、そう言わないで! まだ答えを出すまでには日数もあるんだしさ、ね?」
「そんなことを言って、お前も今の質問の答えは知りたかっただろう、ゴシカ」
「あー……えーと、そのー……」
「何だ。答えろ」
「グルーム待ってー! あたしも行くよー!」
「人間と同じような逃げを打つな。おいゴシカ」
「ご主人様……お待ちくださいませ……。お供致します……」
「だから待てと言うのに。おいお前ら」
なんだかんだ文句を言いながらも、レパルドも後をついてくる。
結局俺たちは全員連れ立って、その場を後にすることになった。
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